梅雨明け前だと言うのに、真夏日が続く。 額からつたい落ちた汗が、アスファルトを黒く染めた。 「こんなに暑いと焼け焦げちまうぜ。まるで地獄の釜の蓋が開いたみ…
突然、走れなくなった。 足がつったとか、怪我をしていた訳ではない。 あの日、スターターピストルの音が響いても、ピクリとも動かなかったのだ。 気付いてしまっ…
「見てはならぬ」 「開けてはいけないよ」 「尋ねるな」 「あっそ、ならいいや」 「人の嫌がることはしてはいけませんね」 「さわらぬ何とかに、って言うしな」 「「「な…
彼女は不器用だった。 何事に対しても一歩引いてしまい、出遅れる。かと思えば、気を回しすぎて空回る。 タイミングが悪すぎて、何をやっても上手くいかないのだ。記…
深い森の近くで、語り伝えられた話です。 村境のゆるやかな丘に、それは青々とした野原が広がっておりました。その一角には、姫君の冠のように清らかで、凛とした白…
道の側に名も分からぬ草花が、朝露を纏ってさんざめいている。柔らかな春がようやく訪れ、そちこちに芽吹の喜びが広がりつつある。 まだ日が昇って浅い時刻、河原の…
今よりずいぶん昔のことです。 とある森の近くに、幸せな家族が住んでいました。 父親は毎日、畑の世話をしています。母親は毎日、乳牛の世話をしています。その…
そこはちょっと路地裏の小さな喫茶店。 木目調のシンプルなテーブルと椅子、窓際に置かれた装飾品。まるで海外のお店に来たような不思議な雰囲気に包まれて、 私たちはた…
秋はどこにいったのでしょう。 私は秋が好きなのです。 高い空に柔らかな日差し。 乾いた風に揺れる秋の花。 そんな秋はどこへいったのでしょう。 ここにはもうない秋の中…
noteとは何ぞやと思いつつ幾星霜。 とっくに干からびた脳みそには、遠い昔の残骸しか残っておらぬと言うのに。 これからこちらでこそこそと、日々の呟きやオリジナルのシ…
月樹 憬
2024年7月12日 08:20
梅雨明け前だと言うのに、真夏日が続く。 額からつたい落ちた汗が、アスファルトを黒く染めた。 「こんなに暑いと焼け焦げちまうぜ。まるで地獄の釜の蓋が開いたみたいじゃねーかよ!」 苛立ちが、口をついた時。 ふわり、浮遊感にとらわれた。いきおい、足元が崩れ去る。 ドンっ! 着地したかと思う間もなく、息も出来ない熱さに包まれる。「もー、また間違ってるよ。地獄の釜の蓋が開くってのは
2024年7月11日 04:41
突然、走れなくなった。 足がつったとか、怪我をしていた訳ではない。 あの日、スターターピストルの音が響いても、ピクリとも動かなかったのだ。 気付いてしまった。 ゴールラインの向こう側には、何もないことを。 子供の頃から、走るのが好きだった。 誰よりも速くグラウンドを駆け、テープを切る快感を知ってからは、毎日ひたすら走り続けた。 栄冠を手にする度、羨望と嫉妬の眼差しを浴びる度、己
2024年7月4日 14:42
「見てはならぬ」「開けてはいけないよ」「尋ねるな」「あっそ、ならいいや」「人の嫌がることはしてはいけませんね」「さわらぬ何とかに、って言うしな」「「「なぜ無視する!!!」」」「「「いや、むしろなんで⁈⁈⁈」」」 いやはや、結果は……
2024年6月27日 22:37
彼女は不器用だった。 何事に対しても一歩引いてしまい、出遅れる。かと思えば、気を回しすぎて空回る。 タイミングが悪すぎて、何をやっても上手くいかないのだ。記憶が曖昧な頃からそうだった。 ハイハイをし始めると皿をひっくり返し、歩き始めたと思えば水桶を倒す。ようやく手伝いが出来る頃合いには、火の番をさせれば食べ物をこがし、水汲みをやらせると途中でこぼす。洗濯物を任せれば風に飛ばされる、と言
2024年6月18日 21:04
深い森の近くで、語り伝えられた話です。 村境のゆるやかな丘に、それは青々とした野原が広がっておりました。その一角には、姫君の冠のように清らかで、凛とした白百合が咲き揃っています。 いつ、誰が植えたかも分からない、けれどもこの季節には必ず咲くのでした。その芳しい香りは、柔らかく吹く風に乗り、道の端に、森に、川に、村の家々の窓辺に届くのです。長い間続いたからでしょうか。いつしか誰もが、その香
2024年5月31日 06:04
道の側に名も分からぬ草花が、朝露を纏ってさんざめいている。柔らかな春がようやく訪れ、そちこちに芽吹の喜びが広がりつつある。 まだ日が昇って浅い時刻、河原の道を歩く男の姿があった。齢の頃はそう、三十路手前と言ったところか。綻びを丁寧に繕った羽織、きっちりと揃えた襟が生真面目な性質を垣間見せている。 この男、お家お取り潰しの憂き目に遭い、先頃ようやく有志の夜間見回りの職に着いたところであった
2024年5月31日 06:00
今よりずいぶん昔のことです。 とある森の近くに、幸せな家族が住んでいました。 父親は毎日、畑の世話をしています。母親は毎日、乳牛の世話をしています。その恵みで、一家は裕福ではないけれど、貧しくもなく、穏やかに暮らしていました。 二人の間には、もうすぐ四歳になる、それは愛らしい娘がおりました。 豊かに実った麦の穂のように輝く金の髪、夏の晴れた空を映したように透き通った青い瞳、冬の雪のよ
2022年11月26日 19:51
そこはちょっと路地裏の小さな喫茶店。木目調のシンプルなテーブルと椅子、窓際に置かれた装飾品。まるで海外のお店に来たような不思議な雰囲気に包まれて、私たちはただ静かにお茶を飲む。なんだか言葉を発してこの空気を壊すのが惜しいから。色違いのカップから、それぞれが頼んだそれぞれの香りが立ち上る。そうしてそっと混ざり合う。柔らかい湯気の向こうに微笑みかけると、同じように微笑みが浮かんでい
2022年11月8日 18:13
秋はどこにいったのでしょう。私は秋が好きなのです。高い空に柔らかな日差し。乾いた風に揺れる秋の花。そんな秋はどこへいったのでしょう。ここにはもうない秋の中に私も消えてしまおうか。
2022年11月1日 08:50
noteとは何ぞやと思いつつ幾星霜。とっくに干からびた脳みそには、遠い昔の残骸しか残っておらぬと言うのに。これからこちらでこそこそと、日々の呟きやオリジナルのショートストーリー、もしかしたら落書き絵などもアップする予定です。予定は未定なり。子供の頃、本を読むことが大好きでした。本の表紙、つまり扉を開くたび、新しい世界が待っていました。その楽しさからチラシの裏に絵を描いて文章をつけて『絵