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「ジェントルメン」第1話:Gと呼ばれる国籍不明の科学者ギルド

(あらすじ)
宇宙の真理と自然の法則を探求する科学者。その叡智は常に、多数決とお金の論理を優先する輩に、恣意的に歪められてきました。しかしその狼藉が、母なる地球に難病を多重発症させるに及び、この星の救急救命に立ち上がった紳士淑女たちの物語です。第1話では、札幌農学校で唯一の校則だった「紳士たれ」から命名された秘密結社と、“知識の讃歌”を意味する古代インド聖典の名を持つ人物が邂逅、誰もが無理と諦める核兵器の廃絶に挑みます。続く第23話では、前史として、後にその秘密結社を創始する夫婦と息子が「人間性を人間以外へ展開し」種族を超えた連盟で狼藉と闘います。なぜ秘密結社を?正しい杭は、得てして打たれてしまうので。


1.注 目

2079年のノーベル賞が発表されると、人々は目を見張った。

【医学賞】脳の高度な情報処理モデルの全容解明に。この上に蓄積した研究が、今日広く失われた脳機能の回復に応用されているだけでなく、(AIの普及で重要性が低下した記憶・反復動作に代わる)新たな脳機能を発掘する訓練が発展する土台を築いた功績により。

【化学賞】特定の金属の腐食を著しく遅らせるメカニズムの発見に。直近では宇宙飛行の安全性向上が記憶に新しいが、ここでは主に、温暖化の進展で年々狂暴さを増す自然災害から都市インフラを守った功績により。

【物理学賞】微弱な刺激で発電する素子の開発に。光だけでなく音や匂い等、ほんの僅かな刺激からのマイクロ発電を可能とし、今日のウェアラブルデバイス常用と、そこから集積されるビッグデータ活用の素地を作った功績により。

受賞者はいずれも「ジェントルメン」。これは人の名ではない。“国籍不明の科学研究者ギルド”として知られる組織だ。2063年頃からこの名で論文が投稿され始め、最初は相手にされなかったが、次第にその新奇性・革新性が証明されるに伴い注目を集め、彼らの研究「気候変動と昆虫大発生を繋ぐメカニズム」の解明が、2066年にバッタ大発生によるアフリカ・南アジア一帯の被害を最小限に止めた事で、信頼は揺るぎないものとなった。2072年には論文の数で(国ではないが…)国別1位となり世界の科学研究を牽引。その蓄積が今回自然科学部門の独占を生んだ。そしていつしか人は、彼らをGと呼ぶようになった。

Gの構成員は、組織の名義で匿名の論文を発表し、賞金は国連機関へ。特許も国連に帰属し、そこから生じる収益も国連が受領。さらに契約によってその資金は保険に充当され、「地球環境の変動」や「戦争」で深刻な影響を受けた国の被害を補償した。但し契約時の条件として、環境への影響がマイナスの国は補償の対象外。加えて戦争についても、核保有国は補償を受けられないものとされていた。

例えば、今回の医学賞に輝いた脳研究では、脳機能が一部喪失あるいは深刻に衰えてしまった多くの人が、小型の外部装置を装着するだけでほぼ元通りの生活を取り戻すことができ、世界中で多くの治療に使われるようになった。さらに、AIに代替されない脳機能(創造,変革,非連続や例外への対応など)を鍛える“脳トレ”ブームを巻き起こしたので、一連の関連特許を取得したジェントルメンは(正確には代理機関である国連は)毎年多額の資金を手にした。他にも多くの研究成果が実用化されているので、中規模の国家予算に匹敵する収益を生み出していると言われている。当然、その果実を(国連経由で)手にできる中小国では圧倒的に支持され、長らく環境を犠牲にして軍備を増強してきた大国政府には極めて不都合な存在…それがGだった。したがって彼らが急成長した2070年前後には、大国からあらゆる妨害工作を受けることとなった。例えばこんな具合に…


ここは覇権主義のR国。当然核を保有し、Gの活躍を苦々しくみていた。北の果てに位置するこの国では、スパイが“お家芸”とも言える程に暗躍してきた歴史がある。そこで正体不明のGに対して、まずはその実態を掴もうと内部に囮のスパイを送り込もうとした。

「任務は把握しました。では潜入にあたり、まず誰にコンタクトを?」
「何を言っている?それを探るのもお前の任務だ。」
「なんと!しかし…所在も構成員も不明、世に出るのは論文の送り主としてだけ。それも、使い捨てアカウントが使われ追跡不能と聞きます。そこまで手がかりなしでどうしろと?」
「何を言っている。我々には我々のやり方があるではないか。」

考えた末にスパイは“成りすまし”てみた。勝手にG名義で論文を投稿したのだ。「しめしめ。これで採用されなくても、何か動いてくるに違いない。」と思ったが、内容がお粗末すぎてどの学術雑誌も相手にせず、完全に黙殺された。


ここはインターネットを生んだA国。元々ネットは軍事技術の転用と言われ、軍事大国として当然核を保有。首都付近に巨大なデータセンター群を揃え、広大なネットから関連情報だけを抽出し分析する諜報機関が有名。過去ここで数々のテロ首謀者を特定してきた。世界中に張り巡らせた盗聴器のようなものだ。そこにGの動きを捕捉せよと指令が下った。

「任務は把握しました。しかし…そこまで手がかりなしでどうしろと?」
「何を言っている。我々には我々のやり方があるではないか。」

考えた末にスパイは、あらゆる言語でそれらしきやり取りを検索した。しかし、予想に反し何も挙がらない。「そんなことが!彼らはどうやって連絡を取っているというのだ?この時代に一切ネットを経由せず、一体何ができるというのだ!」…諜報機関は途方に暮れた。


ここは国民に完全なる情報統制を敷くC国。私権に配慮せず国家がいつでも監視を行える国。国家の威信をかけて科学研究を推進し、研究の数では他国を圧倒するも、質の面でGの後塵を拝していた。核を保有し、軍事でも科学でも自国第一主義を追求するこの国にとって、負けることは到底受け入れられない。ここでも諜報機関が動いた。

「任務は把握しました。手掛かりは、わずかにこれだけということですね。」
「そうだ。彼らの論文に、我が国の一部でしか使われない表現を見つけた。つまり我が国民が加担している可能性が高いということだ。分かっているな。我々のやり方でやれ。」

考えるまでもなくスパイは、国民をあらゆる手段で監視することにした。特に力ある科学者は徹底的にマークしたが、怪しい所は何一つない。どうみても国家に忠誠を尽くす模範的国民にしかみえないのだった…。

2.登 場

水面下でそんな妨害工作とも言えぬ動きが始まる少し前で、Gの名が世に知られ始めた2065年、I国の動物学者リグベーダは、鳥類の研究をこなしていた。世界最多の人口を抱え衛生水準がそれほど高くない為、国を跨ぐ鳥類が媒介する病気を研究し、感染拡大を防止するためだ。これは称賛から縁遠い地味な任務で、感染を防いで当たり前、万が一にも鳥由来の感染が広がらないように、毎日神経質かつ几帳面にルーティーンをこなしていた。

そんな彼にはもう一つの顔があった。歴史の長いこの国では、「クラシック」と言えば自国の古典民謡を指すほど、西洋にない独自文化を誇りにしている。そんな国で、彼は楽器としての口笛に目をつけ、自身が世界大会に参加したのをきっかけに、国内最大の口笛協会を創設したのだった。幼少から鳥の鳴き真似をしていた彼の口笛は、たちまち頭角を現し、いつしか大会運営にも関わるようになっていた。

そんなある日、外国の世界大会から戻った彼は、久々の研究室で、あることに気づいた。

「ん?何か妙な匂いがするぞ…どうやらこの辺りだ。かなり重篤な鳥を集めたエリアだな。人間に感染しないことが証明されたばかりの病気だから、そう言えば今まで匂いを嗅いだことはなかったかもしれない。データを取って詳しく調べてみよう。」

その結果、機能不全に陥った細胞から、通常の新陳代謝とは異なる匂い物質を抽出できた。I国では日常的に多くのスパイスを使う為、匂いも生活を構成する大事な要素なのだ。以後彼はこの抽出手法を研ぎ澄まし、2067年、ついに匂いから個人を特定することに成功した。

そんな時、よく知る外国の口笛吹きから連絡があった。

「普段からSNSで投稿を興味深く拝見しています、貴方の最近の気づきはとても興味深いですね。ついてはこのパズルを解いてみてください。貴方ほど聡明な方なら造作ないと思いますし、答えはきっとお気に召すと思いますので。」

実際には割と苦戦しながら解くとそれは連絡方法で、連絡すると出題した人物に繋がった。そして彼は、そこで初めてGの名を聞かされたのだった。


まずは貴方にこの話をするのに、とても回りくどいやり方を採ったことをお許しください。
ここからは単刀直入に申しあげます。我々は「ジェントルメン」です。貴方も研究者ですから、昨年、我々の研究「気候変動と昆虫大発生を繋ぐメカニズムの解明」がバッタの大発生予知に使われ、貴方の国でも被害を最小限に止めたことはご存知でしょう?私は口笛を通じて長く貴方を友人としてみてきました。その上で信頼と共に申し上げます。我々の仲間になりませんか?判断材料として、我々が何者で何を目的としているのか…以下にご説明しましょう。

最初に、我々がなぜネットに何の痕跡も残さないのか?それは「ブロックチェーン」のおかげです。これ自体は「分散型台帳」として今日ではもう当り前の仕組みですが、仲間の天才が特別な仕組みを開発しました。「台帳に刻まれたメンバー以外がアクセスすると、試みた時点で関連情報が瞬時に消滅する」というものです。貴重な情報が予期せず消えてしまうのですからきわめて面倒くさい仕組みです。しかし我々は天才の集団ですから再現は容易。逆に言えば、我々以外には到底使いこなせない仕組みと言えるでしょう。

では、なぜ貴方を誘うのか?お付合いする中で、私心なく信頼できるお人柄であることはよく分かりました。ただそれは前提。お声掛けした決め手は、本業と直接関係ない分野で「人類に大きな貢献ができる研究をされていること」です。そう、貴方が最近発見された「匂い物質」のこと。ご自身は想定していないと思いますが、私はこれが、我々の正体を完全に隠す最後のピースだと考えています。もちろんまだ十分ではありません。さらに研究を続けて頂き、人がある心の状態を崩した時に意図せず発する「極微量の匂い物質」を抽出して頂きたいのです。

ちなみに「科学の力を正しく使えば人類は地球と未来に亘り共存できる」と心から信じることが何より大事で、これができなければ、我々のメンバーに迎える訳にはまいりません。貴方はそれができる方だと見込んで、一定のリスクを取ってお声掛けした次第です。もっともこのリスク(貴方がこの申し出を断り、なおかつ我々の申し出を公表してしまう事)が杞憂に終わる…という確信がなければ、私もこうした行動には出ませんが。

この信念に僅かでも疑念が生じた時、つまり自分の生を全うすることの意味に迷いが生じ、さらには子孫繁栄を建前としか感じられなくなった時、人間は意図せず微量の物質を分泌するのでは?という我々の研究があります。これを確たるものにして頂きたい。この物質が特定できれば、ウェアラブルデバイスと組み合わせて、我々は完全に志を一にする集団になれるでしょう。いかがですか?…ぜひ熟慮ください。またご連絡します。

なおこの連絡は、貴方が次の操作に移った瞬間、自動的に消滅するようプログラムされています。こうして我々の頭脳以外に痕跡をとどめない、本業と関係なくても人類と地球に大事なことなら専念できる、そうした能力・人格・信念を兼ね備えた人物の集団。だから「ジェントルメン」…お分かりいただけますね。

3.察 知

さて時は戻り、冒頭の翌2080年、核保有国で相次ぎ、核攻撃に使われる機構に重大な腐食が発見された。きっかけはある国が行った核実験で、想定より早く爆発。これが水面下で伝わると各国に大きな衝撃を与えた。核攻撃を仕掛けた側の国内で爆破しかねないからだ。

「ご報告します!極秘調査の結果、我が国でも同様の腐食が進んでいます。」
「なんと!それは由々しき問題だ。公表できない、修繕できない、発射できない、の三重苦ではないか!!…仕方ない。秘密裏に核の廃絶交渉を進めるしかあるまい。よいか、くれぐれも他国に悟られるでないぞ。」

軍事関係者は慌てたが、政府関係者はむしろ歓迎した。なぜなら軍事費を削減できるだけでなく、G保険の対象として補償を受けられるので、国民の支持率向上を期待できるからだ。大国は、概して環境には悪影響なのでその被害は補償されないが、核を廃絶すれば通常兵器の紛争被害は補償される。但し一つ問題が残った。保有国のうちN国だけは本当に腐食がなかったらしく、核廃絶の交渉に乗ってこなかった。


そうなる前の2077年、リグベーダは戸惑っていた。Gの一員として求められた「匂い物質」特定に成功、デバイスへ実装するアプリも滞りなく全構成員に行き渡った。今後は、構成員が組織の目標「人類と地球の共存」に疑念を生じた瞬間、無意識に分泌してしまう極微量の物質をデバイスが検知し、その研究者と組織を結びつけるあらゆる痕跡を瞬時に抹消する体制を構築できた。組織に期待された役割を全うしたはずだった…のに、なぜ?自分のデバイスにアプリを入れた瞬間、組織との連絡が取れなくなってしまった。

嵌められた?咄嗟に浮かんだ疑念を彼は即座に否定した。知る限り誰かが個人の思惑で、このような措置を取れる組織ではないからだ。ではなぜ…考えた末に辿り着いた結論に、彼は驚愕した。自身が組織の目標に疑念を持ってしまった、としか考えられないのだった。「意識的でないなら、無意識にこの理念を危うくする可能性に気がついてしまったのか。それは一体…。」しばし考えた末に何か思いついたのか、パスポートを掴んで飛び出した。


空の上で彼は思い出していた。2068年頃に読んだG名義の論文「特定の金属の腐食に“顕著な影響を与える”メカニズム」を(そう、2079年のノーベル化学賞に繋がる研究だ)。

「あれは確か、腐食を遅らせるだけでなく、ある条件が揃うと逆に腐食が加速する可能性も示唆していた。そして去年読んだ別の論文にあった“金属の水素脆性”、あれも確かG名義だった。おそらく水素を燃料とする多くの国でこの2つが同時に起こり、ミサイル機構が腐食したのだろう。しかしN国は水素燃料ではなかった。そうだ、私はこうなることを知っていた。N国が核廃絶を止めることまで。そしてその反対を覆す手段も考えていた。それが匂いになって検知されたのだ。確かに純粋な科学の力じゃないからな。もう組織には戻れない。ならばその時の考えを実行に移すまで!」

4.確 保

少し時が進み2081年、リグベーダはN国との国境近くの大学に招聘され、C国にいた。期待されたのは感染症の予防。C国は独特な食習慣が災いし、動物由来の感染症をヒトに持ち込みやすく、この四半世紀で世界的に流行した感染症のほとんどがC国由来だった為、さすがに国際批判を無視できず、同じく多くの人口を抱えるI国を長年感染症から守ってきたと評判の科学者に目を付けたという訳だ。

リグベーダにしても渡りに船で、専門の鳥類に限らない広範な依頼を敢えて受けたのは、別の狙いがあったからだ。何としてもN国で同志を探し出したかった。組織の…ではない。組織とずれた彼自身と志を共にしてくれる仲間だ。ブロックチェーンの自動抹消装置を使えなくなった今、下手に動けばテロリストとして拘束されてしまう。そんな危険をものともしない覚悟を持てる人物。それを得意の「匂い探知」で探そうとしていた。

候補は何人か見つかった。いずれも国境をまたぐ兵器取引に関わる人物だ。リグベーダはここから、彼自身に声がかかった時と同じ道を辿ろうとしていた。口笛で親交を深め、警戒心を解いた相手の本性を探る…かつて自身がされたことだ。

さらに組織で知ったことだが、口笛という口腔を楽器として発する音には、個人を特定できる「音紋」が刻まれているらしい。確かに口腔の大きさ,そこに配列する歯の状態,唇で形成される穴の形と大きさ,舌の長さと形,口腔内の空間と舌の位置を調整して出す音の癖…これらの全てが、他人で一致することはあり得ない。さらに口笛は、吹く人の精神状態を映す鏡としても機能する。そんな研究の蓄積もGにはあった。そしてそれは組織を離れた今でもリグベーダの頭の中に残っている。これを駆使した。

「いやぁいつもながら素敵な音色。崔(チェ)さんの口笛は、真っ直ぐで誠実な印象です。元はJ国ご出身と聞きましたが、元々はどんなお仕事を?」
「その頃は赤木と名乗り、漆塗りの職人でした。N国には好きで来た訳ではないのですが、私の技が塗装に広く応用できると評価してくださり、さらにはAIに技術を学習させる顧問にまで取り立てて頂きました。その意味で感謝はしているのですが、軍事偏重で市民の暮らしを顧みない所は、好きになれません。」

さらに彼の匂いは、私心なく義に殉じる覚悟を持つ人柄を示していた。それで同志になれると確信し、いよいよ本題を切り出した。

「貴方を漢と見込んでのご相談があります。キャリアどころか、人生を賭けて頂くお願いになりますが、聞いて頂けますか?」
「貴方に見込まれたとあっては断れませんね。いいですよ。で、何をしたらいいのですか?」
「えっ…詳しく聞いてからでなくて、よいのですか?とても危険なのですよ。」
「私をそこまで買ってくれたということですね。同時に私も、貴方を買っているのですよ。」

「N国の核兵器に水素燃料を導入できないか? 」という依頼に、崔は実に如才なく動いた。J国のミサイル迎撃態勢について上層部に、実際より充実していると巧みに伝え、推進速度を飛躍的に上げるにはどうすべき?という議論を巻き起こした。N国は、他国で軒並み核兵器が使用不能な事態に陥っていることを知らないので、「当然、水素燃料の導入が世界の潮流であり、それに追いつき追い越さねばならない!と、導入を決めた。

決めたからには早急に実験を行い、J国にその威力を見せ付けなくては意味がない。翌2082年、N国の威信をかけたミサイル実験は、なんと自国の領海内で爆発するという悲劇的な結末を迎えた。この未曾有の大失敗によりN国は核兵器廃絶のテーブルに付かざるを得ず、人類は平和裏に核を手放すことに成功した。


ではN国の指導者は失脚したのかといえばそうはならず、軍事偏重だったN国は、環境への影響がプラスだったので、核保有国でなくなることと併せ二重にG保険の恩恵を受けることができ、政権は持ちこたえた。そしてその失敗が教訓となり、職人や技術者を重宝する国へと急速な変貌を遂げたのだった。

だがその少し前、N国の政府高官と秘密裏に会う、崔の姿があった。
「申し上げます。我が国は今回を機に、技術立国へと舵を切るべきであります。」
「何?そんなことをしたら、我が国が世界から軽んじられてしまうではないか!その隙に、C国が攻め込んで来たら何とする?」
「心配は無用にございます。信頼できる筋から、実は現在、全核保有国で核が使用不能な状況にあるとの情報を得ています。我が国が大きく方針転換をする好機かと。」
「なんと!それは朗報だが、なぜそのような事態になったのだ?…何!するとおぬしは、それを知りつつ、我が国が水素燃料導入に動くのを傍観したというのか!!許せん。」
「お怒りごもっとも。処分は覚悟しております。申し訳ございません。」

その数ヶ月前、C国の政府高官に呼び止められる、リグベーダの姿があった。
「おい、ここ数日どこで何をしていた?」
「口笛協会の活動で、休暇を取ってN国の奏者と会っておりましたが何か?」
「とぼけても無駄だ。お前がそこで交わした会話はマイクロドローンで録音しておいた。言い逃れはできないぞ。」
「存じておりました。申し開きは致しません。いかなる処分もお受けする所存。」

5.突 破

翌2083年、ノーベル賞が以下の通り発表された。

【経済学賞】国別AIスコアリングモデルも含め、いわゆる「ジェントルメン保険」の仕組みを考案・構築したことに。これにより人類が、地球環境・軍事と協調し、経済的に発展する道を見出せた功績により。

【平和賞】同じく「ジェントルメン保険」考案・構築に。世界の核廃絶が実現する過程で、経済・財政的なセーフティーネットとして機能、関係国の判断を後押しした功績により。

経済学賞と平和賞の同時ダブル受賞は史上初で、世界は大いに沸き口々に喝采を送ったが、これに対し「ジェントルメン」が組織として初めて、このような公式声明を出した。


この度は世界の軍縮が大きく前進したこと、そしてこれが未来の地球環境の保全にも確たる好影響を与えるであろうこと、我々も世界市民として喜びに堪えません。これに我々が考案した保険の仕組みが貢献できたのであれば光栄なことです。この意味で今回の経済学賞は、謹んでお受けしたいと存じます。

ただ畏れながら、平和賞は辞退申し上げます。我々の保険は間接的に影響を与えたかもしれませんが、この喜ばしい結果を生み出した主役ではないからです。主役は他にいます。C国で囚われているI国のリグベーダ氏、N国の刑務所にいる崔氏のお2人です。両者は政治犯として判決を待つ状況ですが、我々は今回の平和賞に値するのは彼らだと考えます。それぞれ国家を危険に晒したテロリストとして、国体転覆の罪に問われていると聞きますが、我々は彼らの無実を知っていますし科学的に証明もできます。以下の論文を読めばそのことはご理解頂けるはずですし、我々は2人の判定データを提出できます。

【論文1】口笛の「音紋」による、個人認証と精神鑑定の仕組み
【論文2】人体が発する「匂い」が含む微粒子の解析で、特定の精神状態を証明する仕組み

彼らのように真に「人類のために最大の貢献をした人々」にこそノーベル賞が相応しいと考えますし、彼らは「ジェントルメン」構成員ではありませんが、我々は同じ志で活動していますので、その志が獄中で、国家の政治的な体面と誤解にまみれて朽ち果てるのを見過ごすわけにはまいりません。そうした想いを込めこの声明を送ります。関係する方々には、ぜひ熟考頂きたく存じます。

最後になりますが、釈放されれば「ジェントルメン」は両氏をメンバーに迎える所存です。我々の組織研究に余念のない方々には、この上ない朗報ではないでしょうか。また世界で我々と志を一にして日々ご尽力されている皆さまへも一言。我々の活動にご興味あれば、ぜひ口笛をお吹き下さい。近く開催するオンライン大会に動画をご投稿頂ければ、いつかお声掛けさせて頂くこともあろうかと。では、ご投稿を楽しみにしております。


大国にはもはやGを敵に回す余力も理由もなかった。両氏は、国際世論の強い後押しで解放され、初めて“顔が見える”構成員が誕生した。しかしこの後も引続き、組織の全貌が露呈することはなかった(理由は、既に皆さんがご存知の通り)。こうして幸い人類と地球は調和を取り戻したのであった。そして世界は、様々な口笛の音色で満たされた。

さて、解放されたリグベーダはI国に戻り、かかりつけ医の診断を受けていた。
「なんと!持病の免疫疾患が収まっていますぞ。自身への攻撃が完全に止んでいます!」
「本当か!!難病ゆえ原因不明、根治不可能と思っていたが…不思議なことがあるものよ。
どこかで信頼が崩れ、本来調和していたシステムが綻んだのであろう。信頼というのは、実に侮れないものだな。」
「但しお気を付け下さい。これは寛解といって治癒ではありません。ゆえにいつまた症状が再発するか分かりませんので。くどいようですが我が父の例もございます。」
「うむ…調和が崩れる兆しには十分注意しよう。心配は無用じゃカオル先生。そう言えば今回共に話題になった崔という男、先生と同じJ国生まれだそうですぞ。」

リグベーダの往診を終えた帰り道、カオルは久々に口笛を吹いている自分に気づいた。父の話を聞いたからか…そういえば口笛を吹くといつも、亡き父の思い出が仄かに薫る。「ジェントルメン」創始者だった父ギイチの影が。


◆最後までお読みくださり、心より感謝いたします!!
よければこちらも併せて、お読み頂けますと嬉しいです◆
「ジェントルメン」第2話:人間展開①~ギイチとクロエ
「ジェントルメン」第3話:人間展開②~レオナとカオル

併せて『ジェントルメン』に繋がる序章、ご興味あればぜひ。
(これは創作大賞2023:ミステリー小説部門の応募作品です)
口笛SFミステリー小説①『犯人はスイミー?』
第1部:証拠篇第2部:闇堕篇第3部:決着篇

#創作大賞2023 #漫画原作部門

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