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許してあげよう、認めてあげよう。
オレの中には、大きく分けて2つの人格があると感じている。
1つは、目立ちたがり屋で、周りの人々から一目置かれたい・認められたいと感じている人格。
もう1つは、周りの目など関係なく、自分の純粋な興味や好奇心に従ってありのままに生きたいと感じている人格である。
オレは前者の、周りの目を気にする承認欲求の塊である人格が許せなかった。
確かにコイツのおかげで、成長することもできたし、いろんなことにチャレンジする勇気ももらえたと思っている。
具体的に言えば、「アイツおしゃれだなぁ」と思われたいからファッションセンスに磨きがかかったし、「マルチな才能を持っている人」に憧れを抱いているから、さまざまなことに挑戦できた。
けれども、常に周りの人間からどう思われているのか、特にネガティブな印象を持たれていないかを気にしているところが本当に嫌いだった。
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だから、ありのままに生きたいと思っている人格ばかりにフォーカスを当てて、人から認められたいと思っている人格をなおざりにしてきたのである。
でも、この言葉にハッとさせられた。
人から評価されたいっていう自分も
認められるようになるといいね
そうか、認めていいんだ、なんでオレはその人格を抑圧しようとしていたんだろうか。
確かに、承認欲求に振り回される自分が嫌だったというのはある。
就活を通じて自分の人生を振り返った時、この感情が強過ぎて振り回されていたな…とも感じた。
まるで自分の芯がなく、タンポポの綿毛のようにふわりふわりと流されてしまう自分に嫌気がさしていたのだ。
でも、「人から認められたい」なんていうのは、人間にとってごくありふれた普通の欲求でしかない。
いいじゃないか、「ありのままに生きたいと持っている自分」も、「人から認められたいと思っている自分」も、全部「本当のオレ」なんだから。
春の暖かな陽気に優しく包み込まれるように、「人から認められたい」と思っている自分を受け入れられるようになれる気がした、そんな昼下がりのことだった。
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