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アドバンス・ド・蜜の味 17


えっ、ガルルからビデオ通話がかかってきたの!?。

仕事終わり。黒川くんからどうしても助けてほしいという連絡を受け八事のロイヤルホストで彼と会っている。すると衝撃的な言葉が飛び出したのだ。何でも黒川くんは今日の昼に平和公園で扶桑家の仕様人・鶴里憧子さんと会っていたらしい。なかなかやるじゃない?。でもそこで思いもよらない大事件が発生したことにより、何もかもが吹っ飛んでしまったのだという。

――今日の昼、鶴里さんに呼び出されて二人で話し合っていたんですよ。そのとき亀島さんからビデオ通話があって出てみらガルルちゃんだったです。僕の顔を見て「黒川くーん」手を降ってくれたんですよ?。もうそこからは記憶がありません。いつの間にか鶴里さんは居なくなってました。なんだか今でもずっと夢の中にいるようで……。

とつとつと語る黒川くんの手は小刻みに震えていた。

「綾目さんならわってくれますよね?。オタクにとって推しに認知されるということがどれだけ重大な意味をもつのかを……」


目次 
        
10 11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22(完結)

「やめてくださいよ綾目さん③」


認知……。
それはファンがアイドル本人に顔や名前を憶えられてしまうことを意味するオタク用語のひとつ。推しに認知されることはオタクにとって最上の名誉であり、最高の栄養であり、最狂の麻薬でもある。
したがってファンレターを贈りまくったりイベントに参加しまくったりして推しのアイドルに認知されたい熱心なオタクが多く存在する一方で認知されてしまったことによって泥沼にハマってしまい生活が破綻する人間も少なくないという。とくに女性の場合、いわゆる「風俗落ち」という言葉があるように、推し活に専念するため昼の仕事をやめ、効率よく稼げて遠征などの時間も確保できる風俗で働き出すケースもあると聞く。

いや、わかるけどさあ。だからって「いつの間にか居なくなってました」は有り得ないでしょ。憧子さんの扱いひどくない?。最悪なんだけど。最低。死んじゃえ。

――言い過ぎでは?。

どうせまだフォローの電話してないんでしょ。とにかく今すぐしなよ。そう言うと彼はまるで「待て」を解除された警察犬のように急に慌てた素振りを見せてスマホを取り出して憧子さんに電話をかけはじめた。
きっと私に背中を押してもらいたかったんだろうけれど、なんか不甲斐なさ過ぎてうんざりする。こんなヘナチョコ男のどこに惚れかけたんだろう。私……。

30秒後――。
黒川くんは海外ドラマでよく見る両手のひらを上に向けて肩をすくめるポーズをしたあと「留守電でした」ヘラヘラ笑いながらフライドポテトをひとつ取ってアイオリクリームソースをたっぷり付けてから口の中へ放り込んだ。
なにヘラヘラしてんだよ~!。
店内は学生たちや若いカップル客でごった返している。厨房からはカチャカチャと何やら賑やかしい音が聞こえてくる。ガラス越しに見える住宅街の風景はすっかり暗くなっている。

「とりあえずLINEでもしてみたら?」

まったく、何で私が手取り足取り指示しなきゃいけなんだろう……。しかし彼は「そうっすねえ」と言ったきりスマホ画面を凝視しながら固まってしまった。元々うわのそらになることの多い子だったけど今日はいつにも増して心ここにあらずといった感じだ。
まあ無理もないか。一生を捧げます!。なんてガチ恋してた推しのアイドルからいきなりビデオ通話がかかってきたのだから……。

私はひとまずガルルとどんな会話をしたのか具体的に聞いてみた。

――はい。ほんの10秒くらいだったんですけど要約すると「がんばってね」って励まされちゃいました。しかも最後に指ハートしてくれたんですよ?。僕だけのために。もう意味がわからないくらいかわいかったです。でも正直言うと僕はガルルちゃんに認知されたくなかったんですよね。
――この界隈には推しに認知されたくて仕方ないやつらが大勢いますけど僕は彼女のことをずっと手の届かない存在だと思ってたから安心して恋をしていられたんです。でも認知なんかされてしまったら手が届くかもって思っちゃうじゃないですか。安心できないんですよ、それじゃあ。
――だって僕みたいなしょうもない限界オタクに何ができるって言うんですか?。僕は絶対にガルルちゃんを裏切りたくない。だから本人から何かを期待されたくもなかったんです……。

――僕は彼女を【裏切ってしまうことが怖い】んですよ!。

これがいわゆる「こじらせオタク」ってやつかあ。
でもさあ、昨日の君はちょっと格好良かったよ?。まさかあの黒川くんが、あんなたくさんのお客さんが見てる前で公開プロポーズするなんて。そんなことするひと初めて見たよ。茶化すように言うと彼は「綾目さんが煽ったんじゃないですか……」力なく肩を落とした。

じゃあ君は私が死ねっていったら死ぬのかな?。

――別にかまいませんよ。こないだも言いましたけど僕はもう実質【余生】なので、いつ死んでもまったく後悔はありません。その代わり自分自身とはいえ人殺しにはなりたくないので綾目さんがやってくれませんか?。
そう言って彼は下唇を突き出しながら肩をすくめるポーズを私に見せつけたあと、フライドポテトをひとつ取ってアイオリクリームソースをたっぷり付けてから口の中へ放り込んだ。何そのガマガエルみたいな顔は……。

わかった。死んでいいよ?。
――えっ。
その代わり頑張って死ぬの。あと50年くらいかけて頑張って死ぬの。
――そんなの頑張って生きてると同じじゃないですか……。

そのとおり。要するに死ぬなってことよ!。そう言うと彼は何かをひらめいたのかポンと手を打ったのだ。

――なるほど。フランスの哲学者・パスカルはかつて「人間は生まれながらにして死刑囚である」と言いました。なぜなら人間はいつか必ず死ぬからです。そういった意味では人間は生まれながらに死刑を宣告されているようなものなんですよ。
――つまり我々は実は生きてるのではなく死んでいる途中なのかもしれない。この世におぎゃあと生まれ落ちたときからずっと死につづけているのかもしれない……。そう考えると綾目さんの言ってることもひとつの真理なのでしょう。

黒川くんは腕組みしながら何度もうなずいている。何だか知らないけど納得してくれたならそれでいいや。

――もしかして綾目さんはパスカルの生まれ変わりですか。
ああ、ぬいぐるみなら持っるよ。
――え、それって、もしかしてあらいぐまでは?
そうそう。笑。

黒川くんは「なるほど。そう来ましたか」ため息をついた。店内はあいかわらず雑然としている。とくに奥の若い大学生風のグループが大声で下品な話をしていて隣の席のいかにも上品そうな老夫婦がずっと怪訝けげんそうな顔をしていた。たぶん普段はもっと高級レストランとかに行ってるんだろうなあ。たまたま今日はファミレスに入ってみたのかもしれない。

視線をもどすと黒川くんがパスカルについて熱く語っていた。

――パスカルの有名な言葉に「人間は考えるあしである」があります。我々は1本の葦のように弱々しい存在だけれども思考する力をもっている。つまり思考することこそ人間の根本原理なんだとパスカルは説いたのです。この言葉は聖書の一節に由来するものなんですが、興味深いことに古事記にも葦は登場するんですよ?。
――そこには高天原たかまがはら黄泉よみの国のあいだに豊葦原中国とよあしはらなかつくにがあると記載されています。つまりこの地上世界のことを古代日本人は「葦原の国」と呼んでいたのです。想像してみてください。一面に葦が群生している大昔の日本列島を……。

そんなの想像して何が楽しいんだよ!。

大昔の日本に思いを馳せてる暇があったら今この現実をどうするかってことを考えなよ。とがめると彼は「女性にはリアリストが多い。男性にはロマンチストが多い」と言ってドヤ顔したあとフライドポテトをひとつ取ってアイオリクリームソースをたっぷり付けてから口の中へ放り込んだ。そっきからそのルーティンなに?。

そのとき突然、私のスマホが鳴った。羊一郎よういちろうくんからだ。私は「ちょっとごめん」と言って席を離れた。

よう、昨日は悪かったなあ。
――なんで急にいなくなっちゃったの。
緊急会議があってな。一旦東京に戻ってたんだ。
――緊急会議って?。
詳しくは言えない……。

昨日は結局、憧子さんは職場を抜け出してきたみたいですぐ帰っちゃったし、羊一郎くんもいつの間にか居なくなってたので私たちはあれからすぐ解散したのだ。

そんなことより黒川くんから聞いたよ?。
――ああ、ガルルの件か。
そうそう。まさか羊一郎くんが本当にSBE社員だったなんて……。
――まだ疑ってたのかよ。
しかもメンバーから個人的メッセージがもらえるってすごくない?。
――まあな……。
社内でそれなりの権力がないとそんなことできないよね?。
――いやいや、昨日、黒川やつが頑張ったから、ちょっとご褒美をやろうと思ってな。たまたまガルルが近くにいたから頼んだだけだよ。大したことねえさ!。

得意げに語る彼だったが完全に逆効果だったことを伝えると驚いていた。黒川くんはちょっと特殊なの。世の中には認知されたくない派のガチオタだっているんだよ。丁寧に説明したつもりだったのだけれどあまり伝わらず「とにかく近いうちにまたそっちへ行くからよろしく」一方的に電話を切られてしまった。もう~!。
席へ戻ると黒川くんが「誰からだったんですか」珍しく食いついてきた。羊一郎くんからだよ。なんか東京で緊急会議があったんだって。伝えると彼はにやけ顔になって「綾目さんって亀島さんのこと下の名前で呼ぶんですね」おちょくってきた。

なに。黒川くんもひかるくんって呼ばれたいの?。
――いえ、結構です。

断るんかい。

まあ、とにかく今はガルルよりも憧子さんを優先するべきだよ。絶対あとから後悔することになるから……。ほらさっさとLINEする!。促すも彼は「無理ですよ。何て打てばいいんのかわかりましぇ~ん」泣きついてくる始末。情けないなあ。こんな男とヨリを戻す憧子さんがかわいそうだ……。すると私の心の声が聞こえたのか黒川くんが「正直、言っていいですか。僕は自分でもよくわからないんです。本当に鶴里さんのことが好きなのか」なんて言ってきたのだ。

じゃあ君は好きでもない相手にプロポーズしたの?。それはさすがに憧子さんに対して失礼だよ。ひどくない?。最悪なんだけど。最低。死んじゃえ。

――言い過ぎでは?。

しかし彼も黙ってはいなかった。「じゃあ言わせてもらいますけど、綾目さんこそ亀島さんと付き合ったとき結婚に焦っててついOKしちゃったみたいなこと言ってましたよね?」「それは……」思わず言い返せないでいると「綾目さんは好きでもない男と結婚しようとしてたんですか」逆に責められてしまった。

たしかに私は今から3年前――。
婚活アプリで羊一郎くんとマッチングして初めて会ったとき彼に好感をもっていたと言えば嘘になる。むしろぜんぜん好みのタイプではなかった。しかも妻子持ちだったし(これはあとから知ったことだけど)。正直言って自分でも何で付き合いはじめちゃったのかわからない。やっぱり焦ってたのかなあ。すると黒川くんがまた極端な持論を展開しはじめたのだ。

――そもそも「恋愛のゴールが結婚」だなんて考え方は近年になって恋愛至上主義者が広めた風潮に過ぎません。人類の歴史から見ても「恋愛」と「結婚」はまったく別物でした。そんなものはブライダル業界が仕掛けたマーケティング戦略なんですよ?。クリスマスやバレンタインデイが洋菓子業界の戦略だったようにね。
――ほら、よく結婚なんてするもんじゃないって言ってくるやつ居ますよね。バイト先のカラオケ屋の店長もよく奥さんの悪口を言ってますけど、いい年こいた大人が何、結婚に夢見ちゃってんだよって思いますね。バカじゃないかと。
――あんなものは「結婚=幸せの頂点」と思い込んだ店長みたいなバカな大人どもがただ単に、自分が結婚に失敗しただけの話をまるで悟りでも開いたかのように語ってるだけなんですよ。本当にバカじゃないかと。

たぶんそれノロケだよ。黒川くん……。

私はそう思ったけどあえて黙っててあげた。そんことより、もし羊一郎くんと結婚することになったら私どうなっちゃうんだろう?。お前もSBEに入ってくれとか言われちゃうのかな。どうしよう。私、事務員くらいしかできないよ~。そりゃあアイドル業界の最前線で大好きな推したちと一緒に仕事できるなんて夢のようだけど……。

――で、綾目さんは亀島さんのこと好きなんですか?。

黒川くんの質問に私はうまく答えられなかった。すると彼は「ほらあ、僕と同じじゃないですか」満足そうな顔をしたあと最後の1本になったフライドポテトへ手を伸ばしたので私は横取りして、これみよがしに食べてみせた。反撃開始だ!。

でも私、あのときは彼と結婚したいって真剣に思ってたよ?。黒川くんは憧子さんと結婚したいと真剣に思ってるの?。思ってるわけないよね。だって君はまだ大学生なんだし……。
だいたいプロポーズっていうのはねえ、男側が結婚指輪とか花束とか何かしらプレゼントをあらかじめ用意してからするものなんだよ?。手ぶらでするなんて考えられない。しかもあんな公衆の面前でするなんて非常識だよ。

――ええ、さっきは褒めてたじゃないですか!?。
さっきまで偉いなあって思ってたけど、よく考えたら違ったの。
――むちゃくちゃだ~。

むちゃくちゃなのは君だよ?。物事には段階ってものがあるの。いきなりプロポーズするなんてのあり得ない。憧子さんも困ってたと思う。
だって知らないひとが見てる前であんなのやられたらOKするしかないじゃない。もし断りでもしたらお店がえらい空気になっちゃって余計に恥ずかしいでしょ?。だから話し合おうって言われたんじゃないの?。

それなのに君は
そんな憧子さんの気持ちも考えずに
「好きかどうかわかりましぇ~ん」
なんてふざけたこと言って
また恋愛から逃げ回るつもりなの!?。

問いただすと黒川くんはこの期に及んで「綾目さんがたきつけるからですよ...…」また私のせいにしてきた。呆れた。君は何でも他人ひとのせいにするんだね?。

――そりゃそうですよ。僕は父と母が勝手に子作りして生まれさせられた存在なんですから。英語でも「I was born」は受身形ですよね。つまりすべての人間は自分の意思で生まれてきたわけじゃないのです。そう考えると何でも他人のせいにするのは、むしろ「人間の本質」なのですよ。

何を言ってるの。
頑張って【泳いだ】のは君でしょ!。
――んんっ?

宝くじで1等が当たるよりもずっとずっと優勝する確率の低い、参加者が何億匹っていうバトルロワイヤル形式のレースに出場して頑張って泳いで、必死になって泳いで、見事に1番になったのは君だよね?。
指摘すると彼は「そ、そんな精子だったときのこと言われても……」意気消沈してしまった。精子だろうが卵子だろうが君は君なんだよ。1番になったことをもっと誇って生きなさい!。そう言うと彼は何かをひらめいたのかポンと手を打ったのだ。

――しかしよくよく考えてみると人間が生まれる前に「泳いでいる」なんて面白いですね。まるで数億年かけて哺乳類が魚類から進化した歴史をなぞらえるかのように我々は母なる羊水うみから生まれてくるのですよ?。

さっきから黒川くんは何を言ってるの?。

きっと黒川くんは正気を保つのに必死なのだろう。どう考えてもここ数日、彼には色んなことが起こりすぎたもん。まず私と出会ったでしょ?。バイト先の後輩ちゃんから告白されたでしょ?。憧子さんに公開プロポーズしたでしょ?。ガチ恋してた最推しのアイドルから認知されたでしょ?。たぶん彼には今まさに人生最大のモテ期がやって来てるんだわ。
脳みそがパンク寸前なんだよ。さっきから訳のわからないことばっかり言ってるし……。ああ、これは元からだった。笑。

ふと老夫婦のテーブルを見ると食べ物が半分以上、残ったままのお皿を店員さんがカチャカチャと片付けている姿が見えた。どうやら隣の若い大学生風のグループの大騒ぎに耐えかねて途中で帰ってしまったらしい。

すると彼が鋭い目をしながら「自然淘汰しぜんとうた!」私を指さした。

――綾目さん、さっきからあそこの老夫婦のことを見てましたね。その隣のテーブルのイキリFラン大学生みたいな連中がさっきから大声でずっと「あいつとヤッた」だの「こいつとヤッた」だの下品な話してるからついさっき食べ物をほとんど残して帰っちゃいましたよ。

ああ、黒川くんも気にしててくれてたんだ。

――はい。ずっと気になってました。きっとこの辺りの高級住宅地に住んでいる富裕層の老夫婦でしたね。普段はさぞかし悠々自適な生活を送ってることでしょう。しかし学生や若いカップル客でごった返すこのファミレスでは環境に適応できなかったようです。これこそダーウィン進化論でいうところの自然淘汰ってやつですよ。

はあ、そうですか。
すると彼が前傾姿勢になって何か言いはじめた。
――でもね、本当に滅びるべきはあのイキリ散らかしてるFラン大学生どもですよ。僕はあの手のやからが大っ嫌いなんです。全員、殴り倒して来ていいすか?。

おお、やれやれ。
――本当にやりますよ。もう自然淘汰じゃなくて実力淘汰になっちゃいますけど。こう見えて僕むちゃくちゃ喧嘩強いですからね。高校生のときは喧嘩王って呼ばれてましたから。相手が引くぐらい強いですから……。

うん。がんばってね。
――綾目さん、どうせ嘘だと思ってるでしょ。僕は本気ですよ?。

どうぞ。どうぞ。そう言うと黒川くんは勢いよく立ち上がった。しかし次の瞬間、みるみる顔面が青ざめていく……。どうしたの。すると大学生風のグループが彼の存在に気づいたのか急にざわつき始めたのだ。

「あれ。何だあいつ」
「どっかで見たことあるなあ」
「もしかして、黒川ヒカルくんじゃね?」
同高おなこうだった……」
「ホントだ。ヒカルだ。笑」
「え、あの陰キャだろ?」
「そうそう……」
「おいおい、女と居るぞ」
「マジか」
「あの童貞王のヒカルが!?」

ねえ、何だか君のこと知ってるみたいだよ。聞くと黒川くんは「よく見たら高校でスクカー上位陣だったやつらでした。やばい。バレる……」そう言って、いないいないばあみたいに両手で顔を隠しながらゆっくりと静かに座り直したのだ。こんなダサい動作、見たことない!。
するといかにもチャラそうな金髪くんがニヤニヤしながら「あれぇ、ヒカルくんだよねぇ」こっちのテーブルへやって来た。

黒川くんは両手で顔を隠しながら少し声色を変えて「違いますデース」と言った。それ、どういうキャラ?。

「うるせえよ。いつまで顔、隠してんだよ」
金髪くんが黒川くんの両手をムリヤリはがそうとするも彼は頑として譲らない。そこ、頑張るとこじゃないよね……。二人はしばらく格闘していたものの黒川くんのガードがあまりにも鉄壁だったので「こいつ、マジか……」さすがの金髪くんからも笑顔が消えて少し引いていた。もしかして相手が引くってそういう意味だったの?。

でもこの金髪くん、あきらめて帰るかと思いきや「お姉さん、彼女さんですかぁ」今度は私に絡んできたのだ。

ねえ、黒川くん、固まってないで何とかしてよ……。
しかし彼はまるで石像になっちゃったみたいに動かない。仕方なく何も応えず無視していると今度はさわやか風イケメンくんが颯爽とやって来て「すみません。こいつ酔っ払ってて」何度も頭を下げてくれた。このひとは比較的まともそうだ。結局、金髪くんは元いたテーブルへ連行されやからたちが大爆笑していた。

一方、黒川くんはうつむいたまま何も喋らなくなってしまった。それからしばらくして例の大学生風グループがガチャガチャしながら嵐が過ぎ去ったみたいに店を出ていくとようやく「すみません……」ぼそっと謝ってきた。
ぜんぜん大丈夫だよ?。何もされてないし。明るく返すも彼はガックリしたままノーリアクションだった。

じゃあさ、今からは憧子さんのことだけ考えよっか。ひとまずLINEしよ?。文面とか見てあげるから。ね?。寄り添うように言うと彼は「うん」不気味なほどすんなりスマホを手にとって文字を打ち始めた。5才児かよ……。

しかし次の瞬間……。
突然、着信が来て驚いた彼はスマホをトレーの上に落としてしまった。着信画面に表示されたのは「鶴里憧子」の文字。「つ、つ、つ、つ、鶴里さんからです。どうしましょう!?」時限爆弾じゃないんだから早く出なさい。

――あ、もしもし……。
(……)
――うん。
(……)
――そ、そんなことないよ。
(……)
――うん……。
(……)
――う、うん。
(……)
――じゃあ。

電話を切って呆然としている彼に「何て言ってたの」聞くとどうやら憧子さんは自分が途中で帰ってしまったことを黒川くんが怒ってると思っていたらしく逆に謝ってきたという。なんて良い子なの!。
憧子さんは見た目こそ謎の圧を感じるほどの迫力美人だったけど、きっと中身は純粋な女の子なんだよ。ああ、もったいない。彼にはもったいない子だわ。それに比べて黒川くんはLINEすらまともに打てないし性格はねじ曲がってるし日本神話の話ばっかするし絡んできた相手が引くぐらいヘタレだしおまけにしょうもない限界オタクだし、パスカルですら思考停止するレベルのヘナチョコ男だよ。

ホント私が居ないと何にもできないんだから……。



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