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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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#建設会社

第76話-2 語り合いたい野崎さん(AI編-3・下)

第76話-2 語り合いたい野崎さん(AI編-3・下)

マサは、配属先であるデジタルトリプルで与えられた役割を淡々とこなしていった。
安全面で問題がある設備や作業員らの行動を抜き出してアラートを出し、そのバリエーションを高度化かつ精緻化していく。
人間が建設現場の安全性を高めて維持してきた過程と、基本的には同じだ。

それが途中から明らかに変わっていった。どこで変わったのかは分からない。だが、確実に変わっていった。

「なぜなのですか?」
「理由をもう

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第76話-1 語り合いたい野崎さん(AI編-3・上)

第76話-1 語り合いたい野崎さん(AI編-3・上)

野崎正年は、半世紀以上も前に新卒でゼネコンに就職した。現場一筋の人生と言っていいと思う。
40代半ばに管理職として支店に上がり、50代に経営陣となり現場から離れた時期はあったが、海外の金融機関の破綻に端を発した世界的な不況で売り上げが落ち込んで、責任の押し付け合いからリストラを始めた時に、即座に手を上げてゼネコンを去った。

「経営陣がいの一番にリストラの波に飲み込まれてどうするんだ」「野崎に責任

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第72話 圧接の喜久子さん

第72話 圧接の喜久子さん

「私達の仕事は1にする仕事なんだよね。

大きな地震が来ても壊れないようにするために、今回は梁の部分を圧接(あっせつ)でつなげるの。
そうすれば、2本の鉄筋が一体化されて、長い1本の鉄筋になる。

でも、もしも一体化されてなくて、ばらばらに近い状態だったら、どうなると思う?」

圧接作業を手掛ける建設会社で社長を務める松村喜久子は、吉川蓮にこう問い掛けた。

吉川は入ったばかりの新人。困った顔をし

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第64話 ジエンドの久保専務

第64話 ジエンドの久保専務

ああ、俺の人生終わった…。

ゆっくりと目を開く。顔の前面にはエアバッグが広がっている。フロントガラスが派手に割れている。
頭が痛い。顔の右側で血が滴り落ちている。どこが切れているのかは分からない。

「大丈夫ですか!」

ドアの外から人の声が聞こえる。
シートベルトを外して、ドアを開けて、外に出て…。
やるべき事はうっすら思い至るのだが、体が動かない。

ああ…、痛い。苦しい…。

力が抜けてい

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ゲンバノミライ(仮)第42話 イベンターの矢野っち

ゲンバノミライ(仮)第42話 イベンターの矢野っち

工事現場の作業と街のブランディングと復興イベントのパッケージ。
聞いたことが無い組み合わせだ。要は初めてということ。
面白そう。いろいろ大変そうだが、細かいことは後から考えればいい。この仕事は絶対にやりたい。

あの日、矢野辰也は、久しぶりの高揚感に包まれていた。
あの災害で大きな痛手を負った海辺の街で、復興工事の現場を舞台にしたコンサートイベントが開かれた。ハードコアやパンクのインディーズバンド

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ゲンバノミライ(仮)第41話 業界団体の詩織さん

ゲンバノミライ(仮)第41話 業界団体の詩織さん

「見学会じゃ無く、1日作業員受け入れ会ってできませんか?」
無茶な依頼というのは百も承知だ。だが、何でもそうだが、見ているだけと実際に作業をするのでは実感が全く異なる。そういうイベントにしたら、物好きな若者が都会からも来るかもしれない。
建設関係の業界団体に務める佐野詩織は「やるぞ」と決めた。
首長の柳本統義に投げかけたら、乗ってきてもらえるのではないか。怒られそうだが、突っ走ってみよう。

自分

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ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

嫌がられる仕事ほど大事な仕事。そう思って、ぐるぐる回っている。
斉藤政行は、し尿の一般廃棄物収集・運搬の許可業者の社員として働いている。仮設トイレの処理や、浄化槽の清掃などを手掛けている。

「無理言ってすいませんでした。いやあ、来ていただいて助かりました」
「いえいえ、構いませんよ。いつでも呼んでください」

この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)から呼ば

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ゲンバノミライ(仮)第38話 飲み会モードの明美ちゃん

ゲンバノミライ(仮)第38話 飲み会モードの明美ちゃん

「何これ? こんなの飲みたいって、意味が分からない」
「あはは。そのうち、ぷふぁ~、ああ、旨い!っていうようになるわよ」
「やってられない!とか、愚痴言いながら、くだをまいたりね」
「そんな風になりたくないな」

若いっていいなあ。
山瀬明美は、吉本奈保の戸惑った表情を見ながら、嬉しい気持ちになっていた。隣にいる森田真知子も、ほほを緩めている。こういう集まりって幸せだ。

山瀬明美は、夫が社長を務

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ゲンバノミライ(仮) 第12話 地質調査の東尾主任

ゲンバノミライ(仮) 第12話 地質調査の東尾主任

映画のセットで出てきそうな大型トレーラーが現場に入ってくると、見学会に参加している子どもたちから歓声が沸き上がった。これからトレーラーの荷台部分が大きく開き、宇宙ロケットのような照射器が姿を現す。発射台のようにゆっくりと立ち上がっていき地面近くまでゆっくりと下ろされる。

ジオテレパシーと呼んでいる照射型地質調査機は、X線を用いたCTスキャンとレーザー測量をベースに開発された。地面に向けてレーザー

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ゲンバノミライ(仮) 第5話 重機土工会社の根元社長

ゲンバノミライ(仮) 第5話 重機土工会社の根元社長

「そろそろお昼にしましょう。ラーメンを持ってくるね」
「うん。ありがとう」

根元若斗は、妻の根元藍美から声を掛けられて、笑顔で応えた。
重機はもう動いていないが、午後からの作業のことを考えるために360度カメラで周囲の状況を確認していた。もうすぐ自動巡回のレーザードローンが現場全体を撮影して回って、根元の担当エリアを含めて計画通りに掘削が進んでいるかをチェックする。根元の扱うバックホウの車載カメ

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ゲンバノミライ(仮) 第4話 実家に帰った金さん

ゲンバノミライ(仮) 第4話 実家に帰った金さん

前園金之助は、名前とはまったく異なり、金との縁が薄かった。結婚のために地道に貯金していたが、事業に失敗したという中学時代からの友人に泣きつかれ、やむを得ず金を貸した。1年後に返す約束のはずが、連絡が取れなくなった。そのことで彼女との仲がこじれ、結局別れる羽目になった。

自暴自棄になり、やけ酒に溺れ、体調を崩してしまった。仕事もままならなくなり、実家に戻って静養することになった。すべてにおいて自信

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