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アドバンス・ド・蜜の味 14


とんだ災難に合ってる……。
今、名古屋テレビ本社の裏にあるスターバックス東別院店でキャラメル・マキアートをしばいてるんだが、なぜか俺の目の前には3年前に別れた元カノとその推し活仲間の大学生の男が座ってるんだよ。何でこんなことになっちまったんだろう。

ビジネスマンでごったがえすガラス張りの店内からは都会のど真ん中にしてはたくさんの緑が見える。屏風みたいな傾斜のついた壁には誰かの油絵が飾ってある。むき出しの高い天井からは照明がいくつかぶら下がっている。小さな四角いテーブルの上にはむりやり2つのお盆が乗っている。

俺はソファー側へ座りやつらは椅子側へ座っている。さっきからずっと意味のない沈黙だけが続いていた……。


目次 
        
10 11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22(完結)

亀島羊一郎『ポンツク物語②』


俺は今、芸能事務所「Summer Buddha Entertainment」で働いている。

担当しているのはアドバンス・ド・蜜の味だ。そもそもSBEは蜜の味をマネジメントするために虎之介くんが立ち上げた芸能事務所だからな。
俺は元々龍くんが中学生のときに結成した「Summer Buddha B.B.Q」というヒップホップグループでビートボックスを担当していた古参メンバーのひとりだった。まだガキだった俺たちは毎日のように墓場の休憩所に集まってはDJバトルごっこをしてたっけ。ターンテーブルなんていう上等なもんはなかったから誰かが口でビートを刻むしかなかったのさ。

でも俺はそれなりに誇りをもってやってたんだぜ?。バトル中は絶対にどんなことがあってもビートボックスを止めなかった。そういえばいきなり背中にドロップキックされたこともあったっけ。それでも俺は血まみれになりながらビートボックスをつづけたよ。だって俺がビートを止めたらそこでバトルが終わっちまうからな。
でもそんな楽しい時間は長くつづかなかった。俺は高三のときにきっぱりと足を洗ってヒップホップをやめたんだ。それから大学受験に5回失敗して、親父の会社にむりやり就職して結婚して、綾目と出会って、会社を辞めて、親と絶縁して、妻とも別れて、一文無しになって路頭に迷っていたとき声をかけてくれたのが虎之介くんだったのさ。彼はDJ Dragonこと赤松龍之介くんの実の弟さんだ。

虎之介くんは高校卒業後、お笑い芸人を目指して東京吉本の養成所に入って卒業後しばらくプロの芸人をやってたんだけど、二十歳になったとき芸人をやめて龍くんのアイドルプロデュースを手伝うことになったんだ。誤解しないでほしいのだが虎之介くんにはお笑いの才能があったんだぜ?。でも残念ながら会社経営の才能のほうがその何倍もあったんだよな……。

「で、あなたは東別院あそこで何をするつもりだったの」

ダーク・モカ・チップ・フラペチーノを突きながら綾目が質問してきた。悪いがそれは答えられないな。返すと「答えられないということは何か目的があって来たことは認めるってことですよね。蜜の味とぜんぜん関係なければ普通に答えればいいわけですし」エスプレッソ・アフォガード・フラペチーノをすすりながら大学生の男が指摘してきた。お前は黙ってろ!。なんなんだこいつは……。

さっきの電話の内容からして、こいつら扶桑家の呪いのことやスセリヒメの正体すら嗅ぎつけてるっぽいな。こんなことは初めてだからどう対処していいのかぜんぜんわからねえ。とりあえずあおいちゃんにはLINEで連絡しておいたがずっと未読状態だ。仕方ねえ。
とにかくこいつらがどこまで知ってるのか聞き出さねえと……。それに今ここへ向かっているという扶桑家の使用人のことも気になるし。

そういうお前らこそ、あそこで何やってたんだ?。
「それは……」綾目が口ごもっていると大学生の男が「聖地巡礼ですよ」とすかさずフォローした。綾目さんはジゼル推しなんです。逆にジゼル推しの人間が東別院にいて何がおかしいんですかなどと抜かしやがる。クソが。
じゃあお前は何推しなんだよ?。聞くとなぜか綾目が「黒川くんは、ガルルちゃんに人生を捧げるって言ってたよねー」脇腹をひじで突っつきながら親戚のおばちゃんみたいなテンションでしゃしゃり出てきた。

「ちょっと綾目さん、バラさないでくださいよ~」黒川が照れる。自分から聞いといてナンだが心の底からどうでもいいわ!。すると今度は黒川が「じゃあ亀島さんは誰推しなんですか」聞き返してきた。
あのなあ。お前ら俺のことを何だと思ってんだ。SBEの社員だぞ?。こっちは仕事でやってんだよ。何が人生を捧げるだ。

まったくこれだからガチオタは……。

ここで俺はハッとした。よく考えてみたら俺は社員。こいつらはガチオタ。もしかしたら俺たちって反目し合う必要ないんじゃねえかってことに今さら気づいちまったからだ。さっそくかしこまって話を切り出す。

じゃあ黒川さん、改めて聞くがあんたどういうつもりで人生を捧げるなんて調子のいいこと言ってんだ。そういうこと言ってるやつほどいざ熱愛報道だ、結婚だってなると決まって裏切るんだよ。なぜかっていうと恋愛感情で応援してるからさ。この手のリアコ勢は……。すると黒川は話の途中で「ガルルちゃんは僕の世界です!」食い気味に入ってきた。

「僕たちはそんじょそこらのファンと違いますよ。たとえ彼女たちが日本転覆を目論む革命集団だったとしても世界を股にかける国際詐欺組織だったとしても、地獄の底までついていく所存なんですよ。我々を見くびらないでください」「私を含めないでよ……」綾目の反応に「何でですかー」黒川がずっこけた。
そのときスマホが鳴った。チーフマネージャーの葵ちゃんから着信だ。お前らちょっと黙ってろ。そう言って俺は席を離れ電話に出た。

――亀島さん、どういうことですか。
電話越しでも、葵ちゃんが戸惑っている様子がうかがえる。

LINEに書いた通りだよ。今そいつらを拘束していろいろ聞き出してるところなんだがどうにもらちが明かねえ。
――適当なグッズでも渡して口止めできませんか。

無理だな。それよりもこっち側へ引き入れるってのはどうだろう。いろいろと手駒には使えそうなんだが。
――どこの誰かわからないような人間を引き入れるわけには……。

いや、それがそうでもないんだ。女のほうは俺の元カノだし男の方は探ってるところだがどうやら同じ地元の人間っぽいんだ。
――そうですか。ひとまず社長判断を仰ぎますから引き続きそのひとたちを拘束していてください。メンテナンス業務のほうは問題ありませんか。

そっちは異常なしだよ。

席へ戻ると綾目が「ねえ、誰からだったの」聞いてきた。「チーフマネージャー」「すごーい、やっぱりいるんだ」「当たり前だろ」呆れるように言うと黒川も話に入ってきた。「蜜の味のチーフマネージャーさんってSBEの社長の奥さんですよね」「何で黙ってるんですか」「あなた関係者ですよね」「やっぱりウソだったんですか」。クソッ。
こんなやつらをのらりくらりと相手しながら拘束するなんて地獄だ。もうこうなったら仕方ない。俺は意を決してポケットから名刺入れを取り出し一枚の名刺を抜き出して机の上に叩きつけてやった。ほらよっ。

こ、これは……。
SBEの名刺じゃないですか~!?。

黒川がのけぞる。バカヤロウ。声が大きいぞ。すると綾目が「すごーい!」と瞳を輝かせた。「亀島さん、本当にSBEの社員だったんですね」だから声が大きいって。綾目は「すごーい!」と語彙を失っている。俺は急いで名刺を回収しため息をついたあとキャラメル・マキアートを一口頬張った。そして話を再開する。

黒川さん、あんたの気持ちはわかったよ。だったら絶対にSBEを裏切らないでくれ。蜜の味を裏切らないでくれ。今ここで誓えるか?。
聞くや否や彼は「無論です」当たり前のように答えた。こいつはたぶん本当にただのガチオタだな。お前も協力してくれ。俺はそう言って今度は綾目のほうを見た。すると彼女はうんうんと目を丸くしながら何度もうなずいている。こいつのほうは何となく不安だ……。

いいか、お前たち。今から鶴里家の人間がここに来るんだよな。鶴里家は扶桑家の使用人として1000年以上前からずっと仕えてきた家系だ。当然呪いのことも知ってるだろう。
したがってここへは口止めのためにやってくるはず……。残念ながらSBE社員は扶桑家関係者との接触を禁止されているから俺は同席できねえが、お前たちは何事もなかったように口止めに応じるフリをしてくれ。絶対に俺の存在がバレるようなことを言うなよ。目立つようなこともするな。

そう言うと黒川が「それってSBEのスパイになれってことですか」目を輝かせながら聞いてきた。俺はそれを肯定せざるを得ない。すると黒川は「スパイかあ」噛みしめるようにつぶやいたあとエスプレッソ・アフォガード・フラペチーノを飲み干した。

数分後――。
ばっちりアイメイクを決めた瓜実顔の女がクラシカルなメイド服の上に地味な色のカーディガン姿で店へやってきた。

「鶴里さん!」黒川が立ち上がる。
どうやらあの女が扶桑家使用人の鶴里憧子らしい。
俺は少し離れたテーブルから彼らを見守っている。
すると憧子が口を開いた。

「久しぶり。そちらの方は?」
「あ、電話で話した知り合いの東山綾目さん」
「はじめまして……」

綾目がぎこちない笑顔で挨拶をした。だが憧子はニコリともせず席へついた。けっこう性格がキツそうな女だな。さっそく黒川が話を切り出す。

「鶴里さん、4年ぶりに会えて嬉しいよ。なんだかすごく大人っぽくて誰だかわからなかったよ」「……」「でも君は僕に会いに来たわけじゃないんだよね」「そうね」「あいかわらず正直だなあ。じゃあこちらも正直に話すよ。綾目さんお願いします」「え、私?」「当たり前じゃないすか。この話は綾目さんがもってきたんですから」「そ、そうだよね……」そう言って綾目は改めて話をはじめた。

「え~っと。私は元々夏美さん、真冬さんの高校の後輩で中村先輩の後輩でもあるんだけど扶桑家の呪いの話は中村先輩から直接聞きました。あ、そこには真冬さんも同席していましたよ?。たまたま私がアイドルに詳しかったのでたぶん聞かれたのだと思います。でもそれだけなんです。だからさっき黒川くんが電話で話していた以上のことは私にもわかりません。ごめんなさい……」

憧子は不機嫌そうに「そうですか」とだけ言った。

すると綾目が「あの、黒川くんは私の、何ていうか、本当にただの知り合いで、べ、別に……、そういう仲じゃないですからね!」とんちんかんなことを言った。次の瞬間。憧子が突然、立ち上がってツカツカこちらへ歩いてくるじゃないか。まさか気づかれたか!?。

俺は慌てて目を伏せた。やつがどんどんと近づいてくる。緊張で心臓がバクバクと脈打つ。やつがどんどんと近づいてくる。て、手が震えてカップが掴めねえ。やつがどんどんと近づいてくる。何で俺はこんなにテンパってんだ?。やつがどんどんと近づいてくる。やばい、やばい、やばい……。

すると憧子は俺のうしろの席に座っていた色黒の女子高生に「あなた、さっき私たちをスマホで撮影してましたよね」声をかけたのだ。

「あっ、え~と、その……」慌てふためく女子高生。
すると「りん?、何でお前がここに居るんだよ!」
黒川が驚いて立ちあがった。どうやらやつの身内らしい。

すぐさまその女子高生は捕まった泥棒猫みたいにやつらのテーブルへしょっぴかれて行った。ふう、ビビらせやがって……。

黒川が妹に詰め寄る。
「凛、どういうことだ」
「いやぁ、お兄ちゃんが彼女とデートなんて絶対に嘘だと思って」
「何で写真を撮った?」
「修羅場だったので記念に一枚。てへっ」
「どこが修羅場なんだよ。ただのデートだろ!」
黒川の謎の反論に妹は「え、そうなんですか、お姉さん」
綾目にまっすぐな質問をした。
すると綾目は「う~ん、どっちかって言うと違うかな」苦笑い。
「違うじゃん!」

妹のつっこみに黒川が再び反論する。
「いや、違うんだ。僕は今から鶴里さんとデートするんだよ」
苦しまぎれな主張に妹は「え、そうなんですか、お姉さん」
今度は憧子にまっすぐな質問をした。
すると憧子は少し考えたあと「あなたの返答次第ね」
無表情のまま言ったのだ。その意外な言葉に
「え、妹の返答次第で僕は鶴里さんとデートできるの?」
黒川が目を白黒させている。お前がびっくりするなよ……。

急に真剣な顔になった黒川は「おい、凛、絶対に返答を間違えるなよ」まるでボクシングのセコンドのように妹の両頬をパンパンと叩いた。すると妹は「うん、がんばる!」鼻息を荒くする。どうやらこの兄妹、バカだな……。

やがて満を持して憧子が尋問をはじめた。
「いつから尾行してた?」
「家からで~す」妹が元気よく答える。
「お兄ちゃんは最初どこに着いた?」
「東別院の門のところだよ」
「誰と会ってた?」
「えーとね、そっちのゆるふわ系の綺麗なお姉さん!」
指を刺された綾目が「あらヤだ」照れる。

「それは何時ごろ?」
「お昼の1時過ぎくらいかな」
「二人はそこで何をしていたの」
だんだんと憧子の追求が鋭くなっていく。
あれ、こ、このままだとやばくねえか?。
俺の存在がバレるんじゃ……。

黒川も綾目もこの緊急事態に気づいているはずだが固唾かたずを呑んで見守ってやがる。きっとこの使用人の女の謎の威圧感に押されて動きたくても動けないんだろう。ほどなくして妹が答える。

「え~っと、なんか話してたよ」
やばい……。
「どんな話をしていた?」
やばい、やばい……。
「わかんない。遠くから見てたもんで」
やばい、やばい、やばい……。
「他に誰か居た?」
やばい、やばい、やばい、やばい……。
「う~ん……、誰も居なかったよ」
えっ!?。

結局――。尋問は危なげなく終わった。
開放された妹は俺にウィンクをかますと悠々と店から出ていった。どうやらただのおバカな女子高生ではなかったようだ。借りができちまったな。修羅場が一段落したところで黒川が口を開いた。「で、鶴里さんは本当に僕とデートしてくれるの?」お前は年中発情期か!。

すると綾目が「憧子さんって黒川くんと付き合ってたんでしょ」ニヤニヤしながら言った。「だから何なんですか」憧子が仏頂面で応える。

「聞いたよ?。豊川稲荷……」

綾目がその言葉を口にした途端、憧子が顔を真っ赤にしてあきらかに動揺を見せはじめたのだ。おお、さっきまでの威圧感が嘘だったかのように消えていく……。憧子が黒川のほうをキッとにらむ。どうやら黒川が綾目に憧子に関する何らかの秘密をもらしたらしい。
すかさず「やめてくださいよ綾目さん」黒川が止めに入るも綾目がやめるはずもなかった。にやにやしながらこんなことを言ったのだ。

「なんで~。かわいいじゃん。
 女神様に嫉妬して泣いちゃうなんて
 憧子さんも乙女してたんだねえ?」

何を言ってるんだこいつは……。
よくわからんが黒川は憧子のことを「元カノ」って言ってたから何らかの恥ずかしいエピソードなんだろう。だが今はそんな話をしてる場合じゃねえんだよ。綾目、頼むから余計なことは言わないでくれ。俺は心の中でそう祈ったが彼女はむしろ恋愛エンジンがかかっちまったようで信じられないことを口にしたのだ。

「君たち、ヨリ戻しちゃえば?」

バカヤロウ。さらに綾目は「黒川くん、ビシッと決めちゃいなよ」煽り立てる始末。「何を決めるんですか。まさか、こ、こ、この僕に、こ、こ、こ、こ……」黒川がニワトリみたいにしどろもどろになっている。

「ただ、気持ちを伝えるだけでいいんだってば」
「そ、そんなこと言われても」
「大丈夫。黒川くんならできるよ」
「でも、僕にはガルルちゃんが……」
「あれ。黒川くんにとってガルルは恋愛対象じゃないんだよね」
「いや、その……」
「さっき言ってたじゃん。あれはウソだったの」
「ですから、それは……」

のらりくらりと曖昧な返答をつづける黒川の態度に綾目が目の色を変えた。

「ねえ黒川くん、ガルルは喜んでると思う?。黒川くんが憧子ちゃんに告白できないのはフラれたらどうしよう、傷ついたらどうしようって臆病になってるからだよね。勇気がないからだよね。それって全部自分のせいだよね。それなのに僕にはガルルちゃんがーって都合のいい言い訳にされて、ガルルは喜んでると思う?」

突然、正論で殴られた黒川の顔から血の気が引いていった。
「今でも好きなんでしょ?」 
「デートしたいなら、ほら」
「で、でも……」

さっきから俺はいったい何を見せつけられてるんだ……。憧子はずっとうつむいたまま動かねえ。案外、黒川の告白を受け入れるつもりなのかもしれん。って俺まで気になっちゃってるし。クソが。
それもこれも黒川のバカがいつまでもウジウジしてるからだろう。見てるこっちがイライラしてくるんだよ。俺は思わず「ああ、情けねえやつ」声に出してなげいていた。すると誰も座ってなかったはずの向かいの席から「ホント情けないよねえ」若い女の声が……。

お、お前、黒川の妹?。
「しっ。バレるよ?」

なんとそこにはさっき店から出ていったはずの黒川の妹がちゃっかり座っているではないか。お前どうして戻ってきた?。小声で追求すると「兄貴のこんな面白いシーン、見逃すわけにはいかないっしょ」だと。遊びじゃねえんだよ。早く帰れ!。追い払おうとしたんだが「さっき助けてあげたでしょ」と来たもんだ。ぬおお~。

俺はとにかく憧子に見つかりたくなかったのでりんの相席を黙認せざるを得なかった。だったら絶対におとなしくしてろよ?。小声で釘を刺すと「ほ~い」敬礼が返ってきた。そのときあっち側で動きがあったようだ。黒川が「せめて二人きりにさせてください」お願いしたらしい。
すると綾目はベテランの仲人みたいに「ごめんごめん。ひとに見られてたら恥ずかしいよね。じゃあ、あとは若いもん同士で」席を離れなぜか俺のテーブルの向かいの凛のとなりの席に座ったのだ。

バカか、お前。何でわざわざ俺の近くに来るんだよっ!。小声で注意するも、まるで俺のほうが空気を読めない人間みたいな扱いで人差し指を口に「しー」のポーズをされちまった。それどころか綾目は凛といっしょに黒川を応援してやがる。ああ、頭がどうにかなりそうだ……。

だがこいつらしいといえばこいつらしい。
俺は気づいてるぞ綾目。お前、黒川あいつのことが好きなんだろ?。

それなのに両の拳をにぎりしめて「がんばれー、がんばれー」って何でそんなに一生懸命応援できるんだよ。何で自分のことおっぽり出して相手の幸せをばっか望んじまうんだよ。
そういえば昔言ってたよな。「恋愛はお互いを傷つけ合うこと」だって。やってること真逆じゃねえか。結局は自分だけが傷ついてんじゃねえか。

まあ無理もねえか。お前は自分が傷つく恋愛しかして来なかったんだもんな。それで失敗ばかりして来たんだもんな。だから恋愛が【傷つけ合うことでしか成立しない】と思いこんでんだろ。まあその原因のひとつである俺がこんなこと言う資格なんかねえけどな。って何で俺まで恋愛モードになっちまってるんだ。クソが。クソが~。

そのときついに黒川が動きだす。
「つ、鶴里さん」
「はい……」
「ぼ、僕と……、僕と……」

憧子が顔を上げた。よし今だ。行け行け。ん?。なんだ……。俺はそのとき店内がやけに静寂に包まれていることに気がついた。改めて周りを見渡すと何のことはねえ。店内の客という客がほぼ全員声を押し殺してこの茶番劇を見守ってるんだよ。
カァ~。あれだけ目立つようなことをするなと言ったのに!。挙句の果てに向かいの席を見ると綾目と凛がガッチリ手を取り合いながら「頑張れ~、頑張れ~」もはや隠れる気ゼロだ。バカだ。バカだ。全員バカだ!。

でも何だろう……。
この胸の奥のHeatは。たかぶるBeatは。

ポン、ツク、パン、ツク……。
そのとき俺は心の奥底から懐かしくも熱いビートが湧き上がってくるのを感じた。ポン、ツク、パン、ツク……。く、口が勝手に!?。ポン、ツク、パン、ツク……、頑張れ~、頑張れ~。俺は無意識のうちに、綾目たちが黒川を応援する声に合わせてビートボックスを刻んでいたんだ。

ポン、ツク、パン、ツク……、頑張れ~、頑張れ~。
ポン、ツク、パン、ツク……、頑張れ~、頑張れ~。
ポン、ツク、パン、ツク……、頑張れ~、頑張れ~。
ポン、ツク、パン、ツク……、頑張れ~、頑張れ~。

体中からリリックがあふれ出て来やがる。

♪忘れかけたPassion. YO!
♪俺に課せられたMission. YO!
♪このバカげた社会にQuestion.
♪ブチかませPercussion. Check it out YO!

次の瞬間……。

「僕と結婚してください!」
「は、はい……」

うおおおぉぉぉ~!。店内が歓喜に包まれた。割れんばかりの拍手&拍手。向かいの席では綾目と凛が「結婚て」大笑いしながら抱き合って喜びをわかちあっている。黒川のほうを見ると照れくさそうに何度もギャラリーたちに頭を下げていた。その横で憧子はずっとうつむいたまま恥ずかしそうにしている。本当、世の中バカばっかだよ……。
俺はそんな騒ぎに乗じて誰にも気づかれることなく店内から外へ出た。テラスに植えられた緑が薫風くんぷうにそよがれている。空を見上げると天気までバカみたいに晴れてやがった。再び葵ちゃんから着信だ。

――すみません、なかなか社長につながらなくて……。
ああ、葵ちゃん。もう大丈夫だ。何とか丸く収まったから。
――丸く収まった、とは?。
やつらを俺の手駒として懐柔かいじゅうすることに成功した。ついでに男のほうは扶桑家の使用人の女と結婚を前提に付き合うことになったぜ?。
――はっ?。

葵はまったく理解できない様子だった。まあそうだろうな。その場にいた俺ですらまったく理解できない展開だったんだから。
だが冷静になって考えてみたらそうでもねえのさ。おそらく憧子は黒川のプロポーズを受け入れてやつを取り込むことで口止めができると踏んだんだろう。もしかしたら綾目はそれを見越して黒川にプロポーズさせたのかもしれない。だとしたらとんでもねえ策士だが……。

とにかく今回の件は俺に一任してくれ。そう言うと葵は「うーん、わかりました」投げやりな感じで納得してきた。何だか様子がおかしい。

どうした。何かあったのか?
――実はスフィンが体調を崩しててしまって対応に追われてまして。
なんだって!?
――今すぐ本陣に向かってくれませんか。
バカな。本陣はついさっき見回ったばっかだぞ。
――何者かに荒らされてしまったのかもしれません。
もしかして嘉太よしたか?。

池下喜太はSBBBQに途中加入したメンバーでSBE創立メンバーでもあったのだが、大のトラブルメーカーだったので彼の扱いには虎之介くんもずいぶん手を焼いていた。それでもやつは昔からリリックを作る才能だけはズバ抜けていて俺がSBEを手伝うようになったあともしばらくはクリエイティブ部門のブレーンとして活動してたんだ。
だが日を追うごとにトラブル癖がひどくなりまるで蜜の味のデビューに合わせたかのように半年前から音信不通になっちまったんだ。

だからSBEは嘉太が裏切った可能性を懸念している。虎之介くんからは「見つけたら殺せ」って言われているが流石に昔馴染みのダチをヤるわけにはいかねえ。だからといって見逃すわけにもいかねえからもし見つけたら身柄を確保して事務所に突き出すつもりだ。悪く思うなよ嘉太……。

俺はスマホをポケットへしまい、一応、誰かに尾行されてないか周りを確認したあと取り急ぎ「本陣」へ向かった。




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