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文学作品

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高校生の頃に作ったものを手直ししています。あとは最近の作品です。
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#眠れない夜に

僕の未来予想図⑦

僕の未来予想図⑦

新人の朝は早い。僕の朝は職場の床掃除から始まった。6時起床、6時半自転車で出勤、7時に朝の掃除開始。就職後から毎日続けている、僕の朝の業務だ。一通り掃除を済ませると、お湯を沸かして、台所の湯飲みを片付ける。先輩たちは時々深夜まで仕事をしていて、各自の机に置きっぱなしのお茶を片付けるのも僕の朝の業務の一つだ。急いで朝の業務を済ませると、僕は机に置いた冊子に目を通した。先輩が来るまでに判例の問題点と解

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僕の未来予想図⑥

僕の未来予想図⑥

平凡に過ぎていく日常、そんな日の終わりはあっけなく訪れた。
きっかけは先週やってきたカネさんの知り合いだった。突然現れたその人の横には人懐っこそうな笑顔のオジサンと、6歳くらいのオトコの子が並んで立っていた。オジサンは少し頭が弱いのか、頭を下げてひたすら笑顔でへえ、へえと言うだけだった。聞けば嫁さんに逃げられた挙句、家賃も払えずに部屋を追い出され、行き場所もなくなったそうだ。だからしばらくの間この

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僕の未来予想図⑤

僕の未来予想図⑤

僕がここの工場にたどり着いて数日、カネさん夫婦は僕の話を真剣に聞いてくれた。奥さんは声を上げて泣いてくれて、カネさんはすごく優しい笑顔で肩を叩いて励ましてくれた。
「もうナンも心配いらんよ。好きなだけココにいて良いから。修クン、ナンもないけど、ココでゆっくりしてきんさい。」
カネさんの言葉に、ようやく僕は救われたような気がした。気づけば僕も、声を上げて泣いていた。それは忘れていた涙だった。数年ぶり

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僕の未来予想図④

僕の未来予想図④

小さな頃から、作り笑いが得意だった。今にして思えば、自分が生き抜くために覚えた術だったのだと思う。笑いたくて笑うのではない。自分の感情を抑えるのに必死だった。そして相手の感情を理解するのも大変だった。

生まれ育った家庭は裕福だったと思う。オモチャでも服でも、多分モノなら何でもあったんだと思う。ただ愛情だけが、そこにはなかった。あったのは歪んだ愛情だけだった。父親を名乗った人は頭が良く、日々の努力

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僕の未来予想図③

僕の未来予想図③

僕は班長の金田さんを尊敬と感謝の想いを込めていつもカネさんと呼んでいた。
「カネさん、奥さんと籍は入れないんですか?」
いつだったか、昼食時に話の弾みで奥さんから籍を入れていないことを聞かされた僕は、思い切って金田さんに聞いてみたことがあった。
「ウン?そうね、籍ね。そりゃオレだって入れたいよ。でもね脩クン、この国には戸籍とか色々と厄介なことが色々アンのよ。それにオレはもうアイツに何も余計な迷惑か

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僕の未来予想図②

僕の未来予想図②

いつだったか、偶然見かけたテレビには南国のジャングルの様子が映し出されていた。夏の強い日差しでも入り込まないような鬱蒼と茂る樹々に、姿の見えない鳥たちのけたたましい鳴き声、すぐ近くで響く肉食獣の唸り声。そんな世界で画面に映る記者の頬には汗が伝い、白い上着が肌にはり付いた様子が熱と湿気のひどさを伝えていた。喧騒やまず湿った熱気が辺りに立ち込める世界、そんな世界が僕のそばにもある。この数年僕が勤めてい

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僕の未来予想図①

僕の未来予想図①

その日の駅前は、いつもより少しだけ騒がしかった。大声が響き渡る訳ではない。叫びあっている訳でもない。ただただ辺りの人が一様にざわめている。皆一様に不安の色を浮かべて、皆一様に駅ビルの大型モニタを眺めていた。そこには時の首相の疲れたような、苦痛に満ちた顔が浮かんでいた。辺りには首相の絞るような声が静かに届いていた。

「どうか国民のみなさん、この厳しい状況を理解し、我々に力を貸して下さい。このままで

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迷子になった話

迷子になった話

それはボクが小学2年生の頃の話だ。
当時は結構ワイルドな時代だったから、小学低学年のこどもの遊びで探検ごっこが流行っていた。夜のテレビで何かしらの財宝を探しに行ったとかいう番組があると、しばらくは近所の山や谷に数人で冒険の旅に出かけるのだ。

何かしら宝物が見つかるわけではない。それよりも、どこまで遠くに行ったのか。どんな目にあったのかの方が重要視された。一言で言うならオレって勇気あるだろ、の自慢

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ヨミの国からこんにちは、の話

ヨミの国からこんにちは、の話

目覚めると、ボクは色のない世界にいた。

見回すと辺りは霧がかかったように霞んでいて、先が見渡せなかった。それに耳を澄ますと、音がない。ボクの足音すら聞こえない、そんな不思議な世界にボクはいた。

奇妙な感覚に馴染めず、手で顔を覆ってみた。微かに肌の感触があった。でもボクの指先は微かに透けていた。足元をみると、靴の先が消えてなくなって見えた。

不思議な世界だ。夢でも見てるのだろうか。頼りない世界

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中学生、淡い初恋の思い出

中学生、淡い初恋の思い出

初恋の思い出。僕の初恋は普通じゃないって良く言われる。

近所の戸建てで暮らしていた、奔放自由に振る舞うネコ、彼女が僕の淡い思い出。
おいおい、ってたかがネコという勿れ。その澄んだ目、碧い瞳、気分でコロコロ変わる丸い目に、僕はもうすっかり釘付けだった。
しかも毛並みと言ったら、銀色がかった灰色で、艶やかに陽の光に映えるのだ。華奢な胸元からくびれた腰へのラインは、若き日の盛りを語っていた。ゆったりと

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