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アドバンス・ド・蜜の味 12


名古屋の扶桑家の実家――。
今日は我がスポンサー様に金をせびりに帰って来たのだが、家には憧子ちゃんとシゲ爺しか居なかった。あいにく親父もお袋も外出してるとのこと。仕方なく縁側でくつろいでいたら春吾くんが人間のようなものを担いでこちらへやってきたのだ。

「よう、春吾くん、女の子でも落ちてたのか」
「そうそう、とびっきりかわいい子がって違いますよ!」
「なんだ、よく見たら真冬か……」

どうやら門の前で真冬が急に体調を崩したらしい。よーし、手伝うよ……。そう言って俺は真冬の足のほうを持った。

「しかしずいぶん久しぶりだなあ。二人とも元気してたか」
「そんなふうに見えます?」

俺たちは真冬を部屋のベッドのうえに転がすと、あとは憧子ちゃんに任せて縁側で少し話をすることにした。この縁側は一部が池の上に迫り出して建っている構造になっているのですぐ足元まで色とりどりの鯉が泳いでくる。池の奥には苔むした岩と趣のある石灯籠。巨大な松の木は無数の竹で冬囲いがされていた。ちなみにこの春吾くんというのは妹・真冬の旦那さんだ。ご覧の通りおちゃめなやつである。


目次 
        
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18 19 20 21 22(完結)

扶桑満人『出雲の女』


「結婚生活はうまくいってるのか」
「はあ、まあ……」
「最近、呪いについて色々調べてるそうじゃないか」
「えっ、お義兄さん、呪いについてご存知なんですか?」
「ご存知も何も……、真冬に呪いのことを教えたのは俺だからなあ」

俺はそう言って頭をかいた。
あれは今から11年前、夏美と真冬がまだ中学生だった頃――。

「お~い、双子ちゃ~ん」
「あ、満人兄ちゃんが帰ってきた。わ~い!」

俺はものすごい勢いで突進してくる髪が短いほうの妹・夏美を全身で受け止めると、反動でうしろへ倒れながらその頭を大型犬みたいにわしゃわしゃした。よーし。いい子だ……。お兄ちゃんな、モンゴルへ行ってきたぞ?。
――え、すごーい!。

昼は馬に乗って草原をかけめぐり、夜は移動式住居ゲルに泊まってやたら塩っぱいミルクティーを飲んできた。
――マジで?。すごっ!。

扶桑家は元々渡来系だろ。騎馬民族の血が少しは流れてると思うんだ。いわゆる血が騒ぐってやつかな。馬に乗ってると何だか下半身が馬になったような気分になっちゃうのよ。これが本当の馬が合うってか!。
――すごーい。すごーい!。

夏美はいつも目を輝かせて俺の土産話を聞いてくれる。正直この子がどのくらい俺の話を理解してくれているかサッパリわからないが、とにかく心の底から楽しそうに聞いてくれるのでついついかわいがってしまう。

ほれ、お土産だぞ。
俺は夏美に「目が3つある派手な赤いお面」をプレゼントした。
――わあ、なにこれ、超かっけー!。

「それは仮面舞踊ツァムのお面ね……」

遅れて登場したのは髪が長いほうの姉・真冬だった。彼女は髪の短いほうと違って控えめで俺を大型犬みたいに歓迎してくれることはないのだが、好奇心の波長が合うっていうのかな。色んな国の文化・歴史に詳しいもんだから話が合うんだよ。
だから俺はいつか真冬といっしょに、かつて小笠原諸島に住んでいたという欧米系移民の痕跡をめぐる旅とか、中国やロシアに住んでいるツングース系の少数民族をめぐる旅とかしてみたいんだが、この子が虚弱体質なもんだからスポンサー様である親父がぜんぜん首をたてに振ってくれないので、その夢はまだ実現していない。

ちなみにツァムってのはモンゴルの伝統的な仮面舞踊のことだ。するといつの間にかお面をかぶっていた夏美が「ねえ、見て見てー」エキゾチックなダンスを踊りはじめた。さすがダンスを習っているだけあってなかなか様になっているじゃないか。なんなら現地のやつより上手いぞ。
真冬は真冬でそんな夏美の即興ダンスに「よっ」だの「ほっ」だの絶妙に調子のいい合いの手を入れている。正直この姉妹のノリにはついていけないのだが(そもそもついていこうと思わない)気に入ってもらえたようで兄ちゃんは嬉しいぞ。

その夜――。
俺は双子ちゃんたちの部屋で土産話のつづきをしていた。と言っても夏美は踊り過ぎて疲れたのかすぐに寝てしまったので話しているのは俺と真冬の二人だけだった。

「そういえば兄ちゃん、さっき扶桑家は
 元々渡来系だって言ってたけど本当なの?」

ああ、本当だよ。扶桑家は今から何千年も大昔に大陸から日本列島の出雲地方へ漂着した渡来系民族がルーツなんだ。そのとき枝分かれした扶桑家の分家が出雲にあってな、兄ちゃんはそこへ訪ねて行ったこともあるんだよ。

「どうして?」
「ど、どうして?」

俺は思わずおうむ返しをしてしまった。なぜならそれは彼女の病気に関わることだったからだ。扶桑家の遺伝病については本人が16歳になるまで絶対に耳に入れてはならないという厳しい掟がある。だから当主でも次期当主でも何でもない俺が勝手に喋るわけにはいかないんだ。

だが真冬の口から信じられない言葉が飛び出す。
「もしかして私の病気に関係あったりする?」

このときなぜか知らんが「この子に全BETしろ」俺のなかのリトル満人がそう言ってるような気がしたんだよ。気がついたらすべてを喋っていた。
実は驚かないで聞いてほしい……。扶桑家の女児は代々早死してしまうという謎の遺伝病を患って生まれてくるんだ。少なくとも扶桑家の未婚の女性が30歳を越えたという公式な記録は見つかっていない。そして残念なことにその病気を治す方法もいまだに見つかっていないんだよ。

そう言うと真冬は「そうなんだ」元気なくつぶやいて横で幸せそうにスヤスヤ眠っている夏美の頭をやさしく撫でた。

――実はね、私も扶桑家のルーツについては色々と調べていて扶桑家の女性が代々寿命が短いこともなんとなく把握していたの……。
そう言って彼女はほんの少しだけ口元をほころばせた。そうか。なんとなく把握してたか。じゃあここから兄ちゃんが話すことは、ちょっとしたファンタジーだと思って聞いてくれ。その扶桑家の女児だけに受け継がれる謎の遺伝病なんだけどな、実は病気ではないんだ……。

呪いなんだよ!。

それを聞いた真冬はびっくりするというよりもどこか知的好奇心を刺激されたようなわくわくした表情になったのだった。だが俺はそのとき出雲に滞在していたときの記憶があいまいになっていて、それ以上のことは何も話せなかったんだ。

池から鯉が一匹跳ね上がる。
――そういえば出雲には扶桑家の分家があるって、真冬さんが言ってたような気がします。まっすぐ庭を眺めながら春吾くんが言った。

出雲扶桑家……。我々本家とは千年以上も前に枝分かれした分家で、もはや親戚付き合いもなく交流もない一族だ。なぜだか知らないが俺はついさっき出雲に滞在していたときの出来事をハッキリと思い出したのだ。ちょうどそこに春吾くんが来たので俺はすべてを話してみることにした。

12年前――。
出雲地方に扶桑家の分家があることを知った俺は妹たちの遺伝病について何かわかるかもしれないと思って、その所在を突き止めようと出雲地方を当てどなくさまよっていた。すると宍道しんじ湖のほとりに建っていた古めかしいお屋敷の前を通り過ぎたとき、ふと「扶桑」という表札が目に止まったんだよ。

俺はいきなり訪ねることはせず聞き込み調査することにした。近所の食料品店のおばちゃんの話では「扶桑さんはここらの地主だった」とのこと。だったということは今はそうではない?。
追求するとおばちゃんは言葉をにごすのみだった。カウンターのうしろの壁には色あせた松たか子の「ヤマザキ春のパンまつり」のポスターが貼ってある。その前にはとっくに廃番になっている銘柄のタバコの販促品がほこりをかぶっている。すると店内で買い物をしていたお客さんが「ああ、あそこの扶桑さん?」会話に入ってきたのだ。

この情報通のおばちゃんの話ではそこの扶桑家は何代か前まではここらの大地主だったのが先々代が持病の悪化で引退し、先代が事業を引き継いだもののどうやら無能だったらしく業績が悪化。少しずつ土地を売ってなんとか凌いでいたらしい。
しかし数年前その先代が急死してしまい、あとを継いだ現当主・扶桑日登志ひとしが輪をかけて無能だったらしく「高級食パン専門店」や「ウォーターサーバーのレンタル」など手当り次第に事業を拡大しては失敗させ、今ではお家存続の危機なのだという。

このおばちゃん、よその家のプライベートを何だと思ってるんだ。俺はそう思ってちょっと引いてたんだが、ちょうどそのとき店主のおばちゃんが突然「しっ」注意を促してきたんだ。間もなくそこへ育ちが良さそうな一人の女が回覧板を持ってきた。すぐに情報通のおばちゃんが「あのひとが奥さんの直江なおえさんよ~」小声で教えてくれた。なんと偶然にも噂の現当主・扶桑日登志の奥方そのひとだったのだ。

直江は30代前半くらいだったかな。白いレースシャツのうえに淡いコバルトブルーのニットを合わせ花柄のプリーツスカートを履いて、とても窈窕ようちょうな雰囲気を醸し出している女だった。
化粧はナチュラルメイク。髪はアップにしただけという装いだったが立ちふるまいに品性があふれていて、こんなクソ田舎のうらさびれた個人商店にはまったく似つかわしくない高貴なオーラをまとっていたんだよ。

早い話、俺は一目惚れをしてしまったのさ。
情報通のおばちゃんの話では彼女は元々宝塚歌劇団で男役をやっていたらしく有名になりかけたところで日登志に見初められ扶桑家へ嫁いだとのこと。どおりで綺麗なはずだ……。

西洋画のような顔立ち。凛とした黒い双眸そうぼう。犯罪に近い2つの泣きぼくろ。工芸品のような美しい鼻筋。いじらしく艶っぽい唇。すべてが完璧に俺のストライクゾーンだった。さっそく俺は店を出た彼女に声をかけたんだ。

「あの、このあたりの文化・歴史を調査している者なのですが」
そう言って俺は直江に、それ用に持ち歩いている名刺を一枚渡した。
すると案の定「扶桑さん?」彼女が俺の名字に食いついてくれた。

「どちらの扶桑さん?」
「名古屋のほうから来ました」
「そう……」

たぶん俺が二十歳やそこらの若造だったことも彼女が警戒レベルを下げてくれた要因だったのだろう。俺は一気に畳みかけたることにした。

「実はこのあたりにボクと同じ名字の扶桑さんが住んでる
 という噂を聞きつけて三日三晩、探しまわってたんですよ。
 でも今ちょうどあきらめたところです」

冗談交じりに言うと彼女は「なにそれ」笑ってくれた。よーし、いける。

「なぜなら貴女があまりにもボクの理想の女性だったので
 出雲の扶桑さんのことなんてどうでもよくなってしまったんです」
「あら、それは残念ね。私がその扶桑さんなんだけど……」

それから彼女との距離をつめるのはたやすかった。
直江の夫である現当主の日登志は噂以上のクソ人間だったので、適当でいい加減な経営をして会社が傾いているにもかかわらず周りにイエスマンばかり並べてなんら改善しようとせず。それどころか連日のように飲み歩いては女遊びばかりしていて、家にはほとんど帰ってなかったという。

当然、長引く財政難によって家計は火の車。使用人は一人の残らずやめてしまい残ったのは直江さんと病で床に伏した老齢の先々代のみ。結局、彼女はずっと一人で義祖父の介護をしながら家を守ってきたのだった。つまり今の彼女はあまりにも満たされていなかったんだよ。俺たちはすぐに二人で食事をする仲になり、やがて男女の深い関係に発展していったってわけさ。

そんなある日――。
ついに俺は決定的な証言を引き出すことができた。たまたま彼女に古文書の話をしたとき「うちにも一冊ある」という話を引き出すことに成功したのだ。でも門外不出だから見せられないという。
じゃあ、教えられる範囲でいいから何か教えてもらえないかな。お願いすると「仕方ないわね」直江は色々と教えてくれた。彼女の話ではその古文書は「扶桑文書」と呼ばれていて出雲扶桑家の奥座敷に厳重に保管されているとのこと。内容はまったく不明。たぶん主人も知らないんじゃないかという話だった。だが彼女は最後にこんなことを言ったんだ。

「一度だけ実物を見せてもらったのだけれど
 なぜか半分しかなかったのよ……」

俺はそれを聞いて思わず心でガッツポーズしたよ。なぜなら我が扶桑家本家に伝わる「扶桑文書」も【半分しかない】からだ。つまりそれはこの扶桑家が正真正銘の分家であることを意味したのだった。
俺はさっそく親父に「新しい事業をやる」と嘘をついて500万。兄貴たちにも適当な嘘をついて200万ずつ金を借りた。そこへ当時の俺の全財産100万円をプラスして合計1000万円の金をつくった。理由は簡単だ。たぶんあともうひと押しすれば彼女は俺を奥座敷へ通してくれるだろう。じゃあシンプルに資金援助を申し出てみようと思ったのである。

数日後――。
松江市内のラブホテル。俺たちはタバコの臭いを清掃した臭いが漂う派手なシャンデリアの部屋で、艶めかしいペイズリー柄の赤い壁紙のまえに設置された白い革のソファーに隣り合って座っていた。直江はさっきからガラステーブルのうえに置いてあったフードメニューを注文するでもなくパラパラとめくっている。

「話があるんだ」
「な~に?」
「何も言わずこれを受け取ってくれ」
俺は小さなジュラルミンケースをガラステーブルに乗せた。
「今日はどんな格好をさせようっていうの」
そう言って彼女は面倒くさそうにケースを開けた。

すると中から1000万円が出てきたもんだから直江は目をマンマルにして「なに、なに、なに」パニック寸前になってしまった。コスプレ衣装じゃなくてごめんよ。
そこで俺は扶桑家本家につたわる遺伝病の謎を解くという元来の目的について正直に話して直江さんに協力を仰いだのだ。今まで騙すような真似をしていたことも素直に謝罪した。結果的にいえばそれは大正解だったよ。直江さんは涙を流しながら俺にすべてを打ち明けてくれたんだ。

「私、どうしていいのかわからなかった……。旦那はぜんぜん帰って来ないし、貯金は減っていく一方だし、お義祖父じいちゃんの介護はしなきゃいけないし、家は守っていかなきゃいけないし。ずっと一人で悩んでた……」
「直江さんはもう一人で悩まなくていい。これだけのお金があれば当面の間は家を維持できるし、万が一ダメになったら何もかも捨てて俺と一緒に逃げればいいじゃないか。その逃走資金に使ってもいい」
「満人さん……」そう言って直江さんは俺の胸に顔をうずめてきた。俺はそんな彼女を優しく抱きしめてやった。

そのあとむちゃくちゃSEXしたけどな!。笑。

深夜になって――。
俺はやっと出雲扶桑家の敷居をまたぐことを許された。その際、直江さんは色々教えてくれた。出雲扶桑家は千年以上前に別れた分家であること。遺伝病はただの病気ではないこと。

その証拠が今でも出雲扶桑家の奥座敷に【眠っている】こと……。

電気はついているもののやけに薄暗い廊下を抜けると眼の前に武家屋敷には似つかわしくない巨大な鉄の扉が現れた。直江さんが「何を見ても驚かないでね」何度も確認してくる。
カチャリ。やがて錠前が解除されズズズ。鉄の扉が開いた。電気がつく。がらんとした広い座敷。何もないじゃないか……。俺は騙されたかと一瞬、思ったのだがさらに奥に部屋があるとのことだった。

よく見ると天井は黒いうるし塗りの格天井になっていて壁は不気味なほど白い漆喰しっくいで塗り固められていた。正面には漢字でも平仮名でもない記号のようなものがびっしりと書きこまれたふすまが整然と並んでいる。ところどころ意味ありげにぶら下がっている赤い飾り房と青い紐が血管系の人体模型のように見えて俺は思わず身震いした。畳み掛けるように彼女が「本当に驚かないでね」念を押してくる。

この先にいったい何があるって言うんだよ?。

すると音もなく奥のふすまが開かれた。なかは真っ暗だ。おそるおそる一歩一歩踏み出す。空気がやけにひんやりとしていた。ゆっくり慎重に奥へすすむと部屋には黄色い祭壇がいくつか置かれていた。
やがて暗闇に目が慣れてくると、その祭壇のうえに供物のようなものが並べられているのが見えてきたんだ。

だが「なんか大きなものが転がってるなあ」漠然とそう思いながら、それとなく祭壇の中央へ視線をやったとき、体中に悪寒が走った……。

そこには長い黒髪の少女が
一糸まとわぬ姿で安置されていたんだよ。

だが、次の瞬間――。
俺は気づいたらソファーのうえに転がっていた。どうやら客間のようだ。横を見ると直江さんが俺の手を握りしめながらうとうとしていた。俺は気を失っていたのか?。
すると彼女がハッと目を覚まし「死んだかと思ったじゃない」泣き崩れてしまった。いったい何があったんだい。聞いても彼女は泣くばかり。かなり精神的ショックを受けているようだった。そのとき背後から声がした。

「わしが代わりに答えてやろう、本家のひとよ」
客間に入ってきたのは先々代・扶桑愈木次ゆきじだったのだ。

「えっ、爺さんは寝たきりだったんじゃ……」
「なぜか知らないけど急に元気になっちゃったの」

耳元で直江さんが言った。改めて愈木次を見ると頭はつるつる。顔はしわくちゃ。腰は曲がり果てていたがやたらと眼光だけは鋭かった。とてもじゃないが昨日まで寝たきりだったとは思えない。
しかもさっきから「姫様は目覚められた……」うわごとのようにずっと呟いてやがる。何言ってんだ、このジジイ……。

「うぬも見たじゃろ」
「はい。何なんですかあれは」
「スセリヒメ様じゃ」

この爺さんの話では祭壇のうえで眠っていた少女はスセリヒメという人物であり、出雲扶桑家は千年以上も彼女たちの眠りを守ってきたのだという。

「姫様が年を取らず眠りつづけることができるのは、我ら扶桑家の一族に呪いをおかけになられたからじゃ」。

爺さんの話ではスセリヒメが不老不死なのは、未来に生まれてくる扶桑家の女児たちから寿命を奪い取って自分のものにしているからという話だった。なんてこったい。つまり長い間、扶桑家一族を苦しめてきた謎の遺伝病の正体は「スセリヒメの呪い」だったのか!。
驚きを隠せないでいると爺さんは「ふぉっふぉっふぉ」笑っていた。何がおもろいんじゃ、このジジイ……。

もちろん俺はこんな訳の分からない話をにわかには信じられなかったのだが、あれは完全に記憶を失うまえの最後っ屁だったのだろうか。そのとき突然、倒れる直前の記憶がフラッシュバックしてきたんだ。
たしか俺は中央に安置された少女の顔をのぞき込んでいた。すると少女の目がパチリと開いたんだよ……。

その瞳は片方がこの世のものとは思えないほど美しい緑色をしていた。まるで宝石のような、永遠のような。でもそれと同時に底知れない恐怖のようなものが俺を襲ってきたんだ。
それは人間がネズミの姿で恐竜に追いかけられていた大昔の時代にDNAへと深く刻まれたトラウマのような本能的にヤバイやつだった。とっさに俺は目を逸らそうとしたんだが、恐怖が絶頂に達するのに1秒もかからなかった。そして次に気がついたら俺はソファーの上だったってわけなのさ。

爺さんの話ではスセリヒメたちは目覚めたあと俺が直江さんのために用意した大金と出雲扶桑家が大事に守ってきた扶桑文書の片割れを持ち去って姿をくらませてしまったらしい。
まさか爺さん、その金、あんたが渡したんじゃないだろうな?。追求すると愈木次は「ふぉっふぉっふぉ」ひたすら笑って誤魔化すのみ。張り倒してやろうか、このジジイ……。

その後――。
出雲扶桑家は解体された。元々、日登志と直江さんの間には子どもがいなかったしそもそも守るものが何もなくなったのだから無理して存続する意味もなくなったというわけだ。結局、日登志は会社を潰した。挙句の果てによそに女でも出来たのか家には二度と帰ってこなかったという。愈木次はまるで役目を終えたようにぽっくり逝ってしまった。
直江さんは日登志と離婚して念願の独り身になったわけだが、何だか俺はその時点でもうすでに冷めてしまっていて惰性で二、三度会ったあとあっさり別れてしまったよ。

どうやらオレは直江さんを愛していたわけではなく
人妻を愛していたらしい……。

「どういうオチですか、それ!」
春吾くんのツッコミが決まるとまた池から鯉が一匹跳ね上がった。ともかく俺はこの出来事を今の今までスッカリ忘れていたんだよ。本当はもっと早くお前たちに伝えてやりたかったんだが。

そう言うと春吾くんは「記憶喪失……」意味ありげにつぶやいたあとスマホを取り出して一枚の画像を見せてきた。派手な衣装を来た女が写っている。アドバンス・ド・蜜の味というアイドルグループのリーダーとのこと。
どうした急に?。俺はガキには興味ないんだが……。そう思いながらも写真を見てみるとそこに写っていたのは片方の目がとてつもなく美しい緑色をした少女の姿だったのだ。俺は思わず「この女だ!」叫んでしまった。

「驚いたな、お前たちはもうスセリヒメの正体を突き止めていたのか」
「いえ……、たった今、お義兄さんのおかげで突き止めました」
春吾くんはそう言って深々と頭を下げてきた。

「ありがとうございます。夏美のために、真冬のために、お義兄さんが尽力してくださったことを本当に心から感謝します」「おいおい、そういう堅苦しいのは勘弁してくれよ。そんなことより今から一杯どうだい?」「それはちょっと……」

Z世代!。



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