月樹 憬

北欧・アイルランド・欧州などの神話・民話・伝説が好きです。世界は知らないことで溢れてい…

月樹 憬

北欧・アイルランド・欧州などの神話・民話・伝説が好きです。世界は知らないことで溢れている。時々落書きをしたり、文章を書きます。 不思議なものやこと、美しいものやことが好き。 20代はハードロッカーで、ファンジンのゲストライターをしていました。

記事一覧

 梅雨明け前だと言うのに、真夏日が続く。  額からつたい落ちた汗が、アスファルトを黒く染めた。   「こんなに暑いと焼け焦げちまうぜ。まるで地獄の釜の蓋が開いたみ…

月樹 憬
14時間前
1

駆け抜ける

 突然、走れなくなった。  足がつったとか、怪我をしていた訳ではない。  あの日、スターターピストルの音が響いても、ピクリとも動かなかったのだ。  気付いてしまっ…

月樹 憬
1日前
3

決して

「見てはならぬ」 「開けてはいけないよ」 「尋ねるな」 「あっそ、ならいいや」 「人の嫌がることはしてはいけませんね」 「さわらぬ何とかに、って言うしな」 「「「な…

月樹 憬
8日前
4

生きているだけ無駄な者

 彼女は不器用だった。  何事に対しても一歩引いてしまい、出遅れる。かと思えば、気を回しすぎて空回る。  タイミングが悪すぎて、何をやっても上手くいかないのだ。記…

月樹 憬
2週間前
6

白百合

 深い森の近くで、語り伝えられた話です。    村境のゆるやかな丘に、それは青々とした野原が広がっておりました。その一角には、姫君の冠のように清らかで、凛とした白…

月樹 憬
3週間前
8

薄紅の風

 道の側に名も分からぬ草花が、朝露を纏ってさんざめいている。柔らかな春がようやく訪れ、そちこちに芽吹の喜びが広がりつつある。    まだ日が昇って浅い時刻、河原の…

月樹 憬
1か月前
2

金の髪 金の波

 今よりずいぶん昔のことです。    とある森の近くに、幸せな家族が住んでいました。  父親は毎日、畑の世話をしています。母親は毎日、乳牛の世話をしています。その…

月樹 憬
1か月前
3

二つの香り

そこはちょっと路地裏の小さな喫茶店。 木目調のシンプルなテーブルと椅子、窓際に置かれた装飾品。まるで海外のお店に来たような不思議な雰囲気に包まれて、 私たちはた…

月樹 憬
1年前
9

去りゆくものへ

秋はどこにいったのでしょう。 私は秋が好きなのです。 高い空に柔らかな日差し。 乾いた風に揺れる秋の花。 そんな秋はどこへいったのでしょう。 ここにはもうない秋の中…

月樹 憬
1年前
8

もしも扉を開いたら

noteとは何ぞやと思いつつ幾星霜。 とっくに干からびた脳みそには、遠い昔の残骸しか残っておらぬと言うのに。 これからこちらでこそこそと、日々の呟きやオリジナルのシ…

月樹 憬
1年前
20
蓋

 梅雨明け前だと言うのに、真夏日が続く。
 額からつたい落ちた汗が、アスファルトを黒く染めた。
 
「こんなに暑いと焼け焦げちまうぜ。まるで地獄の釜の蓋が開いたみたいじゃねーかよ!」

 苛立ちが、口をついた時。
 ふわり、浮遊感にとらわれた。いきおい、足元が崩れ去る。
 
 ドンっ!
 着地したかと思う間もなく、息も出来ない熱さに包まれる。

「もー、また間違ってるよ。地獄の釜の蓋が開くってのは

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駆け抜ける

駆け抜ける

 突然、走れなくなった。

 足がつったとか、怪我をしていた訳ではない。
 あの日、スターターピストルの音が響いても、ピクリとも動かなかったのだ。
 気付いてしまった。
 ゴールラインの向こう側には、何もないことを。

 子供の頃から、走るのが好きだった。
 誰よりも速くグラウンドを駆け、テープを切る快感を知ってからは、毎日ひたすら走り続けた。
 栄冠を手にする度、羨望と嫉妬の眼差しを浴びる度、己

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決して

決して

「見てはならぬ」
「開けてはいけないよ」
「尋ねるな」

「あっそ、ならいいや」
「人の嫌がることはしてはいけませんね」
「さわらぬ何とかに、って言うしな」

「「「なぜ無視する!!!」」」

「「「いや、むしろなんで⁈⁈⁈」」」

 いやはや、結果は……

生きているだけ無駄な者

生きているだけ無駄な者

 彼女は不器用だった。
 何事に対しても一歩引いてしまい、出遅れる。かと思えば、気を回しすぎて空回る。
 タイミングが悪すぎて、何をやっても上手くいかないのだ。記憶が曖昧な頃からそうだった。
 
 ハイハイをし始めると皿をひっくり返し、歩き始めたと思えば水桶を倒す。ようやく手伝いが出来る頃合いには、火の番をさせれば食べ物をこがし、水汲みをやらせると途中でこぼす。洗濯物を任せれば風に飛ばされる、と言

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白百合

白百合

 深い森の近くで、語り伝えられた話です。
 
 村境のゆるやかな丘に、それは青々とした野原が広がっておりました。その一角には、姫君の冠のように清らかで、凛とした白百合が咲き揃っています。
 いつ、誰が植えたかも分からない、けれどもこの季節には必ず咲くのでした。その芳しい香りは、柔らかく吹く風に乗り、道の端に、森に、川に、村の家々の窓辺に届くのです。長い間続いたからでしょうか。いつしか誰もが、その香

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薄紅の風

薄紅の風

 道の側に名も分からぬ草花が、朝露を纏ってさんざめいている。柔らかな春がようやく訪れ、そちこちに芽吹の喜びが広がりつつある。
 
 まだ日が昇って浅い時刻、河原の道を歩く男の姿があった。齢の頃はそう、三十路手前と言ったところか。綻びを丁寧に繕った羽織、きっちりと揃えた襟が生真面目な性質を垣間見せている。
 この男、お家お取り潰しの憂き目に遭い、先頃ようやく有志の夜間見回りの職に着いたところであった

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金の髪 金の波

金の髪 金の波

 今よりずいぶん昔のことです。
 
 とある森の近くに、幸せな家族が住んでいました。
 父親は毎日、畑の世話をしています。母親は毎日、乳牛の世話をしています。その恵みで、一家は裕福ではないけれど、貧しくもなく、穏やかに暮らしていました。
 二人の間には、もうすぐ四歳になる、それは愛らしい娘がおりました。
 豊かに実った麦の穂のように輝く金の髪、夏の晴れた空を映したように透き通った青い瞳、冬の雪のよ

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二つの香り

二つの香り

そこはちょっと路地裏の小さな喫茶店。

木目調のシンプルなテーブルと椅子、窓際に置かれた装飾品。まるで海外のお店に来たような不思議な雰囲気に包まれて、
私たちはただ静かにお茶を飲む。

なんだか言葉を発してこの空気を壊すのが惜しいから。

色違いのカップから、それぞれが頼んだそれぞれの香りが立ち上る。
そうしてそっと混ざり合う。

柔らかい湯気の向こうに微笑みかけると、同じように微笑みが浮かんでい

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去りゆくものへ

去りゆくものへ

秋はどこにいったのでしょう。
私は秋が好きなのです。
高い空に柔らかな日差し。
乾いた風に揺れる秋の花。
そんな秋はどこへいったのでしょう。
ここにはもうない秋の中に
私も消えてしまおうか。

もしも扉を開いたら

もしも扉を開いたら

noteとは何ぞやと思いつつ幾星霜。
とっくに干からびた脳みそには、遠い昔の残骸しか残っておらぬと言うのに。

これからこちらでこそこそと、日々の呟きやオリジナルのショートストーリー、もしかしたら落書き絵などもアップする予定です。予定は未定なり。

子供の頃、本を読むことが大好きでした。
本の表紙、つまり扉を開くたび、新しい世界が待っていました。その楽しさからチラシの裏に絵を描いて文章をつけて『絵

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