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アドバンス・ド・蜜の味 16

窓ガラスから差し込むほこりまじりの朝の日差し――。
今日はとてもじゃないけど授業に出る気になれなかった。朝から大学のフードコートで独りぼーっとしている。窓際のテーブル席。缶コーヒー片手に僕はさっきからずっと鶴里さんのことを考えていた。
昨日はいったいどうしてあんなことになっちゃったのかな。告白文化を世界一否定して生きてきた僕がまさか女の子にプロポーズするなんて。しかもスターバックス店内という公衆の面前でするなんてどうかしてる。

でも意地は見せたつもりだ。僕は「付き合って下さい」ではなく「結婚して下さい」と言った。僕が否定していたのはあくまでも男女が付き合う前に告白するという謎の文化であって結婚のプロポーズならばその限りではない。その理屈でいくと僕は正しいことをしたのだ。ただひとつ……。

鶴里さんのことが好きなのか自分でもわからないという点をのぞけば!。


目次 
        
10 11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22(完結)

「黒川輝の人生余生でGO!③」


こんなこと言うと最低なチンポ野郎だと思われるかもしれないが、そもそも僕は高校時代、彼女のことが好きだから付き合っていたわけではないのだ。ただ一緒にいると楽しかったから一緒にいただけ。でもよくよく思い返してみればもしかしたら僕はあのころもこうやっていつも彼女のことを考えていたのかもしれない。今まで記憶の奥底に封印していただけで実はこの状態こそ「好き」という感情なのかもしれない。
それにしてもスタバで会った鶴里さんはものすごく大人っぽかったな。高校時代の彼女はもっとチャキチャキしていた。それに正義感がつよくて物事をハッキリと言う性格だったんだ。

スクールカースト1軍のやつらにも物怖じしない彼女の堂々とした姿に僕は憧れていたんだ。憧子だけに……。なんつって。笑。

♪~♪~♪~。
つまらないことで笑っていたらスマホが鳴った。
つ、鶴里さんからだ……。急いで電話に出る。

鶴里さん、昨日はごめん!。
――なんで謝ってるの。
いや、その……、いきなりあんなことになっちゃって。
――そのことでちゃんと話し合いたいんだけど。
実は僕もそう思ってたんだ。
――近いうちに会えるかしら?。
もちろんさ。別に今からでもいいよ。授業なくて暇だし。(ウソ)

結局、僕たちは高校時代によく二人で会っていた猫ヶ洞池のほとりに建っている屋根付きの休憩所に12時に待ち合わせることにした。とは言うものの何を話したらいいのやら……。
昨日、亀島さんはいつの間にか居なくなってたし綾目さんは僕以上に何も状況がわかってなさそうだった。SBEのスパイ活動をするったって具体的な指示がなさすぎて何だかうまく煙に巻かれた気分だ。

30分後――。
猫ヶ洞池に到着。池に沿って整備された遊歩道をすすむ。茶色い柵の向こう側にバス釣り客がちらほらと座っている。池へ降りるコンクリートの階段には溺れた子どものイラストに「あぶない」という文字が書かれた看板が立っている。そのままメタセコイア広場のほうへ向かうと待ち合わせ場所の八角形の東屋あずまやが見えてきた。ずいぶん早く到着してしまった。スマホゲームでもやって時間を潰すか……。

思い出すなあ。高校時代もよくこうやって鶴里さんを待ってたっけ。彼女は環境美化委員をやっていたので僕より遅く来ることが多かったのだ。でも僕は決して彼女の帰りを待って一緒に帰るようなことはしなかった。周りの目が気になって恥ずかしかったというのもあったけどスクールカースト上位のやつらから冷やかされるのが嫌だったんだ。
あいつら顔を合わせれば「ヤッたのか?」聞いてくる下品でデリカシーのないクソみたいな連中だからな……。

あの手の連中は成人しても「あいつとヤッた」「こいつとヤッた」低俗な会話しかできないチンポに足が生えただけのチンポ野郎だからこないだ成人式で会ったときも何も成長してなかった。いかにもバカしか着なさそうなはかま姿で一升瓶片手に「風俗行こうぜ」なんて調子に乗ってたやつらに全員、口のなかに一生治らない口内炎ができてほしい。

僕はもっと知的好奇心が満たしたいのに同級生には性欲を満たしたいやつしかいなくて心底ウンザリしていた。だから鶴里さんとは話が合ったんだ。そういえば彼女と付き合いはじめたきっかけは「猫の死体」だったなあ。

あれは高校に入学して1ヶ月くらいしたころの話――。
学校帰りにトボトボ歩いてたら道路の真ん中に猫の死体が転がっていた。お腹が破れていてカラスに内蔵を食い散らされていた。僕は思わず目を背けそうになったけどかわいそうだったのでせめて別の場所へ移動させてあげようと思って道路に飛び出したんだ。すると同じように何のためらいもなく飛び出してきた女子生徒が居た。鶴里さんだった。
僕たちは協力してその猫を植え込みのところまで移してあげたんだけど、その先のことはお互い何も考えてなくて困っていたらたまたま通りがかったサラリーマンのひとが保健所へ電話してくれて一件落着したのだった。懐かしいなあ。それから何となく二人で話すようになったんだっけ……。

「ごめんなさい、ちょっと遅れちゃった」

ふと顔を上げると目の前に鶴里さんが立っていた。
彼女は走ってきたのかクラシックなメイド服の上に地味な色のカーディガンをはおって息を切らしていた。忙しい仕事の合間に着てくれたようだ。センター分けの黒髪ロングヘアは昔から変わってない。でも顔は派手ではないもののしっかりとメイクがされており大人っぽい雰囲気を帯びていた。
昨日は舞い上がっていてまともに顔を見られなかったんだけど、改めて彼女の姿をマジマジと見てみるとちょっと構えちゃうくらい美人さんになってるじゃないか……。しかし気になるのは肩のところに付着しているやたら長い白い毛束のようなものだ。

「肩に何かついてるよ」
指摘すると彼女は慌ててそれを取り
クルクル丸めながらポケットにしまった。

「もしかして、なまはげの練習でもしてた?」
「これ、ランダなの……」

彼女はなぜか恥ずかしそうにそう言った。
え、魔女ランダ?。インドでは美しい戦闘の神・ドゥルガーの化身とされてるけど日本では鬼子母神きしもしんと同一視されているバリ島の妖怪だよね。そんな魔女ランダの髪の毛がなぜ鶴里さんの肩に?。
聞くと扶桑家のひとからお土産で仮面をもらったんだとか。なるほど。その毛が肩についてるってことは、かぶってみたんだね……。大丈夫。もう何も聞かないから。そう思って黙っていると彼女は何かを決心したように口を開いた。

「黒川くんは魔女ランダのことどう思う?」

ど、どう思うと言われましても……。鶴里さんは真剣な顔をしていた。これは答えを間違えたらダメだやつだ。僕は慎重に言葉を選んで答える。
そうだなあ。僕自身はランダについてとくに個人的な感情はもちあわせていないんだけど……。そう言い始めたところ彼女の表情がくもりはじめた。あれ。違うのか?。いや、ランダは災いをもたらす悪の象徴とも安産・子育てを司る母性の象徴とも言われる二面性のある女神なんだよね。そう言い直すと彼女「うんうん」うなずきはじめたのだ。こっちか!。

だから扱いが難しいというか神道でいう荒魂あらみたまみたいな存在で……。あれ。またくもりだしたぞ?。そ、そうじゃなくて、え~っと、彼女は見るひとによって老婆にも見えたり美少女にも見えたりするって設定あったよなあ。そう言うと彼女はまた「うんうん」うなずきはじめたのだ。こっちか!。

つ、つまりその二面性というのは観測者の問題でもあって、そもそも世の中っていうのは関係性しか存在しないのだから、究極なことを言えば他者が観測しなければ自分など存在しないわけで……。なんて、僕はぜんぜん思ってなくて。やばい違った。笑。
つまりその二面性というのは彼女自身の内なる欲求が体現した姿であり、どちらも彼女の個性……、っていうわけでもないんだな、これが!。

ダメだ。難しいよ鶴里さん。
せめてヒントをくれ、ヒントを……。

僕はどうにもわからなくて身振り手振りで助けを求めてみた。すると彼女が小さく自分自身を指さしたのが見えた。そうか……。咳払いをひとつ。
これはあくまでも僕のイメージなんだけどさ、きっと魔女ランダも彼女なりに頑張ってるんだよ。きっと彼女なりに一生懸命なんだよね。だから僕はどっちかっていうと彼女のことを応援したい。ランダが頑張っていることを応援したい……。

僕はいったい何を言わされてるんだろう?。なぜ、遠い異国の妖怪のことを応援しなきゃいけないんだろうか。しかし次の瞬間、鶴里さんが顔を伏せてしまったのだ。肩が小刻みに震えている。ま、まさか!?。

「ごめんね、変なこと聞いて……」

なんと、鶴里さんは目を真っ赤に腫らして泣いてしまったのである。またやらかしてしまった!。思わず頭を抱える。かつて「荼枳尼天だきにてん様と付き合いたい」なんて不適切な発言をして彼女を泣かせた挙げ句、大したフォローもできずに自然消滅させてしまった愚かな僕は、またしてもこの同じ場所で「魔女ランダを応援したい」なんて訳のわからないことを言って彼女を悲しませるのか!?。

女の子、難しすぎだろ……。
やっぱり僕には無理ゲーだ。どうしよう。とにかく謝らないと。僕は目の前の木のテーブルに頭をこすりつける勢いで謝った。ごめんなさい!。ひたすらこうするしかなかった。ごめんなさい!。すると彼女はハンカチで涙をぬぐいながら「違うの……」つぶやいたのだ。えっ!?。

♪♪♪~。♪♪♪~。

ちょうどのそのときポケットのなかでスマホが鳴った。何とも間が悪いうえにあまり聞いたことのない着信音だったので僕は一瞬キョドってしまった。それでもしばらく無視して鶴里さんを気にしていたのだが、彼女がハンカチで涙を拭きながら片手で「出てもいいよ」のジェスチャーをしてくれたのでスマホを取り出してみると亀島さんからLINE電話だったのだ。しかもビデオ通話のリクエストである。
何だろう?。僕は不審に思いながらも東屋から一歩で出てリクエストに応じることにした。だがそれがすべての間違いだったのだ。なぜなら僕は次の瞬間オタク的に【死ぬ】ことになるのだから……。

「黒川くーん」
金髪ショートの子が笑顔で手を降っている。

え?
――私、誰かわかりますかー。
えっ!?
――ガルルでーす。
えええ~っ!?。(死亡)



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