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「ジェントルメン」第3話:人間展開②~レオナとカオル

窓辺にもたれ口笛を吹いていたら、メジロが応えてくれた。あの愛らしいシルエットが大好きだ。若草色の羽も声もいい。全身で春を体現していると思う。
「あぁ、なんてありがたき幸せ…って、小市民だなぁ私。」
 
未曽有の感染症で授業が在宅になって2年…世界は激変した。例えばアフリカの口笛仲間から届く悲惨な状況をこの国では報じない。世界的な感染爆発で誰も関心がないようだ。
「あぁ、弱い立場の人はこうして見捨てられるのか。」
 
人だけでなく地球も長く捨て置かれた。そんな無関心が自然を狂暴化させてしまった。
「気候変動リスクを抱えるのは発展途上国ばかり。国土が消えそうな国まであるわ。このままでは星ごとダメになる。何か私に出来ることはない?」

 

そんな想いを抱いて大人になった私は、2060年、ある人物とのインタビューに臨もうとしていた。
 
「いらっしゃい、レオナさん。J国からようこそ。今日は来てくれて嬉しいわ。」
…私も嬉しいです。お招き頂き感謝します。お力添えを頂いて以来、早8年になります。
 
「あれはとても良い提案だったわ。おかげで貴方をもっと知りたくなりました。」
…かしこまりました。何からお話ししましょう。
 
「まず貴方は、鳥類学者でAIエンジニアよね。なぜ?」
…幼少から口笛で、私は鳥と友達でした。そして在学中に地球が壊れる様に心痛め、同じ星に住む仲間として鳥と一緒に働きたくて、AIも学びました。
 
「凄い発想ね。それでAIに何を期待したのかしら。」
…鳥も見分けられない、鳥型ロボットの頭脳にしようと。
 
「AIで鳥の脳を再現するのは難しいと思うけど。」
…仰る通り。人間が理解した鳥の能力は僅かなので、もっとデータを取らねばと、鳥に小型カメラを取り付けました。
 
「すると様々なものが写り込んで、個人情報や機密にふれそうだわ。」
…写すのは鳥に限定。通信前にカメラ内でモデル化処理も施しています。
 
「考えたわね。それなら万一情報が漏れても使えないわ。」
…勿論、最初から鳥が同類と思うはずがありません。そこでロボット側のAIが【鳥がロボットを異物と見做した瞬間と行動】を探知するよう設定。そして鳥側のAIは【不完全でも鳥型ロボットは鳥と見做す】設定にして、互いのAIデータを競わせて改良しました。
 
「【敵対的逆強化学習】の応用ね。でも必要なデータ量を集めるのに膨大な時間がかかるわ。」
…ゲームエンジニアとメタバース空間に【AI学習用のデジタルツイン環境】を作り、改良を加速させました。
 
「すごい発想ね。でもその環境自体に欠落があったらどうするの?」
…全体を俯瞰する別のAIがデジタル環境と現実データの差を分析、足りないパラメータを追加して、自動的に改善が進むよう設計しました。
 
「抜かりはないのね。鳥の脳に近いAIができる所は分かったわ。でも本当に精緻な鳥型ロボットを作るには、工学技術も必要になりそう。」
…そこは夫のギイチに。彼は精神科医で獣医でもあり、戦争や災害で傷ついた鳥用に、脳と繋いで動く人工翼も自分で開発していましたから。彼の協力を得て2050年に鳥ロボが完成しました。
 
「まぁ素敵!素晴らしいパートナーと出逢えたわね!!では貴方の理想と、そこへ向かう戦略を知りたいの。」
…私は学生時代から南北問題こそ解決すべきで、持たざる者の自立を理想と考えていました。しかい若い頃は国の助成に頼りきりで…そんな私を原点に戻してくれたのが息子カオルです。彼はプロのサッカー選手ですが、自身がアトピーゆえ美容への関心を深め、微生物の研究者でもあります。彼が去年この国へ移籍した際、母国の化粧品会社が球団を協賛した背景にはそんな経緯がありました。私は母国で育んだ技術を活かして、この国を南北問題解決のモデルにしたいです。
 
「色々繋がったわ。それで私と貴方が出会ったのね。」
…仰せの通り。2052年まず母国を動かし、貧しいが鳥類資源の豊富な国だけで【鳥類資源保全条約】を締結、私たちの知財を加盟国に利用可能としました。これには大国の反対を予想しましたが、お力添えを頂いたおかげで成立。思えばその数年前、災害や戦禍による鳥類被害の甚大さに全会一致で【鳥類保護条約】が成立した際、戦禍当時国が【平時のみ有効、戦時は適用外】と条件を付けたことへの怒りが追い風だったのかもしれません。
 
「おかげで我が国の連邦にも独自の産業基盤ができました。鳥ロボで災害予測の精度が上がり、諦めかけた一次産業も復活。貴方のように優れた人材も集まっています。地雷の撤去で次代を担う若者の命も守れているのよ。本当に感謝しています。」
…なんて勿体ないお言葉を。私は幼少時に苛められ、人間より鳥と遊び、鳴き真似から口笛を覚えました。そのおかげで感性が似た人と通じ合えるようになったので、鳥が私の居場所を作ってくれたようなものなのです。だから鳥の研究で同様に悩む人の力になれたなら、望外の喜びです。
 
「そうだったの…では貴方の本当の狙いを訊きたいの。ついては相応の覚悟が必要だと思うから、貴方のやり方で納得ゆくまでこの部屋を調べて頂いて構わないわ。」
…かしこまりました。ではお言葉に甘えてこの子を飛ばします。
 
「手乗り文鳥が探知機センサーだったのね。気の済むまでどうぞ。」
…部屋の中は大丈夫ですが、扉の外に控えて居られる方はどなたでしょう?
「えっ!?まさか…私が確認するわ。」
 
「さっき話した優れた人材の一人でした。虫類学者で、私への報告があって控えていたようなの。気になるなら扉に鍵をかけ、奥でお話しても構わないけど。」
…お願いできますか?その方が安心できます。


「ではここで。貴方は最初、地球が壊れる様に心が痛むと言った。まだ夢の途中だと思うけど。」
…ご推察の通り、私の鳥たちが本領を発揮するのはここから。我々以外には鳥と鳥ロボは区別できないので、鳥ロボの捕獲にはどうしても【鳥類保護条約】が禁じる鳥の殺傷を伴います。万が一捕獲できても解体と同時にAIが無効化。重要パーツは通電が途切れたら分解する素材で制作され複製は不可能と言えます。
 
「複製?それをするのは先進国だけど、まだ鳥ロボはないはず…まさか!もういるの?」
…ご明察。渡り鳥型を実用化し潜入済で、これは条約違反に当たりません。
 
「驚いたわ。でも何のため?情報収集位しか出来ないわよね。」
…それが彼らの任務です。先進国でカラスをひたすら観察し、各国に合わせた都市モデルのリリース準備が整いました。
 
「核心に近づいているように思うけど、それで何をしたいの?」
…途上国の鳥類由来でない知財は【鳥類資源保全条約】の制約を受けません。つまり先進国に販売できるのです。さらにこのモデルに限り、先進国でも個人が製造できる仕様を公開します。
 
「何ですって!つまり先進国に鳥ロボを普及させたいのね。でも誰が何の為に使うの?もうドローンが浸透しているし。」
…鳥害防止,種苗の不正流出防止,大規模な山火事の早期発見など。ちなみに他の飛翔体を自動回避できる為、ドローンと異なり航空管制を受けません。
 
「どれも差し迫った必要ではないわね。それは表向きで本音は別にある気がするわ。」
…流石です。お察しの通りこれは公表用。真の理由は軍事目的です。
 
「えっ!どういうこと?兵器として先進国を強化するの?」
…逆です。先進国の核兵器を“無害化”する切り札です。
 
「無害化?それ自体が兵器ではなく、核兵器の害を無くすのね。害は膨大な軍事予算かしら。」
…その通り。核兵器の費用を環境保全等に回せます。
 
「確かにそうだけど、鳥ロボとの繋がりが見えないわ。」
…失礼しました。国民を蔑ろにする国は核兵器を発動できません。見捨てられた国民が鳥ロボを“守り専門の兵器”として使うからです。
 
「攻撃はできないの?」
…はい。鳥ロボも昔からの3原則を踏襲しています。
【その1:人間に危害を加えない】
AIで人間探知を禁じています。
【その2:人間に与えられた命令に服従しなければならない】
人間が開発したAIが頭脳で、その指示から外れた行動は取れません。
【その3:以上2点に反する恐れがない限り自己を守らなければならない】
予めAIに設定されていない限り、自爆誘導はできません。
以上より、攻撃用兵器にはなり得ません。
 
「ではどうやって核兵器の抑止力に?もしかしてAIがそう設定されているの?」
…はい。鳥の電磁波感知能力で、兵器が発する放射線を感知します。発射直前に閾値を超えたら、異常を確認すべく発信元へ一目散に向かうように設定。核兵器がどんな形態でも、国内全ての鳥ロボが一斉に群がったらどうでしょう?軌道計算が僅かでも狂えば大問題。最悪、域内で爆発するかもしれません。
 
「悪意が使えば兵器になる。だから平素から国民に悪意を抱かせない政治が必要なのね。」
…統治者が誰も見捨てなければ心配は無用。しかし少数を見捨てるのが政治と心得た人には強力な抑止でしょう。
 
「やっと狙いが分かったわ。話し切ったかしら。」
…女王様に全てをお聞き頂き、思い残すことはありません。逮捕されますか?
 
「どうして?強く共感します。ぜひ私の国の連邦で産業振興の顧問になって欲しいの。引き受けて下さる?」
…それは、ありがたき幸せ!ふふっ、私が人前でこの言葉を使うとは。心から有難く、幸せです。

 

これは生前、母に聞いた話です。彼女は世界を大きく変え、途上国という言葉が使われなくなったことを誇りに思っていました。母が亡くなって10年。それを機に父の微生物型ロボットの医療応用を進め、ついに私も母と同じ役職に就きます。
 
「小さく弱きものへ人間性を展開せよ」母の墓標にある言葉です。父母と3人で培った技術と想いを継ぎ、この国から世界を変え続けたい。これまでサッカー選手のカオルを応援下さり感謝します。本日はお集まり頂き、有難うございました!


◆最後までお読みくださり、心より感謝いたします!!
よければこちらも併せて、お読み頂けますと嬉しいです◆
「ジェントルメン」第1話:Gと呼ばれる国籍不明の科学者ギルド
「ジェントルメン」第2話:人間展開①~ギイチとクロエ

併せて『ジェントルメン』に繋がる序章、ご興味あればぜひ。
(これは創作大賞2023:ミステリー小説部門の応募作品です)
口笛SFミステリー小説①『犯人はスイミー?』
第1部:証拠篇第2部:闇堕篇第3部:決着篇

#創作大賞2023

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