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書評

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#児童虐待

町田そのこ(2020)『52ヘルツのクジラたち』中央公論新社



ただひたすらに愛を注がれるべき子どもの時期に、ある種の異常な状態におかれた人々の、"普通"ではない人生を描く物語。親と子、その間の愛着というものは人間の成長に計り知れない影響を及ぼす。愛着障害という語を引くまでもなく実感として余りにもあり溢れている。

人を一人育てると言うことは確かに全く簡単なことではない。その重圧に親のほうが押し潰されてしまうことは果たしてどうすれば避けられるのだろうか。社

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一木けい(2020)『全部ゆるせたらいいのに』新潮社



別に望んでなんかいないのに、子どもは両親を選べなくて、しかもその家族の中で人間として自らが形作られていく。暴力を受けた覚えしかない父親でも、どうして死んだら悲しいのだろう。何を後悔しているというのだろう。

不可解な感情を呼び起こすのも、「家族」というものの魔力だ。体の奥底に染み付いた呪いのような、でも祝福されるべき絆。強すぎるゆえに、凶器にでもなり、宝物にでもなる。受け入れられるわけないのに

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塩崎恭久(2020)『「真に」子どもにやさしい国をめざして』未来叢書



児童虐待防止のため、児童福祉法の抜本改正を成し遂げた国会議員の物語。政治と行政の関係性の一つの理想的で象徴的な記録として、そして我が国の子ども達のための戦いの参考書として価値の大きい一冊。

「子ども」という、票にも金にもならない政策分野は、俗な活動家や政治家には見向きもされず社会変革の駆動力に欠ける状態が続いてきた。それが児童虐待死事件や少子化を生みだし、我が国社会は危機的状況にある。いま一

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中田永一(2013)『くちびるに歌を』小学館文庫



長崎県五島列島の中学合唱部を舞台にした青春小説。大会に向けた日々という定番のシナリオでありつつも、発達障害やリベンジポルノといった現代の課題を織り交ぜた課題図書にしたい一冊。

傍論になるが、「くちびる」という体の部位について。映画『さよならくちびる』とも通ずるが、歌を題材にした作品で印象的に使われるくちびるという言葉にどこか聖なる感覚を抱いてしまう。すべての音がそこから始まり、拡がっていく。

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仁藤夢乃(2014)『女子高生の裏社会:「関係性の貧困」に生きる少女たち』光文社



2013年に警察の補導対象となり、一時世間の話題をさらったJK産業。その内情を当事者である女子高生たちのインタビューから構成した一冊。その子なりの悩みに向き合ってくれる大人のいない青少年たちの状況を「関係性の貧困」と呼び、日本では風俗関連産業が表社会よりもむしろ居場所を提供する仮面的な社会福祉を担ってしまっている現実を指弾する。

表のスカウト、やってみませんか?未だに生活困窮者へのアプローチ

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凪良ゆう(2019)『流浪の月』東京創元社



2020年、本屋大賞受賞作。間違いのない傑作でした。社会というものを構成する周囲の人間たちの、どうしようにも拭えない「偏見」を描きます。しかしここの偏見は、決して汚いものではなく、正しく清らかなものであることがどうにももどかしく、世界のありのままの姿を私たちは見させられます。

いま知らず知らずのうちにあなたが思い考えることは、果たして本当に目の前の誰かを救っていますか。「せっかくの善意」は、

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窪美澄(2019)『やめるときも、すこやかなるときも』集英社文庫



きっと誰にでもある、人間としての生身の部分。その核心に、幸運にして触れられた誰かとのかけがえのない関係。もちろん決して打算や利己心がないわけじゃないけど、それでも二つの矢印がうまくかみ合ったという奇跡。

そして、もう一つ深く考えるのは、家庭環境のこころや性格を規定する力の強さ。児童虐待の家庭で育つ子どもの発するひかり、異なる生活基盤で育まれた他者の存在への想像力。大きい光、小さい光、様々な光

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