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僕の未来予想図①

今や日本人の平均年齢は48歳です。今後日本はいち早く高齢化社会へと突入し世界をリードしてしまう…という悲しい展開を迎えます。そんな不透明な社会情勢を反映した本作品、ウソのようでありえなくもない近未来の姿をお楽しみください。

今回はちと本格的なヤツに挑戦したくなりました。

その日の駅前は、いつもより少しだけ騒がしかった。大声が響き渡る訳ではない。叫びあっている訳でもない。ただただ辺りの人が一様にざわめている。皆一様に不安の色を浮かべて、皆一様に駅ビルの大型モニタを眺めていた。そこには時の首相の疲れたような、苦痛に満ちた顔が浮かんでいた。辺りには首相の絞るような声が静かに届いていた。

「どうか国民のみなさん、この厳しい状況を理解し、我々に力を貸して下さい。このままでは、この日本という国が滅びてしまうことになります。皆さん、健康に長生きしてください。そして最後の一日まで、ともに手をとりあって元気に生きていこうではありませんか。」

ただ事ではなさそうだ。演説の様子と、それを聞く人々の姿が私をそんな気にさせた。改札の入り口では新聞各社が号外、号外と声を張り上げて出てくる人たちに記事を撒いていた。人込みに交じって記事を取りに行く気にもなれず、見たいとも思わなかった。僕は私は首相の演説を背後に聞きながら、静かに家への道を急いだ。道行く人は皆表情が冴えず、各々思いに沈んでいるように見えた。自分には関係ない、関係のないことだ。何度かそう言い続けて、ふと思った。いったい僕はいつからこうなってしまったのだろう?

朝になり、僕はいつものように電車に乗り込んでいた。過去の経験から、僕は余計な面倒事には極力関わらないような対応をして生きていた。それでも一人の時には気にならなかったが、車内のあちこちで昨日の演説について話し合う声が聞こえた。いつもなら静かに画面と向き合うだけの人々が、何かしら話し合っていた。中には見知らぬ隣の席同士で議論し合う姿まで見かけた。到底結論などでるはずもなかい議論を繰り広げる彼らの姿は、不安から目をそらすようで滑稽こっけいにすら見えた。僕はため息をついてドアに半身を投げると、画面に映るニュース速報に目を通した。

「首相、高齢化社会と本格的な戦いを開始」
「現代の姥捨て山再び」
「法案は若者の救世主か」
どの見出しも刺激的かつ挑発的な文言が並んでいた。隣の背広姿の男が広げた新聞記事には全く違った表現が並んでいた。
「首相、狂気の老人差別」
「年寄りは死ねば良いというのか?傲慢ごうまんな政府に鉄槌てっついを!!」
同じように刺激的だが、こちらは高齢者の危機意識を助長するような表現ばかりだった。

届ける相手が違うのだ。記事を比べれば、僕にはメディアが誰をターゲットにしているかを端的に表現しているように見えた。社会の分断、見えない分断。こんなところでも世代間の格差や分断が見て取れるようになった。新聞を読むのは中年以降の旧世代が中心だ。購読者の目に優しい記事になるのは当然だろう。一方ネットニュースの対象は10台20台の新世代が多い。増えすぎた高齢者の面倒を押し付けられて疲弊した社会には嫌気がさしているだろう、と言わんばかりの過激な口調が彼らの憤懣ふんまんやる方ない思いを代弁しているようだった。

表現は異なれど、記事の内容は似たようなものだった。年々増加の一途をたどる高齢者問題は年金、医療制度を圧迫し、政府もようやくここに来て財政破綻の可能性を口にするようになった。政治家である以上、投票率の高い高齢者に反旗を翻すことは自殺行為なのだが、首相は今の国民人気なら自らの命が助かるだろうと判断したようだ。数十年先に英雄と評価されるであろう重要法案、首相はその可決成立に向けた動きを開始したようだ。「高齢者年金医療改正法案」。名前から中身は想像できないが、世論の異様な熱気から今後の高齢化社会への根本的な解決策であることは間違いなかった。僕はそんな熱気を浴びる事すら避けるように、そっと画面を閉じるとイヤフィンから流れる音楽に脳を染めていった。



(イラスト ふうちゃんさん)


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