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ヨミの国からこんにちは、の話

目覚めると、ボクは色のない世界にいた。

見回すと辺りは霧がかかったように霞んでいて、先が見渡せなかった。それに耳を澄ますと、音がない。ボクの足音すら聞こえない、そんな不思議な世界にボクはいた。

奇妙な感覚に馴染めず、手で顔を覆ってみた。微かに肌の感触があった。でもボクの指先は微かに透けていた。足元をみると、靴の先が消えてなくなって見えた。

不思議な世界だ。夢でも見てるのだろうか。頼りない世界の在りように、ボクは昨日の記憶を思い出そうとした。仕事帰りの道の途中。雨上がりの暗闇を街頭が照らす。人気のない交差点。渡ろうと歩いた。ライトの点いてないトラック。タイヤのきしむ音。そこで思考の流れは途絶えた。

轢かれたんだ…
ぼんやりと、そんなことを考えた。意外と普通だった。どうやらボクには生への執着が乏しいようだ。するとココは死後の世界なんだ。きっとボクが神様なんて信じてないから、三途の川も天使も現れないのだろう。果てしなく続く無の世界に一人たたずむボクがいて、時が経つのを感じさせるモノすらここにはなかった。

何もない世界で何もしないのも退屈だ。ボクは飽き性のせいか、何もしないのも好きだが、延々と何もしないのは無理だった。歩き出そうとした。でも足が重い。思うように動いてくれない。何とか歩を進めようとする。地面の感触が鈍い。どこへ進むのかも分からなかった…

そこで、ボクは目覚めた。眼前には見慣れない白い天井に殺風景な部屋が広がっていた。そうだ、ボクは地方に出張に来てたんだ。

夢か。

時計を見た。朝の5時だった。夢の中の記憶が脳内で揺れた。不思議な世界に不思議な記憶。寝ようとも思えず、ボクはシャワーを浴びると早々にチェックアウトを済ませて帰りの列車を待った。

夕に部屋に帰ってきたボクは、テレビのニュースを見ていた。画面にはボクが泊まっていたホテルが映し出されていた。窓から黒煙をまとった炎が上がっている。上の階にいた宿泊客が数名亡くなったようだ。ボクの泊まった部屋の辺りも煙に包まれていた…

ボクは助かったのか、それとも助けられたのだろうか。でも昨夜のボクの記憶は何だったんだろう?透けない指先を見つめ、ボクはぼんやりとそう思った。


(題絵はふうちゃんさん)


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