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虚構集

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【FICCIONES】。たまに短篇小説を書きます。
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記事一覧

【小説】ノキピオ博士、最後の紀行

 旅行につきものの、些末な面倒事はいくつかあった。けれど言葉も通じぬ外国で、ひとまずは無事にホテルを見つけられたのだ。夏の暮れ方だった。窓から外を眺める。摩天楼が林立する背後に、血のような夕日が沈んでいく。書き物机の前に腰かけ、また立ち上がる。なにかを思い出しかけた気がしたのだ。気のせいだった。
 部屋にあるのはシングルサイズのベッドと窓に面した書き物机、備え付けのテレビと冷蔵庫、ドライヤー、ハン

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【小説】犬を飼う

 犬を飼うことに決めた。犬なんてのはかわいいもんだし、くたくたのうどんみたいに疲れて帰ったところを舌を出して出迎えてくれる。なぐさめてくれる。友人もない、独身の、太った中年男にだって甘えてくれる。すぐに飼えないってこともないのだ。その気になれば、明日にだってどうにかなるさ。
 けれど想像よりも容易いことはそうないもので、榎本良夫は結句、犬を飼うことを断念した。明日には、明日の明日には、そのまた明日

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【小説】小顔の男

 小顔の男である。
 まったくもって、こんなにも、小さい顔があるなんて。プラムくらいのサイズである。だれでも仰天する。とはいえ、まあ、慣れてしまえばどうってこともない。
 要するに、鼻が大きいとか福耳だとか、太っているとか痩せてるとか、だれにでもある特徴のひとつにすぎないわけだ。人の身体的特徴をあげつらい、笑いものにするのはよくない。あたりまえだ。「芋粥」の昔とは時代がちがう。テレビは別だ。テレビ

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