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アドバンス・ド・蜜の味 13


日曜日の昼下がり。自宅の部屋――。
ベッドに寝転んでぼんやり天井の木目を見つめていたら突然ドタドタ!。けたたましい足音と共に「お兄ちゃん居るんでしょ~」大砲のような声が一階から鳴り響いた。妹のりんだ。勢いよくドアが開く。

「まだ寝てたの~」

勝手に入ってくるなよ。文句を言うと妹は侮蔑を込めたトーンで「日曜日の昼間からゴロゴロしてないで彼女とデートでもしてきたら~」なんて煽ってくるもんだから俺には彼女なんて必要ないんだよ!。ぴしゃりと言い返してやった。

しかし凛は「どうせ蜜の味のメンバーとデートする妄想とかしてたんでしょ」なんて抜かしやがる。うっせえわ。「お前こそ今日部活じゃなかったのか」「昼までだったんだよ。ねえ、そんなことよりママは?。お腹すいたんだけど」「知らねえよ。昨日のカレーが残ってるから勝手にチンして食ってろ」そう言って僕は妹を追い出したのだ。


        
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18 19 20 21 22(完結)

黒川ひかるの人生余生でGO!②



まったく察しのいいガキは嫌いだよ。何を隠そう僕は今、蜜の味のメンバーとデートできるとしたらどこで何をするかという重大なテーマについて、思索の海にふけっていたところだったのだから。

ご存知の通り。僕は蜜の味のビジュアル担当、ガルル・ド・覚王山かくおうざんちゃんのことをアイドルというよりも一人の女性として愛しているわけだが、ガルルちゃんは金髪だし見た目はガルクラ系ギャルの化身みたいな容姿をしてるわりに実はメンバーの中で一番おっとりした性格なんだよね。しかも不器用でお菓子の袋がうまく開けられなかったり、リボンがうまく結べなくてオパールに手伝ってもらったりしてるんだよ。だから彼女とのデートは僕が積極的にリードしなければならない。
行き先は水族館だ。彼女は巨大水槽でゆったり泳ぐジンベエザメを見て「わあ、大きい」目を輝かせたり熱帯魚を見て「わあ、きれい」うっとりしたりしてるんだけど、僕は魚なんかぜんぜん見てなくて。彼女のことしか見てなくて。一通り周ったら売店でソフトクリームをひとつだけ買う。するとガルルちゃんが「はい。あ~ん」って、僕に食べさせようとしてくれるんだけど結局は自分で食べちゃって僕は「こいつ~」おでこに人差し指を押しつけるといういにしえのイチャをかます。我ながら完璧なシナリオじゃないか!。

よーし、別のメンバーともデートしてみようかな。やっぱりかわいい担当のクロエ・ド・六番町ろくばんちょうちゃんがいい。彼女は一見どこにでも居そうな感じなんだけど実はとんでもなくかわいいので、僕はクロエのことを日本一どこにでもいそうな日本一かわいい女の子だと思っている。性格も女の子って感じで愛嬌もあるんだけど、どんな場面でも動じずに適切に対応できるだけの器量の良さも兼ねさなえていてアイドルとしての器がでかいんだよ。おまけに胸もでかい。
だから僕は彼女と遊園地に行きたいんだ。手をつないで園内をめぐりジェットコースターに乗ったり観覧車に乗ったりして彼女のリアクションを堪能する。さんざん回ったあとはお化け屋敷に入る。彼女はお化けが出てくるたびに「きゃあ!」叫んで僕の腕にしがみついてくるんだよ。ああ、ニヤニヤが止まらない。

ここはひとつ。不思議ちゃん担当、オパール・ド・平安通へいあんどおりちゃんとデートすることにするかな。彼女は容姿端麗で歌がむちゃくちゃ上手いんだけど極端に恥ずかしがり屋なので、いつも隅にぽつんと居たりして何を考えてるかわからないということで不思議ちゃんなんて呼ばれてしまっているんだ。でも実はメンバーのなかでは一番まともな感性の持ち主なんじゃないかなって僕なんかは思ってる。そもそもアイドルなんて頭のネジがぶっ飛んでるやつでないと務まらない商売だからね。
オパールちゃんはそんな頭のおかしいやつらのグループに偶然、紛れ込んでしまったまともな人間のなかで世界一かわいい女の子なんだよ。だから彼女とのデートは普通にそのへんの公園とか、まったく飾らない感じが逆にいいんじゃないかな。なんなら地元のイオンでも行って「ああ、ティッシュ切らしてるな」とか「このふとん乾燥機いいね」とか言いながらショッピングを楽しむんだ。彼女は料理も得意だしメンバーのなかでは一番いいお母さんになりそう……。

そろそろ蜜の味の絶対的エースであるジゼル・ド・東別院ひがしべついんちゃんともデートしてみようか。彼女は身長が172cmなのに脚の長さが100cmもあるプロポーションオバケなのだ。若くして複数のブランドとアンバサダー契約を結んでいて蜜の中では知名度がナンバーワン。しかしエースの宿命なのかジゼルに対してはやたら批判の声も多くてちょっとダンスの振りが小さかったくらいで「手抜きしてる」だの、歌番組で他の出演者と目を合わせなかったくらいで「性格悪い」だの言われてしまうのは本当にかわいそうだよ。彼女は本当にいい子なのに……。
だからジゼルとデートするなら人目を気にせず過ごせる隠れ家的なカフェがいいと思うんだよね。そこで自家焙煎コーヒーを飲みながら無農薬アボカドのハーブサラダトーストとか有機いちじくと国産白桃のムースタルトとか、いかにも意識高そうなものを頼んで二人でオシャレな時間を過ごすんだ。

じゃあリーダーのスフィン・ド・本陣ほんじんちゃんともデートしてみよう。彼女はメンバーのなかで一番背が高くて抜群のプロポーションに加えて、彫りの深いハッキリとした顔立ちの日本人離れした美貌を誇る絶対的リーダーだ。たぶん彼女には大陸の血が混じってるんじゃないかな。どことなくスケールの大きさを感じるんだよね。彼女にはイケメンっぽいところもあって他メンとあまりベタベタしないし言動が古風でクールだ。
でもたぶんスフィンは自分がリーダーだからって少し気負っているところがあって頑張り過ぎちゃってるんだよね。彼女に必要なのは休息なんだよ。沖縄のビーチで二人並びサマーベッドに寝転んで「キレイな海ね」「君の瞳のほうがキレイだよ」なんて言いながら一日中ぼんやり海を眺めて過ごすんだ。で、僕は彼女にささやく「何もしないってことが本当の贅沢なんだよ」なんつってね!。

最後となってしまったのはグループの最年少担当、モカ・ド・星ヶ丘ほしがおかちゃんだ。実は蜜の味はメンバーの年齢を公表してないので最年少というのはあくまでもモカちゃんの自称なのだが、彼女は背が一番小さくて甘えん坊なところがいかにも最年少って感じでメンバーからもめちゃくちゃかわいがられているんだよ。でもなぜ最後になってしまったかというとその圧倒的な妹感なんだよね。ほら、僕の場合、実際の妹がアレだからさ。妹に対してあんまりいいイメージがないんだよ。完全なとばっちりでモカちゃんには申し訳なんだけど……。

♪~♪~♪~。
そのとき、出し抜けにスマホが鳴った。
誰だよ。こんな忙しいときに。

あ、綾目さん!?。

着信画面を見て慌てて電話に出ると彼女は開口一番「黒川くん、大変なの」尋常じゃない様子だった。「落ち着いてください。どうしたんですか」「ごめんね。電話なんかしちゃって。でもこんなことを話せるのは黒川くんしかいなくて」「わかりました。話は聞きましょう……」そう言ったのだけど彼女は、電話では詳しく話せないから会って話したいと言うのだ。あの、綾目さん。大変申し上げにくいんですけど僕たちはもう二人では会わないって約束しましたよね?。
そんなこと言えるはずもなく僕は彼女があまりにも取り乱していたので会うことにしたのだった。急いで服を着替え、階段を降り、歯を磨き、髪を整える。すると食卓でカレーを食べていた妹が「どっか行くの~?」まぬけな顔して聞いてきたので言ってやったのさ。

彼女とデートだよ。ってなあ!。

待ち合わせ場所はなぜか東別院だった。正式名「真宗大谷派名古屋別院」という立派な寺院である。さっそく地下鉄東別院駅の4番出口から出て名古屋テレビ本社ビルの前を通り過ぎ東別院の正面に構える山門に到着した。

すると柱の陰から「ごめんね」綾目が出てきた。
綾目さん、どうしたんすか?。

彼女の話では「蜜の味が解散の危機」なのだという。なんでも蜜の味のリーダー担当・スフィンちゃんの正体はスセリヒメという不老不死のお姫様であり、ここ東別院はその呪いを構成するひとつらしい。近いうちに扶桑家の人間がその呪いを解除するかもしれないとのこと。つまりそれはアドバンス・ド・蜜の味の解散を意味するのだという……。

なるほど。これが噂に聞くメンヘラってやつかあ。いや、信じてないわけじゃないですよ。突然すぎてびっくりしてるだけです。口ではそんなようなことを言ったがこんな話のどこをどう信じろというのだろう。もはやそれはデマ話なんてレベルじゃねえぞ。ひたすら出来の悪い妄想話だよ。

すると綾目はスマホを鞄から取り出して一枚の画像を僕に見せてきたのだ。それは名古屋市の地図上にマーカーで砂時計のマークが描かれたものだった。蜜マークですね。これがどうかしたんですか?。


「ねえ、よく見てよ」
なおも彼女が食い下がってくるので改めて注意深く見てみると、なんと線の角や交差した点がことごとくメンバーたちのラストネームと同じ駅になっているではないか……。しかも線が結ばれている駅同士がそのまま蜜ヲタのあいだで勝手に親しまれているメンバー同士のカップリングと完全に一致している。すごい!。

まさか彼女たちの名前にこんなギミックが隠されていたとは……。これは普通に大発見ですね。twitterにあげたら界隈がひっくり返りますよ。興奮する僕とは裏腹に綾目は重く沈んでいる。なんでもこれは呪法陣と呼ばれる呪いのマークなんだとか。まだ言うかとは思ったが彼女の鬼気迫る表情を見ると嘘をついているとも思えなかった。

引っかかるのは「扶桑家」というワードだ。たしか扶桑家って平和公園のなかにある【お化け屋敷】って呼ばれてたあの大きなお屋敷ですよね。ほら、こないだロイヤルホストで高校時代に唯一付き合ってた女の子がいたって話をしたじゃないですか。鶴里さんって言うんですけどたぶん彼女が今働いてるのがそのお屋敷なんですよ。

あれは今から5年前――。
高校一年生のときに隣の席にいたのが鶴里さんだった。彼女はちょっと性格がきついおしゃま系女子だったんだけど、なぜか僕とは気が合ったんだよね。たぶんどんなに短い横断歩道でも僕と彼女だけは信号無視をせず律儀に待ってたり、女子に向かって「こいつ」とかいう品性のない言葉遣いをする男子を軽蔑していたりっていう倫理観の波長が合ったんだろうなあ。
別にどちらからというわけでもなく僕たちはいつしか平和公園でデートするような仲になったのだ。そんなある日のこと僕たちはいつものように学校帰り、猫ヶ洞池のほとりに建っている屋根付きの休憩所で何でもない世間話をしていた……。

「そういえばこの先にお化け屋敷があるの知ってる?」
そういうと彼女は一瞬、表情をくもらせたあと僕をさとすようにこう言ったのだ。
「あそこは扶桑家っていうこのあたりの地主さんのお屋敷なんだよ。私の家は代々そのお屋敷に使用人として仕えている一族なの」
「え、そうだったんだ。ごめん。知らなかったんだ……」
とっさに謝ったが彼女はなぜか浮かない顔をしている。理由を聞くと実は16歳になったらそこで働くことになっていると言うではないか。

ええ~、16歳っていったらもうすぐじゃん。

そこには何かのっぴきならない事情があるらしい。じゃあ学校はどうなるのって聞いたのだけれど彼女はひたすら悲しそうな顔をするだけだった。もちろん僕も悲しかった。でも格好をつけていたのか僕はそれ以上何も聞かなかったのだった。
しかし後日、例の豊川稲荷事件が勃発。僕たちの関係は自然消滅して現在に至るって感じかな。とにかくそんなわけで僕は扶桑家の使用人のことを知っているのですよ。もしかして彼女に聞けば、何か詳しいことがわかるかもしれませんよ?。そう言うとずっと不安がっていた綾目の顔に血色が戻った。それどころか烈火の如く僕を責め立てはじめたのだ。

――ちょっと、黒川くん。
えっ。
――なんで「大人になったら迎えに行くよ」くらい言えないのよ?。
無理ですよ。非モテの僕がそんな気の利いたこと思いつきもしません。
――情けないなあ。ホント情けない……
す、すみません……。
――とにかく今すぐ連絡しなさい。今すぐ。
はいっ!。

僕は急いでスマホを取り出すと指の震えをおさえつつずっと残しておいた鶴里さんの電話番号を探し出してコールした。プルルルル、プルルルル……。心臓が爆発しそうだ。プルルルル、プルルルル……。綾目は両手で小さなガッツポーズをしながら僕を見守っている。プルルルル、プルルルル……。電話番号が変わってなければいいけど……。プルルルル、プルルルル……。

ガチャ。

「もしもし……」
「お掛けになった電話は、電波の……」ブチッ。

ダメでした。首を横にふると綾目はガッカリした様子で肩を落とした。留守番電話にはならなかったけど着信履歴は残るはずだからまだチャンスはありますよ。そう言って彼女のほうを見ると綾目は僕の背中よりも、だいぶうしろのほうに視線を固定したまま怯えたような表情を浮かべ、なぜか僕の胸に顔をうずめてきたのだ。

え、ちょっ……!?。
――ごめん、しばらくこうしてて。

全身に電撃のようなものが走る。ダメですって、綾目さん!。
一瞬シャンプーのいい匂いがしたが僕は断腸の思いで彼女を引きはがした。そのとき大通りのほうから歩いてきて門をくぐろうとしていた男がなぜか「あやめ?」びっくりしてこっちを向いたではないか。
「も~う、バカ」彼女は顔を真赤にして怒っている。だっていきなりそんなことされても心の準備が……。

そんなことよりお知り合いですか。再び男のほうに目を向ける。チューリップハットに長髪丸眼鏡。白シャツにサロペットというずいぶん浮き世離れした格好をしている男はバツの悪そうな仕草をしつつ少しニヒルに笑ってこう言った。

「大きな声を出してすまない。気にしないでくれ」

綾目はふくれたままそっぽを向いている。なんだこの反応?。
明らかに綾目さんはこの男を知ってるよね。で、なんらかの理由で顔を合わせたくないから僕に抱きついてきたんだよね。いくら鈍い僕でもそれくらいわかるよ。そういえば綾目さん、こないだ酔っ払ってポロッと漏らしてたよな。元カレが最低な不倫男だったって……。

「え、お知り合いですか」
「知らない」
「今、あやめって言いましたよね」
「言ってない」
「いや、ハッキリと言いましたよ。あやめって」

さりげなく立ち去ろうとしている男をしつこく問い詰めていると綾目が「ちょっとやめてよ、黒川くん」静止してきた。でも僕はやめなかった。
もし不倫男だったとしたらひとこと言ってやりたいと前からずっと思っていたからだ。すると男が観念した様子で「あんた、彼氏か」聞いてきたので「違います」と答えた。

「これからなる予定は」
「ないです」
「じゃあ教えてやるよ。俺はこいつの元カレだ」
ついに男が白状したのだ。

「もしかして亀島さん?」
「だったら何だ」
「あの、彼女に【こいつ】とか言わないでくれます?」
空気がピリリと変わる。

「はぁ?」
「失礼じゃないですか」
「何がだよ」
「もう彼氏でも何でもないんですよね。
 だったらこいつとか言わないでくれますか」
「なんだお前、ケンカ売ってるのか」
「別に……」
「じゃあ何なんだよ」
「女の子に向かってこいつって言っていいのは
 彼氏がいにしえのイチャをかますときだけなんですよ」
「なに言ってんだ、お前こそ彼氏じゃないんだろ?」
「はい」
「じゃあどういう関係なんだよ」
「蜜の味クラスタ仲間ですけど」
「蜜の味?」
「今をときめく最強アイドルグループ、アドバンス・ド・蜜の味ですよ。ご存知ないなら詳しく教えますけど……」

意地になって蜜の味の説明をしていると綾目が「もうやめて、恥ずかしい」割って入ってきた。なんで止めるんですか。本当のこと言ってるだけじゃないですか。しかし亀島はなぜか光明を得たような表情をしてこんなことを聞いてきたのだ。

「綾目、お前、蜜の味のファンなのか」
なんだ、知ってるんじゃん……。すると綾目は僕の体を押さえていた手を下げて亀島のほうを振り向くと言葉を選ぶように「そうだと言ったら?」ゆっくり応じた。数秒の沈黙のあと亀島が周囲をはばかるように口を開く。

「実は俺、蜜の味の関係者なんだよ」
「そんな嘘、信じると思う?」
「本当なんだよ」
「そういえば、東京で芸能事務所の手伝いをしてるって言ってたよね」
「ああ」
「じゃあここで何してるの」
「それは……」
明らかに歯切れの悪くなった亀島。

「それは密の味の活動にかかわること?」綾目の鋭い追求に一瞬、閉口する亀島だったが何かを決心したかのように「あまり詳しくは言えないんだ。でもお前が俺のところに戻って来てくれるなら教えないこともない」と言った。突然の提案に面食らう綾目。すると亀島は僕を指差して畳み掛ける。

「確認だが、この男は本当に彼氏じゃないんだよな?」
「う、うん……」
「それは良かった」
そう言って亀島は綾目の正面へ立つと彼女の目をまっすぐ見てこう言った。

「俺は過去を全てを捨てたつもりだったが、こないだ偶然、金山駅でお前と出会ってからどうにもおかしくなっちまった。だから今こうして再び出会えたことはもはや運命だと思ってる。綾目、俺はお前のことが今でも忘れられないんだ。頼む。俺ともう一度、やり直してくれ!」

まさかの告白!?。
何考えてんだ、この男。綾目を見るとまんざらでもない様子で今にも籠絡ろうらくさせられそうになっていた。おいおい、僕は世界一告白文化を憎む男だぞ。よくもこの僕の前で告白できたものだな。
どうせ調子のいいこと言って綾目さんは丸め込もうって魂胆なんだろ。成功させてなるものか……。

「ちょっと待ったー!」

僕はたまらず二人の間に割って入った。
「な、なんだてめえ」動揺を隠しきれない亀島に畳み掛ける。「あなた本当に蜜の味の関係者ですか」「そうだって言ってんだろ」「いいや、信じられません。だったら今から蜜の味マニアッククイズを出しますから全問正解してみてください。関係者なら余裕ですよね」煽ると亀島は「チッ、答えられる範囲ならな」しぶしぶ承諾した。ではさっそく……。

「蜜の味のなかで一番、不器用なメンバーは誰?」

「ガルルだな。あの子はあんな派手なナリはしているが実はポテチの袋がうまく開けられなかったり、リボンがうまく結べなかったり不器用なんだ」
なんと僕の想定していたエピソードまで全部言い当てられてしまった。しかしただの偶然かもしれない。ファンの間では有名なエピソードだし。

「じゃあ、蜜の味のなかで一番胸が大きのは?」

「メンバーのスリーサイズは公表してないが、クロエだよ」
そ、そのとおりだ。特定班が様々な映像や画像を検証した結果、メンバーの中で一番胸が大きいのは誰がどう見ても豊満なボディをしているスフィンでもなければ肉付きの良いオパールでもなく、実はクロエだということで見解が一致している。くそぉ、知ってたかあ……。

「じゃあ、蜜の味のなかで一番、料理上手なのは?」

「オパールだな。彼女はああ見えて昔ながらの家庭料理が得意なんだ。
 だから案外、一番いいお母さんになるのは彼女かもしれねえな」
うっ、またも即答か。しかも僕が彼女に対して思ってることをそっくりそのまま言い当てやがった。いったいどうなってるんだ。

「どうした。次の質問は?」
「じゃ、じゃあ、ジゼルがアンバサダー契約しているファンションブランドをすべて答えよ!」

さすがに即答できまい。そう思った1秒後だった……。
「ファッションブランドはNui Nui、KELSK、Golfer 、AIPER、sue komadaの5社。コスメはBISEIDO。aniesfly、EK beautyの3社。宝飾品はPERRY。あと医薬品の白天館製薬。合計10社9ブランドと契約している」
な、なんと。僕が質問したファッションブランドだけではなく彼女の契約しているすべての会社とブランドを即答するか。この男、只者じゃない……。

「まだやるかい?」

不敵な笑みを浮かべる亀島。くそぉ。花山薫vsスペック戦の名セリフ吐きやがって。しかしそのときポケットの中でスマホが震えた。取り出してみると鶴里さんからの折り返しだった。亀島が「おい、逃げるのか」と煽ってきたが僕は彼を無視して電話に出た。「ごめんね、重要な電話なの」すかさず綾目のフォローが入る。
亀島は釈然としない様子ながら大人しく従ってくれていた。僕は急いで柱の裏側へまわると指の震えをおさえつつ電話に出た。

もしもし……。
――黒川くん?。
おお、その声は鶴里さんだ。

鶴里さんと話すのは4年ぶりくらいだったが亀島とのやりとりでテンションが上がっていた僕は自分でもびっくりするくらいスムーズに言葉が出てきた。

ちょっと聞きたいことがあってさ。
――なに。
鶴里さんって、扶桑家の使用人として働いてるんだよね。
――憶えてくれてたんだ……。
うん。忘れたことなんてないよ。
――それがどうかしたの。
実はスセリヒメについて知りたいんだ。
――え、えっ……。今なんて言ったの。

もしかして聞いちゃいけないことを聞いちゃったかな。鶴里さんは明らかに狼狽ろうばいしているリアクションだった。しかしここまで来たらイケイケドンドンだ。僕は構わず話をつづける。

アドバンス・ド・蜜の味ってアイドルグループ知ってるよね。そのリーダーの正体が不老不死のスセリヒメで近いうちに扶桑家の人間がその呪いを解除するかもしれないって言い張ってるひとがここに居るんだよ……。

――ねえ、久々に会えない?。
なんだい、急に……。
――黒川くんの懐かしい声を聞いてたら会いたくなっちゃった。
えっ!?。
――その話、直接会って聞かせてもらえないかしら?。

勿論、願ったり叶ったりだよ。
――今、どこにいるの。
い、今すか。ちょっと諸事情があって東別院にいるんだけど。
――すぐ行くわ。

そう言って鶴里さんは電話を切ってしまった。いったいどうなってるんだ。話がトントン拍子に行き過ぎて逆に怖いくらいだ。すると通話内容が聞こえていたのか綾目がニタニタしながら近づいてきた。

「黒川く~ん、良かったじゃな~い」
「盗み聞きしてたんすか」
――おい。
「黒川くんの懐かしい声を聞いてたら会いたくなっちゃった(はぁと)」
「からかわないでくださいよ、どんだけ耳いいんすか」
――おい。
「私は応援するよ?」
「そんなんじゃないですって。僕がガルル命だってこと知ってるでしょ」
――おいっ!。

亀島がキレた。そういえばあまりの急展開に舞い上がってしまって彼の存在を一瞬で忘れていた。「待たせてすみません」「今、お前、何つった」「そんなに怒らないでくださいよ」「今、お前、誰と話してたんだよ」彼は怒り心頭の様子だ。誰って、ただの元カノですけど。
正直に答えると亀島は予想外の答えだったのかキョトンとしていたが僕は構わず言葉をつづけた。

そんなことより亀島さん、綾目さんとヨリを戻したら全部教えてくれるって本当ですか。だったらさっさとヨリを戻してくださいよ?。

「ちょっと黒川くん、何勝手なこと言ってるの?」
綾目が手をバタつかせながら再び顔を真赤にして怒ってきた。僕は亀島を指さしながら反論する。そりゃあこのひとは妻子がいながら他の女と付き合うっていう最低な男ですけど背に腹は変えられませんよ。それで蜜の味の情報が得られるなら万々歳じゃないですか。

「ちょっと待て」亀島が割って入ってきた。
「おい綾目、俺のことをこいつにどこまで喋った?」
「ごめん。酔っ払ってたの」
「答えになってねえよ」

二人が喧嘩を始めたので「まあまあ、喧嘩はやめてくださいよ。せっかくヨリを戻すんですから」仲裁に入ると亀島は「うるせえ、てめえはさっきまで邪魔してたじゃねえか!」声を荒げてきた。本当に品性の欠片かけらもないやつだな。こんな男とヨリを戻す綾目さんがかわいそうだ……。すると僕の心の声が聞こえたのか綾目も「私、ヨリを戻すなんて言ってないから!」声を張り上げる。
そこからしばらく綾目と言い争いをしていると今度は亀島が「お前ら、落ち着けよ……」割って入ってくる。もう、なにがなにやら。笑。

すると亀島はこれみよがしに大きなため息をついたあと、まるで大人の余裕でも見せつけるようにやれやれのポーズをして「とりあえず3人でスタバにでも行かねえか?」提案してきたのだ。おごってくれるそうだ。

じゃあ行く!。


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