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アドバンス・ド・蜜の味 19

JR新宿東口。アルタ前広場――。
やっと会えたね。僕は真冬のとなりにすわった。それにしても驚いたなあ。髪が短いから夏美かと思ったよ。そう言うと彼女は首をかしげて「イメチェンしたの」少女のように微笑んだ。
彼女は学生時代、落ち着いた大人っぽい子ってイメージだったけど今は逆にあどけなさすら感じる。まるで本当に夏美と話してるみたいだ。

来てくれて嬉しいよ。
やっと記憶が戻ってきたんだ。たぶん何らかの原因でスフィンの呪力が弱まったんだと思う。どうやら彼女は他人を洗脳したり、記憶を操作できたりする能力をもってるらしいんだよ……。


目次 
        
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18 19 20 21 22(完結)

池下喜太『彼女は僕が守ります』


1ヶ月前――。
僕はこの場所で中村先輩と再会した。そのとき僕は自分がなぜここにいるのか。そもそも誰なのかすら判然としない状態だった。
でも先輩の顔を見たとき高校時代の思い出がうっすらと蘇ってきたので僕は【小説を書いているという体】で彼と話をすることにしたんだ。頭のなかの記憶が本当の出来事だったのか偽りの出来事だったのか喋っているうちに整理できると思ったんだ。案外その目論見はうまくいったよ。

僕はまず僕を思い出した。自分が池下寧太ではなくその双子の弟・喜太であることを思い出したんだ。次に僕は扶桑姉妹を思い出した。
夏美を思い出した。真冬きみを思い出した。ついでにリカちゃん人形の双子の妹の名前も思い出した。僕は喋ってないとまた忘れてしまうかもしれないと思ってとにかく頭に浮かんだことをポンポンと口に出していた。

たぶん僕は記憶の「間違い探し」をしていたんだと思う。全部見つけるのに5年もかかってしまったけどね。笑。

連絡が遅くなって本当にごめん……。
――うんん。ありがとう。私も喜太くんことずっと心配してたの。でもこんな人目のつくところで待ち合わせちゃって大丈夫なの?。

大丈夫。もしやつらに見つかってもこんな都会のど真ん中で手荒な真似できないだろうし、それにやつらは絶対に君には手を出せないからね。いざとなったら君を盾にするさ。
――うん、そのときは頑張るね。

僕たちは顔を見合わせて笑った。

今から思い出したことを順番に話すよ。すべては龍之介くんがあの女と出会ってから狂ってしまったんだ。龍之介くんはSBBBQの最年少だった僕を本当にいつもかわいがってくれた。彼はよく東京で一旗揚げるって夢を語っていて、高校卒業後に仲間たちといっしょに上京したんだ。
そのとき僕はまだ高校一年だったので独りだけ名古屋に残ったんだけど、SBBBQは東京ですぐに頭角を現しインディーズHIOHOP界を席巻する存在になった。僕はもう居ても立っても居られなくて高校の卒業式が終わったらその足で東京行きの電車に飛び乗っていた。

正直、歓迎されなかったらどうしようって不安だったんだけどメンバーたちは僕を家族みたいに迎えてくれた。龍之介くんなんか「待ってたぜ Brother!!」ハグまでしてくれたんだよ?。
それから2年間はSBBBQの黄金期だった。メジャーデビューも果たして僕たちは破竹の勢いで全国を駆けめぐった。でも崩壊は何の前触れもなくやってきたんだ。

今から5年前――。
僕たちはいつものようにメンバーのたまり場になっていた新宿のBarに集まってあーでもないこーでもないと大盛り上がりしていた。そこで龍之介くんが突然「解散宣言」をしたんだ。最初は誰もが冗談かと思った。でも彼が本気だということがわかると次第に皆が騒ぎ出した。

「なんでだよ、龍ちゃん!」
「今さらビビってんじゃねえぞ」
「俺たちはまだまだこれからじゃねえか」

すると龍之介くんはひとりの女を店内へ呼び寄せた。皆は普段、女の子が来るとテンションがぶち上がってしまうんだけどこのときばかりは息を呑んだ。なぜならその女はとんでもなくスタイルが良くて、日本人離れした整った顔立ちをしていて、片方の瞳がこの世のものとは思えないくらい美しい緑色をしていたからだ。

誰もが彼女に魅入られて石化したみたいに黙り込んでしまった。すると龍之介くんが満を持して口を開いたんだ。

――俺はこいつをプロデュースする!。

今思えば彼はそのときもうすでにスフィンによって洗脳されていたのだろう。だってあの東洋一のド硬派MCとして名を馳せていた龍之介くんがよりにもよってアイドルをプロデュースするなんて……。
しかも蜜の味がデビューするまでにはさらにそこから4年半もかかってるんだ。

まず龍之介くんは芸能事務所SBEを設立した。弟の虎之介くんが社長を務めた。さらに本格的なソロ活動を開始して様々なジャンルへ進出し腕を磨いた。
一方、スフィンたちは一般常識の習得や言葉遣いの矯正など社会復帰カリキュラムを受けながら、歌やダンスの練習をしたり語学を学んだりアイドルとしてのスキルアップにたっぷりと時間を費やすことができた。彼女たちは年を取らないからね。笑。

その間、弟の虎之介くんは人材集めや資金集めに奔走し社員たちにはスポンサーや広告代理店、制作会社、メディア各社への根回しを徹底させた。
世間からは無名事務所がいきなりアイドルで一発当てたと思ってるみたいだけどビジュアル、曲、歌、ダンス、コンセプト、すべてが完成された状態でデビューできた彼女たちが売れないわけがなかったんだよ。

するとずっと黙って僕の話を聞いていた真冬が口を開いた。
――そもそもアイドル活動を持ちかけたのは誰だったの?。
いい質問だね。それはスフィンたちから持ちかけたってことになってるんだけど実はその影に「謎の男」の存在があるんだよ。

――謎の男?。

そう。実はスフィンを龍之介くんと引き合わせた人物がいるんだ。彼女たちにアイドルになるよう指南したのはどうやらその男らしい。いわゆる黒幕ってやつさ。元々スフィンたちはその男に囲われていたみたいなんだよ……。
すると真冬は何か思い当たるフシでもあるのか、最近になって兄・満人から突然聞かされたという「スセリヒメが目覚めたときの話」を教えてくれた。

――きっと満人兄ちゃんもスフィンに記憶を消されてたんだと思うの。

なるほど。スフィンたちは13年前まで眠っていたわけか。しかしその話のなかに怪しい人物がいるね?。というか、絶対にそいつだろって男がいるね?。
――うん、私も同じこと思った。

「「扶桑日登志ひとし!」」

僕たちは指を差し合いながら声を合わせた。
やっぱり?。試しに彼の名前でググってみると出雲の商工会か何かの会合の写真が出てきた。そこに写っていたのは間違いなくSBEの事務所にときどき顔を出しては虎之介くんと密談をしていたあの謎の男だったのだ……。
こいつだ。間違いない!。おそらくスフィンは君のお兄さんが遭遇する前からすでに目覚めていて、日登志と本格的な活動再会に向けていろいろ計画を練っていたんじゃないかな。きっと彼はクズ人間を演じながら裏でその計画を着々とすすめていたんだよ。

――私もそう思う。スフィンたちだけでどうやって現代社会へ適応したのかなってずっと疑問に思ってたの。でも彼ならすべての事情を知っていてなおかつ彼女たちを養えるだけの財力も体力もあった。きっと日登志はスフィンたちの活動再開のために計画的に会社を倒産させたのよ。

そう言って真冬が顔を近づけてきた。ていうかこんなときにこんなことを思うのは不謹慎かもしれないけど、なんか楽しいな?。
そう言うと彼女も「私も楽しい」にっこり微笑んでくれた。その笑顔は本当に愛おしくて仕方なかった……。

「そういえば思い出したことがあるんだけど言ってもいい?」
「ん。なに?」

「君が好きだ……」

ごめん。言わずにはいられなかった。
すると彼女は「あ、ありがとう……」お礼を言ってくれたものの気まずい雰囲気になってしまった。本当にごめん。主婦に告白してる場合じゃなかったわ。笑。そろそろ行こうか。切符は買ってあるから。
それから僕たちは新宿を出発。品川駅から12時37分発のぞみ33号に乗った。車内には白いヘッドカバーがかけられた目の覚めるような青いモケット生地の座席が立ち並ぶ。僕たちは指定席にとなり合って座り名古屋を目指した。やがて電車が動き出したので僕は話を再開した。

SBEは本陣、平安通、東別院、覚王山、六番町、星ヶ丘という6つの土地にそれぞれマンションの一室を借りていてそこに祭壇を設置しているんだ。すると彼女は「それって呪法陣?」と言った。驚いたな。もうそこまで辿り着いていたのか。

「本陣のマンションに御札を貼ったの」
「え、あの部屋に入ったのか?」
「うん……」

そう言って彼女はことの経緯を教えてくれた。
なるほど。どんな鍵でも開けられる味方がいるのか。でもそれはそれでまずいことになったぞ?。もし御札のことがSBE側にバレてしまったらセキュリティを強化されてしまうかもしれない。

――そもそも、あの呪法陣はいつからあったのかしら。

たぶん13年前、スフィンたちが目覚めたときに日登志の協力のもと設置されたものだろう。彼女たちはそれまで千年以上も眠っていたんだよね?。
――うん。

おそらくそれまでの呪法陣は出雲扶桑家のなかに設置されていた小規模なものだったんじゃないかな。でもそれだと呪力が小さすぎて活動に限界が来てたんだよ。
――だから彼女たちは眠ってたのね。

だと思う。彼女たちが本格的に活動を再開するにはより大きな呪力が必要だったんだ。そこで大幅にパワーアップされた呪法陣が名古屋へ移敷いしきされた。

――実は私、出雲扶桑家が経営していた会社の事業内容を調べてみたんだけど、どうやら名古屋で分譲マンションの開発をしていたみたいなの。日登志はスフィンたちが本格的に目覚める前から着々と準備をすすめてたってことだよね?。

ああ。ただし日登志はひとつだけミスを犯してしまった。それはよりにもよってプロデューサーに龍之介くんを選んだことだ。
もちろんそれが功を奏して彼女たちは爆発的に売れて、呪法陣の力も桁違いに強くなったわけだけど、まさか彼が扶桑家本家とつながっていたなんて思いもよらなかっただろうね。もし龍之介くんが洗脳されてなかったら絶対にスフィンなんかに協力しなかったと思う。夏美を見殺しなんてしなかったと思う。でも龍之介くんが選ばれたおかげで僕がSBEに入ることができた。

つまり日登志にとって最大のミスが「僕」なのさ。

僕は扶桑姉妹を守るため、君たちを守るためスフィンに洗脳されたフリをして呪いの仕組みやその解除方法について必死になって調べたんだ。でも不審な行動がやつらに怪しまれた僕は記憶を操作されてしまった。
まあ世間的にはバイク事故ってことなってるらしいけどね。だからずっと君たちに連絡をすることができなかった。何よりも夏美のことを救うことができなかった。本当に申し訳ない……。

そのとき、真冬が急に相槌を打ってくれなくなったと思って横を見ると、彼女は車窓のそとを見ながらポロポロと泣いていた。

か、勘違いするなよ?。
これはあくまでも僕が勝手にやっていたことであって恩を着せてやろうとか、あわよくば君と友達以上の関係になりたいとか、そういう下心みたいなものはいっさいなかったからなあ!。

――喜太くん、ありがとう。
お、おう……。

――ごめんね……。私、25年間も何やってたんだろう……。喜太くんがこんなに頑張ってくれているのに。満人兄ちゃんも、春吾さんも、みんな、私のために頑張ってくれているのに。本人はのほほんと生きていて、本当にごめんね……。

バカだなあ。
君にのほほんと生きていてほしいから
みんな、頑張ってるんじゃないか……。



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