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『戦争は女の顔をしていない』コミカライズ版を読んで考えたこと
最近、Twitterの一部で議論になっていたスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳、岩波書店)とそのコミカライズ版『戦争は女の顔をしていない』(小梅けいと著、速水螺旋人監修、KADOKAWA)を読んだ。
アレクシエーヴィチの原作の感想は読書メーターに書いたので参照されたい。ここでは小梅けいとによるコミカライズ版を原作との比較で語る。先述したTwitter
【書評】練習問題としての文学、あるいはアロンソ・キハーノの崇高さについて(友田とん『パリのガイドブックで東京の町を闊歩する』)
お前は練習問題だ。どこをみても生徒はいない。
とカフカは書いた。
カフカのアフォリズムのなかでも、とりわけ好きな一篇だ。
というのも、たとえば僕という人間のすべての営みを練習問題と仮定したとき、常日頃、怖い顔で迫ってくる「人生」というやつの角がとれて、ほんのすこしだけ丸みを帯びてくる。そんな風に思えるからだ。
練習問題なら、間違えてもいいはずだ。
とはいえこれは僕がカフカを自分勝手に誤
【短篇小説千本ノック12】思い込みの作法――島尾敏雄「夢の中での日常」
私たちはふだん、眠りについてあまり意識せずに生を経ている。
それは今日と明日の狭間にあるインターバルであって、毎日の終わりにかならず訪れるものと信じて疑わない。今日が終わる。入眠と覚醒。明日が来る。
しかし、なにかのきっかけでこのルーティンが崩れるとき、すなわち不眠に陥ったとき、人は、眠りというものを、意志のちからではどうにも太刀打ちできない、自己から独立した現象として認識するようになる。見
アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」傑作五選(第1期&第2期)
みんなー、鬼太郎観てるー? おれは観てる。
このあいだTwitterで1期から6期までの名エピソードを、それぞれ5話ずつ選出したんだけど、それがびっくりするほど反響が薄かったんだよね。おれは思ったよ。さてはこいつら、鬼太郎観てねえな? おれは怒った。
知ってのとおり、鬼太郎はこれまで6回(墓場鬼太郎を入れたら7回)アニメ化されているんだけど、原作のエピソードは無論有限。しかし、そうであるから
【短篇小説千本ノック11】黒歴史を抹消せよ——ジョヴァンニ・パピーニ / 河島英昭訳「泉水のなかの二つの顔」
いったいに、私は多感な幼少年期に、水木しげるの漫画や、円谷プロ往年の特撮ドラマ『ウルトラQ』(父親が買ってきたVHSのテープが擦り切れるほど観た)の薫陶を受けたおかげで、怪奇・幻想的な物語が大好きである。そのため、この【短篇小説千本ノック】で取り上げる作品も、多少なりとも幻想小説に偏ったチョイスになることと思う(現にもうそうなっている)。
今回扱うイタリアの作家ジョヴァンニ・パピーニ(1881
【短篇小説千本ノック10】融解する境界—―吉田知子「恩珠」
これまで読んだなかで、いちばん怖い小説を教えてください。
こんな質問をされたことがある。
怖い小説、なかなか難しい質問だ……とは思わなかった。なんとなれば、私は比較的、というより明らかに怖がりの範疇に入る性質の持ち主であり、怖い、と思ったモノ・コトは、この灰色の脳細胞に深く刻み込まれている。
試みに、これまで読んだ怖い小説を列挙してみよう。
内田百閒「青炎抄」、半村良「雀谷」、筒井康隆「
【短篇小説千本ノック9】ありえなかった記憶の物語――ガブリエル・ガルシア=マルケス / 木村榮一訳「この世でいちばん美しい水死人」
もうすこし、ラテンアメリカの小説について話したいのです。お付き合いください。
これまで読んだ小説で、最高の一作はなにか?
途方もない質問である。対する答えを、私は持たない。が、これまで読んだ小説で、読んでいる間中、ほんとうに、ただひたすら楽しくて楽しくて、読み終わるのが心底惜しかった作品、そして何度繰り返し読んでも、汲めども尽きない物語の圧倒的な力を感じさせる小説、これはもう決まっている。
【短篇小説千本ノック8】究極の恋愛小説――アドルフォ・ビオイ=カサーレス / 高丘麻衣・野村竜仁訳「パウリーナの思い出に」
前回紹介したドノーソ「閉じられたドア」が収められている『美しい水死人――ラテンアメリカ文学アンソロジー』(福武文庫)にはラテンアメリカ圏の傑作短篇が惜しげもなく収録されており、斯界の入門にはもってこいの一冊だ。捨て作がない。
優れたアンソロジーは、その後の読書の指針になる。このアンソロジーがなければ、ホセ・エミリオ・パチェーコやフェリスベルト・エルナンデスといった優れた作家の名を知ることはなか
【短篇小説千本ノック7】救世主たち――ホセ・ドノーソ / 染田恵美子訳「閉じられたドア」
今回の【短篇小説千本ノック】では、チリの作家ホセ・ドノーソの短篇「閉じられたドア」を扱う。
いま私はドノーソをチリの作家と言ったが、彼はチリ大学在学中、奨学金を得てプリンストン大学に留学した俊英で、はじめての短篇は英語で書いている。また、本格的に作家デビューを果たしたのちは、メキシコ、アメリカと渡り歩き、六七年から八一年までの期間はスペインを活動拠点としていた。代表作とされる長篇『夜のみだらな
【短篇小説千本ノック6】向こう側の語り——イアン・マキューアン / 宮脇孝雄訳「押入れ男は語る」
子どもの頃、押入れが怖かった。むしろ、いまでも怖い。
押入れにかぎらず、私は物心ついたときから閉所恐怖症の気味があって、そもそも狭くて暗いところが苦手なのである。
古いエレベーターに乗ると呼吸が浅くなるし、扉の上下に隙間のない個室トイレにも極力入りたくない。利用したことはないが、カプセルホテルなんてのもたぶん無理だろう。
とはいえ人間の趣味嗜好は千差万別、狭くて暗い空間は逆に落ち着くという
【短篇小説千本ノック5】カフカが多すぎる――フランツ・カフカ / 池内紀訳「万里の長城」
先日、渋谷のユーロスペースでジョン・ウィリアムズ監督の『審判』を観た。カフカの同名小説の映画化である。大変おもしろかった。
カフカはいいな、とおもった。やはりカフカだな、とおもった。
そのため、安直なのは承知のうえで、今回はカフカを扱おうとおもったのだが、ハタと困ってしまった。
これまでカフカはずいぶん読んだ。が、全集でまとめて、とかそういう読み方ではなく、折々にいろいろなところから出てい
【短篇小説千本ノック4】ベルギー幻想派四天王を連れて来たよ。——トーマス・オーウェン / 加藤尚宏訳「黒い玉」
前回、前々回は、マラマッド、シンガーというふたりのユダヤ人作家を扱った。彼らの小説を読みながらおもったのは、「いちいちこたえるなあ……」ということであった。アメリカに住まう貧しいユダヤ人の生活を活写したマラマッド、対してユダヤの伝統社会に生きる人びとの業を描いたシンガー、どちらも重たいのである。読んでいて、なんだか暗いところへ連れていかれる気がする。おまけに猛暑だ。気が滅入る。だから今回は気分を
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