三柴ゆよし

アイコンは我が家の愛犬・ボルヘス。【短篇小説千本ノック】絶賛休載中です。

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  • 読書会まとめ

  • 短篇小説千本ノック

    一作家一作品の縛りを設け、短篇小説をひたすら読みこんでいく企画です。

  • 虚構集

    【FICCIONES】。たまに短篇小説を書きます。

記事一覧

『戦争は女の顔をしていない』コミカライズ版を読んで考えたこと

 最近、Twitterの一部で議論になっていたスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳、岩波書店)とそのコミカライズ版『戦争は女の…

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フラナリー・オコナー『全短篇』(ちくま文庫)読書会まとめ

【日時】2019年11月23日(土)13:00~17:00 【場所】カフェ・ミヤマ 渋谷東口駅前店 【参加者】8名(主催者含む)  難病に苦しみながらも、39歳の若さで亡くなるまで精…

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【書評】練習問題としての文学、あるいはアロンソ・キハーノの崇高さについて(友田とん『パリのガイドブックで東京の町を闊歩す…

お前は練習問題だ。どこをみても生徒はいない。  とカフカは書いた。  カフカのアフォリズムのなかでも、とりわけ好きな一篇だ。  というのも、たとえば僕という人間の…

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【短篇小説千本ノック12】思い込みの作法――島尾敏雄「夢の中での日常」

 私たちはふだん、眠りについてあまり意識せずに生を経ている。  それは今日と明日の狭間にあるインターバルであって、毎日の終わりにかならず訪れるものと信じて疑わな…

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アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」傑作五選(第1期&第2期)

 みんなー、鬼太郎観てるー? おれは観てる。  このあいだTwitterで1期から6期までの名エピソードを、それぞれ5話ずつ選出したんだけど、それがびっくりするほど反響…

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【短篇小説千本ノック11】黒歴史を抹消せよ——ジョヴァンニ・パピーニ / 河島英昭訳「泉水のなかの二つの顔」

 いったいに、私は多感な幼少年期に、水木しげるの漫画や、円谷プロ往年の特撮ドラマ『ウルトラQ』(父親が買ってきたVHSのテープが擦り切れるほど観た)の薫陶を受けた…

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【小説】小顔の男

 小顔の男である。  まったくもって、こんなにも、小さい顔があるなんて。プラムくらいのサイズである。だれでも仰天する。とはいえ、まあ、慣れてしまえばどうってこと…

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【短篇小説千本ノック10】融解する境界—―吉田知子「恩珠」

 これまで読んだなかで、いちばん怖い小説を教えてください。  こんな質問をされたことがある。  怖い小説、なかなか難しい質問だ……とは思わなかった。なんとなれば、…

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【短篇小説千本ノック9】ありえなかった記憶の物語――ガブリエル・ガルシア=マルケス / 木村榮一訳「この世でいちばん美しい…

 もうすこし、ラテンアメリカの小説について話したいのです。お付き合いください。  これまで読んだ小説で、最高の一作はなにか?  途方もない質問である。対する答え…

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【短篇小説千本ノック8】究極の恋愛小説――アドルフォ・ビオイ=カサーレス / 高丘麻衣・野村竜仁訳「パウリーナの思い出に」

 前回紹介したドノーソ「閉じられたドア」が収められている『美しい水死人――ラテンアメリカ文学アンソロジー』(福武文庫)にはラテンアメリカ圏の傑作短篇が惜しげもな…

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【短篇小説千本ノック7】救世主たち――ホセ・ドノーソ / 染田恵美子訳「閉じられたドア」

 今回の【短篇小説千本ノック】では、チリの作家ホセ・ドノーソの短篇「閉じられたドア」を扱う。  いま私はドノーソをチリの作家と言ったが、彼はチリ大学在学中、奨学…

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【短篇小説千本ノック6】向こう側の語り——イアン・マキューアン / 宮脇孝雄訳「押入れ男は語る」

 子どもの頃、押入れが怖かった。むしろ、いまでも怖い。  押入れにかぎらず、私は物心ついたときから閉所恐怖症の気味があって、そもそも狭くて暗いところが苦手なので…

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【短篇小説千本ノック5】カフカが多すぎる――フランツ・カフカ / 池内紀訳「万里の長城」

 先日、渋谷のユーロスペースでジョン・ウィリアムズ監督の『審判』を観た。カフカの同名小説の映画化である。大変おもしろかった。  カフカはいいな、とおもった。やは…

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【小説】犬を飼う

 犬を飼うことに決めた。犬なんてのはかわいいもんだし、くたくたのうどんみたいに疲れて帰ったところを舌を出して出迎えてくれる。なぐさめてくれる。友人もない、独身の…

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【小説】ノキピオ博士、最後の紀行

 旅行につきものの、些末な面倒事はいくつかあった。けれど言葉も通じぬ外国で、ひとまずは無事にホテルを見つけられたのだ。夏の暮れ方だった。窓から外を眺める。摩天楼…

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【短篇小説千本ノック4】ベルギー幻想派四天王を連れて来たよ。——トーマス・オーウェン / 加藤尚宏訳「黒い玉」

 前回、前々回は、マラマッド、シンガーというふたりのユダヤ人作家を扱った。彼らの小説を読みながらおもったのは、「いちいちこたえるなあ……」ということであった。ア…

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『戦争は女の顔をしていない』コミカライズ版を読んで考えたこと

『戦争は女の顔をしていない』コミカライズ版を読んで考えたこと

 最近、Twitterの一部で議論になっていたスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳、岩波書店)とそのコミカライズ版『戦争は女の顔をしていない』(小梅けいと著、速水螺旋人監修、KADOKAWA)を読んだ。

 アレクシエーヴィチの原作の感想は読書メーターに書いたので参照されたい。ここでは小梅けいとによるコミカライズ版を原作との比較で語る。先述したTwitter

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フラナリー・オコナー『全短篇』(ちくま文庫)読書会まとめ

フラナリー・オコナー『全短篇』(ちくま文庫)読書会まとめ

【日時】2019年11月23日(土)13:00~17:00
【場所】カフェ・ミヤマ 渋谷東口駅前店
【参加者】8名(主催者含む)

 難病に苦しみながらも、39歳の若さで亡くなるまで精力的に書き続けたアメリカ南部の作家、フラナリー・オコナー(1925-1964)の作品は、日本では書簡集や評論集まで含め、ほとんどすべてが翻訳(書簡集は抄訳)されています。
 今回の課題本は『全短篇』でしたので、オコ

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【書評】練習問題としての文学、あるいはアロンソ・キハーノの崇高さについて(友田とん『パリのガイドブックで東京の町を闊歩する』)

お前は練習問題だ。どこをみても生徒はいない。

 とカフカは書いた。
 カフカのアフォリズムのなかでも、とりわけ好きな一篇だ。
 というのも、たとえば僕という人間のすべての営みを練習問題と仮定したとき、常日頃、怖い顔で迫ってくる「人生」というやつの角がとれて、ほんのすこしだけ丸みを帯びてくる。そんな風に思えるからだ。
 練習問題なら、間違えてもいいはずだ。
 とはいえこれは僕がカフカを自分勝手に誤

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【短篇小説千本ノック12】思い込みの作法――島尾敏雄「夢の中での日常」

【短篇小説千本ノック12】思い込みの作法――島尾敏雄「夢の中での日常」

 私たちはふだん、眠りについてあまり意識せずに生を経ている。
 それは今日と明日の狭間にあるインターバルであって、毎日の終わりにかならず訪れるものと信じて疑わない。今日が終わる。入眠と覚醒。明日が来る。
 しかし、なにかのきっかけでこのルーティンが崩れるとき、すなわち不眠に陥ったとき、人は、眠りというものを、意志のちからではどうにも太刀打ちできない、自己から独立した現象として認識するようになる。見

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アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」傑作五選(第1期&第2期)

 みんなー、鬼太郎観てるー? おれは観てる。
 このあいだTwitterで1期から6期までの名エピソードを、それぞれ5話ずつ選出したんだけど、それがびっくりするほど反響が薄かったんだよね。おれは思ったよ。さてはこいつら、鬼太郎観てねえな? おれは怒った。
 知ってのとおり、鬼太郎はこれまで6回(墓場鬼太郎を入れたら7回)アニメ化されているんだけど、原作のエピソードは無論有限。しかし、そうであるから

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【短篇小説千本ノック11】黒歴史を抹消せよ——ジョヴァンニ・パピーニ / 河島英昭訳「泉水のなかの二つの顔」

【短篇小説千本ノック11】黒歴史を抹消せよ——ジョヴァンニ・パピーニ / 河島英昭訳「泉水のなかの二つの顔」

 いったいに、私は多感な幼少年期に、水木しげるの漫画や、円谷プロ往年の特撮ドラマ『ウルトラQ』(父親が買ってきたVHSのテープが擦り切れるほど観た)の薫陶を受けたおかげで、怪奇・幻想的な物語が大好きである。そのため、この【短篇小説千本ノック】で取り上げる作品も、多少なりとも幻想小説に偏ったチョイスになることと思う(現にもうそうなっている)。
 今回扱うイタリアの作家ジョヴァンニ・パピーニ(1881

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【小説】小顔の男

 小顔の男である。
 まったくもって、こんなにも、小さい顔があるなんて。プラムくらいのサイズである。だれでも仰天する。とはいえ、まあ、慣れてしまえばどうってこともない。
 要するに、鼻が大きいとか福耳だとか、太っているとか痩せてるとか、だれにでもある特徴のひとつにすぎないわけだ。人の身体的特徴をあげつらい、笑いものにするのはよくない。あたりまえだ。「芋粥」の昔とは時代がちがう。テレビは別だ。テレビ

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【短篇小説千本ノック10】融解する境界—―吉田知子「恩珠」

【短篇小説千本ノック10】融解する境界—―吉田知子「恩珠」

 これまで読んだなかで、いちばん怖い小説を教えてください。
 こんな質問をされたことがある。
 怖い小説、なかなか難しい質問だ……とは思わなかった。なんとなれば、私は比較的、というより明らかに怖がりの範疇に入る性質の持ち主であり、怖い、と思ったモノ・コトは、この灰色の脳細胞に深く刻み込まれている。
 試みに、これまで読んだ怖い小説を列挙してみよう。
 内田百閒「青炎抄」、半村良「雀谷」、筒井康隆「

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【短篇小説千本ノック9】ありえなかった記憶の物語――ガブリエル・ガルシア=マルケス / 木村榮一訳「この世でいちばん美しい水死人」

【短篇小説千本ノック9】ありえなかった記憶の物語――ガブリエル・ガルシア=マルケス / 木村榮一訳「この世でいちばん美しい水死人」

 もうすこし、ラテンアメリカの小説について話したいのです。お付き合いください。

 これまで読んだ小説で、最高の一作はなにか?
 途方もない質問である。対する答えを、私は持たない。が、これまで読んだ小説で、読んでいる間中、ほんとうに、ただひたすら楽しくて楽しくて、読み終わるのが心底惜しかった作品、そして何度繰り返し読んでも、汲めども尽きない物語の圧倒的な力を感じさせる小説、これはもう決まっている。

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【短篇小説千本ノック8】究極の恋愛小説――アドルフォ・ビオイ=カサーレス / 高丘麻衣・野村竜仁訳「パウリーナの思い出に」

【短篇小説千本ノック8】究極の恋愛小説――アドルフォ・ビオイ=カサーレス / 高丘麻衣・野村竜仁訳「パウリーナの思い出に」

 前回紹介したドノーソ「閉じられたドア」が収められている『美しい水死人――ラテンアメリカ文学アンソロジー』(福武文庫)にはラテンアメリカ圏の傑作短篇が惜しげもなく収録されており、斯界の入門にはもってこいの一冊だ。捨て作がない。
 優れたアンソロジーは、その後の読書の指針になる。このアンソロジーがなければ、ホセ・エミリオ・パチェーコやフェリスベルト・エルナンデスといった優れた作家の名を知ることはなか

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【短篇小説千本ノック7】救世主たち――ホセ・ドノーソ / 染田恵美子訳「閉じられたドア」

【短篇小説千本ノック7】救世主たち――ホセ・ドノーソ / 染田恵美子訳「閉じられたドア」

 今回の【短篇小説千本ノック】では、チリの作家ホセ・ドノーソの短篇「閉じられたドア」を扱う。
 いま私はドノーソをチリの作家と言ったが、彼はチリ大学在学中、奨学金を得てプリンストン大学に留学した俊英で、はじめての短篇は英語で書いている。また、本格的に作家デビューを果たしたのちは、メキシコ、アメリカと渡り歩き、六七年から八一年までの期間はスペインを活動拠点としていた。代表作とされる長篇『夜のみだらな

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【短篇小説千本ノック6】向こう側の語り——イアン・マキューアン / 宮脇孝雄訳「押入れ男は語る」

【短篇小説千本ノック6】向こう側の語り——イアン・マキューアン / 宮脇孝雄訳「押入れ男は語る」

 子どもの頃、押入れが怖かった。むしろ、いまでも怖い。
 押入れにかぎらず、私は物心ついたときから閉所恐怖症の気味があって、そもそも狭くて暗いところが苦手なのである。
 古いエレベーターに乗ると呼吸が浅くなるし、扉の上下に隙間のない個室トイレにも極力入りたくない。利用したことはないが、カプセルホテルなんてのもたぶん無理だろう。
 とはいえ人間の趣味嗜好は千差万別、狭くて暗い空間は逆に落ち着くという

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【短篇小説千本ノック5】カフカが多すぎる――フランツ・カフカ / 池内紀訳「万里の長城」

【短篇小説千本ノック5】カフカが多すぎる――フランツ・カフカ / 池内紀訳「万里の長城」

 先日、渋谷のユーロスペースでジョン・ウィリアムズ監督の『審判』を観た。カフカの同名小説の映画化である。大変おもしろかった。
 カフカはいいな、とおもった。やはりカフカだな、とおもった。
 そのため、安直なのは承知のうえで、今回はカフカを扱おうとおもったのだが、ハタと困ってしまった。
 これまでカフカはずいぶん読んだ。が、全集でまとめて、とかそういう読み方ではなく、折々にいろいろなところから出てい

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【小説】犬を飼う

 犬を飼うことに決めた。犬なんてのはかわいいもんだし、くたくたのうどんみたいに疲れて帰ったところを舌を出して出迎えてくれる。なぐさめてくれる。友人もない、独身の、太った中年男にだって甘えてくれる。すぐに飼えないってこともないのだ。その気になれば、明日にだってどうにかなるさ。
 けれど想像よりも容易いことはそうないもので、榎本良夫は結句、犬を飼うことを断念した。明日には、明日の明日には、そのまた明日

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【小説】ノキピオ博士、最後の紀行

 旅行につきものの、些末な面倒事はいくつかあった。けれど言葉も通じぬ外国で、ひとまずは無事にホテルを見つけられたのだ。夏の暮れ方だった。窓から外を眺める。摩天楼が林立する背後に、血のような夕日が沈んでいく。書き物机の前に腰かけ、また立ち上がる。なにかを思い出しかけた気がしたのだ。気のせいだった。
 部屋にあるのはシングルサイズのベッドと窓に面した書き物机、備え付けのテレビと冷蔵庫、ドライヤー、ハン

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【短篇小説千本ノック4】ベルギー幻想派四天王を連れて来たよ。——トーマス・オーウェン / 加藤尚宏訳「黒い玉」

【短篇小説千本ノック4】ベルギー幻想派四天王を連れて来たよ。——トーマス・オーウェン / 加藤尚宏訳「黒い玉」

 前回、前々回は、マラマッド、シンガーというふたりのユダヤ人作家を扱った。彼らの小説を読みながらおもったのは、「いちいちこたえるなあ……」ということであった。アメリカに住まう貧しいユダヤ人の生活を活写したマラマッド、対してユダヤの伝統社会に生きる人びとの業を描いたシンガー、どちらも重たいのである。読んでいて、なんだか暗いところへ連れていかれる気がする。おまけに猛暑だ。気が滅入る。だから今回は気分を

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