サムネイル_春の路地におります_

春の路地におります

季節が、あっという間に過ぎていく。

この詩は、春に書かれた詩だ。なぜいまごろになって公開するのか、ということにはいくつかの理由があるが、それをここで語っても仕方ない。

詩の書き方には、いくつかあると思う。机に向かってひたすら、うんうんとうなりながら書く方法。あるいは、最近はスマホの画面を見つめて、なかにはTwitterの投稿画面とにらめっこして、パッパッパと書く人もいるようだが、そうやって、自らの想像力をたよりに(あるいはそれは言葉の連想でもあるかもしれない)書いていく方法。

もう一方は、外に出て書く方法だ。それは風景をスケッチする、というものに近い。言葉から連想していく方法もあれば、目の前の風景から連想していく方法もあるということだ。僕はこの春あたりから街を積極的に歩くことにしている。もともと散歩が好きだということもあるが、もっと意識的に風景を見つめながら歩くのだ。ジョギングを趣味にしようとしたこともあるし、サイクリングも好きだ。しかし、そのスピードでは簡単に行き過ぎてしまう。歩くスピードでこそ、とらえられる、あるいは立ち止まって物を見ることができる。そういう時間を得ることができるのが、「歩く」ということの醍醐味だ。

だから、僕はなるべく旅も、歩くことにしている。電車も、青春18きっぷなどで、鈍行で行く。新幹線でぴゅーっと行ってしまっては見落としてしまう風景がそこにはたくさんあるからだ。車で移動すれば、早いし、楽だが、やはり歩いて見なければわからないものがある。僕が旅をするのは、かつての詩人らが見たもの感じたものを追体験しようとするものが多いから、より、当時の彼等が体験したかたちに近いものにしようとする狙いもある。

ともあれ、歩きながら、物を見て、言葉を口にしながら、それをさらには味わいながら歩くことの楽しさ、そして、それを立ち止まってノートに書きながら「ああ、そうか、そうじゃないか」ということを自分のなかで飲み込みながら書くことの喜びは、何物にも代えがたいものだ。これは、ぜひ多くの人にやってみてもらいたい。夜の小道でぶつぶつ言って立ち止まってノートになにやら書いている姿は不審者そのものだが、そんなことを気にしていたら何も楽しめない。

この町には、こんなに面白いものがたくさんあるんだ。それと、僕たちは会話することができる。そんな楽しみを、詩を書きながら見つけたような気がした。今回の詩は、そうやって書かれた。そして、これも、吉増剛造さんから学んだことだ。

 東京をもうとにかく歩いたというのは、今ぱっと思い出したけど、アメリカで歩けないことの反動だったね。パリなんかは歩けるからいいけど、アメリカはニューヨークを除いては歩けない。もうどんなにかつらいか。走っていればいいのよ。スニーカーを履いてランニングしていれば普通の日常として許してくれるのよ。ただぼーっと歩いていると、この間ベトナムから還って来た変なやつと一緒なんだよ。歩いているということ自体が犯罪的なんだよ。それがもう身にしみて嫌で。
 だから、作品史でいうと、『静かな場所』は、そのものすごい苦しいときに、本当にもう一歩行くと狂うというようなときにアメリカで書いた作品。
 で、七九年から半年間滞在して、八〇年の四月に帰ってきて、歩くことの本当の喜びで書いたのが『大病院』でした。もちろんその前から、基本的には書斎で書くなんていうのは思考が動かないから、歩いてるとき、あるいは電車に乗って立って書くのね。宮澤賢治や中原中也もそうだけど、それは思考が働きますよ。書斎で書いているときにも歩いている状態になってきていると言えます。だから、歩行とかステップとかサイドステップとか、詩句の傍らに点を振るのなんかもそういう歩行の痕跡ですね。そこには間違いなく、歩行が厳然として根幹にあります。(吉増剛造『我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ!』講談社現代新書 2016年4月)

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