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迷子になった話

それはボクが小学2年生の頃の話だ。
当時は結構ワイルドな時代だったから、小学低学年のこどもの遊びで探検ごっこが流行っていた。夜のテレビで何かしらの財宝を探しに行ったとかいう番組があると、しばらくは近所の山や谷に数人で冒険の旅に出かけるのだ。

何かしら宝物が見つかるわけではない。それよりも、どこまで遠くに行ったのか。どんな目にあったのかの方が重要視された。一言で言うならオレって勇気あるだろ、の自慢選手権だ。懐中電灯は場の雰囲気を持ち上げる必須アイテムだ。見方の分からない地図も持ってるだけでスゲーっと言われた。他にも子どもでも携帯可能な小さなショベルや荷物を格納するリュック、途中で山分けして食べる駄菓子なんかが人気だった。秋口の夕方、陽が落ちるのが早くなれば田舎の夜道は暗い。不安や恐怖と隣り合わせになりながら、友達数人と細い山道を平気な顔で帰るのは楽しかった。

ある日のこと、いつものようにボクらは学校帰りに集まった。すると近所に住む一つ下の女の子が自分も行きたいと言い出した。男女平等という言葉のない世界にあって、運動能力の劣る年下のヤツを連れて行くのは小学低学年児には容易なことではない。一緒だった友人たちは当然みな嫌がってさっさと行ってしまった。ボクはその子を一人置いていくのが何か申し訳ないように思えた。その子のアニキが3つ上で、何かとボクを助けてくれる頼もしい人だったからだ。妹の面倒をみるアニキはカッコ良い、そんな周囲の評判を日ごろから聞いていたボクは何とかしなきゃと思ったのだろう。

二人しかいなかったので、とりあえず家の裏山のコースにしてみた。ソコは先月行ったところで、大体の道の見当はつくからだ。天気はあいにくの曇り空で、陽が傾きつつある時刻だったのでそう遠くへは行けない。ボクはその子の手を取ると、覚えのある道を進んでいった。

林を抜けて裏山の道を進むと、道が二手に分かれていた。ココを左手に行けば、そう時間もかからずに家のそばの道に出られる。ボクがコッチだよ、そう言うと彼女は、私はコッチが良い、と違う道を指さした。右手の道は先が分からないが、午後の陽ざしを受けて木漏れ陽をうけた道端の樹々が輝いていた。ボクは迷ったが少しくらい大丈夫だろう、そう思って右手の道を行くことにした。明日ボクらを置いていったアイツらに自慢してやろう、そんな風に考えていたのかもしれない。

道を進むと樹々の重なりが増えて暗くなってきた。知らない道ってのはそれだけでも不安になる。時折聞こえるカラスの鳴き声がボクをさらに不安にさせた。ボクは彼女にどうしてコッチの道が良かったの?と聞いてみた。すると誰かが私たちを呼んでたのって、彼女はそう答えた。

ボクは背筋が寒くなった。彼女は下を向いたまま何も話そうとしない。手をしっかりと握ったままで、何か怖いことがあったような風だった。気づかなかった…後悔もつかの間、遠くに人影が見えた。手に何かの棒を持った年寄りに見えた。何か大声で叫びながらコッチに近づいてくる。クルナ、クルナ、そう言っているようにも聞こえた。

逃げよう、ボクは彼女にそう言うと、もと来た道を走り出した。彼女が転ばないように、彼女の横に並ぶようにして二人で必死に走った。どれくらい走ったのかも覚えていない。気づいたら辺りは夕焼け色に染まっていた。辺りに人影はなく、もう何の声も聞こえなかった。僕らは振り返らず早足で家路を急いだ。

翌日、彼女のアニキはありがとうと言ってボクを褒めてくれた。でも彼女には何があったのか、聞く機会はなかった。怖くて聞けなかったのかもしれない。やがて探検ごっこはブームが去ってしまい、僕たちの興味はほかの遊びへと移っていった。何年かして、彼女の家は転勤で引っ越してしまった。今となっては名前も顔も思い出せない。彼女が誰に何て呼ばれたのか、あの人は何者だったのか、微かな記憶の中で謎だけが鮮明に残っている。

不思議なことに、それから随分と経ってボクが父と山菜取りに出かけた時だ。あの山道に来たと思ったら、右手にはあの道がなかった。父に聞くと、右側の森には神社があって、ボクらは勝手に入ってはいけないのだそうだ。ココに道があったんだ、そう言うと父は不思議そうな顔でボクを見た。あの道はどこに行ってしまったのだろう。

子どもの頃の記憶は時として曖昧あいまいかすみの向こうをみるような心地になる。


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