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小説

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#小説

『人魚の石』 田辺青蛙

『人魚の石』 田辺青蛙

人魚と奇石と封印された過去の織りなす奇妙なホラー?イヤミス?
蒸し蒸しとしたこの季節に体感湿度が倍増しそうな、ぬるりと怖い小説だ。

主人公「私」こと日奥由木尾は若い僧侶。亡き祖父の後を継ぐために、寂れた田舎町にある山寺に引っ越して来た。
少年時代を過ごしたことのあるこの山の中の寺。友達と虫をつかまえたり、川で遊んだりした記憶もある。祖母は気が強い人だったなあ。。。そんな思い出を呼び覚ましながらも

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『Q』 呉勝浩

『Q』 呉勝浩

とにかく文句なしに面白い。
660ページ超の分厚い本にも関わらず、本なんてほとんど読んだことない、という人にこそ勧めたくなってしまう。これを読んだらあなたも本の魅力に気づくはず、と。ハリーポッターをきっかけに読書好きになる、みたいなもので。

*****

町谷亜八(ハチ)は傷害で逮捕され、現在は執行猶予期間中。千葉県富津市にある祖父母のものだった家に一人で暮らし、弁護士から紹介された小さな清掃会

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『夏草の記憶』 トマス・H・クック

『夏草の記憶』 トマス・H・クック

痛ましく残酷な、青春の愛の物語である。

南部の田舎町で、地元の医師として敬愛されているベン。しかし、穏やかな中年医師の顔からはうかがい知れない深い闇を、その心は抱えている。
妻にも親友ルークにも告げることのできない、ベンの胸に秘めた大きな重荷は、青春時代に起きたある出来事に関するものだ。

ベンがハイスクールの2年生の時、北部の大都会ボルティモアから、一人の転校生がやって来た。
浅黒い肌と黒い巻

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『生は彼方に』 ミラン・クンデラ

『生は彼方に』 ミラン・クンデラ

この小説はミラン・クンデラがまだチェコにいた1960年代末に書かれた。しかし、自由化運動に加わっていた著者は自国では弾圧の対象になったため、小説はフランスの出版社から、フランス語版で出版されることになる。
その後フランスに亡命した著者が、著作のフランス語訳の全面的な見直し作業を行い、そうした見直しを経て1991年に「新訳」(および「決定版」)として出版されたもの(の日本語訳)が本書である。

本書

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『この闇と光』 服部まゆみ

『この闇と光』 服部まゆみ

エマ・ドナヒューの『部屋』。
角田光代の『八日目の蝉」。
どちらも、映画化ドラマ化されたものも合わせて素晴らしい作品だ(私は『八日目の蝉』はNHKで放映されたドラマ版が好きだ)。さらわれて戻ってきた子供という題材は、作家を刺激するのだろう。
だが本書で著者が創り出した物語は、その分野の中でもなかなかにユニークなものなのではないだろうか。
難しいことは考えず、巧みに紡がれた物語に翻弄される楽しみがこ

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『アトランティスのこころ』 スティーヴン・キング

『アトランティスのこころ』 スティーヴン・キング

1960年から現代までのアメリカを、いくつかの人生に乗せて描いた長編大作。読書の高揚感をかき立てる、上下巻組の大型本だ。

物語の幕開けは1960年、コネティカット州郊外の住宅地。11歳の少年ボビーは、母親と二人でつましく暮らしている。
ボビーには毎日つるんで遊ぶ気の合う友人がいて、恋人になりそうな女の子もいる。目下の関心事は、どうしても欲しい自転車を購入するために、お金を貯めること。
そしてもう

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『緋の城』 木崎さと子

『緋の城』 木崎さと子

とても怖い、そして言いようもなくセクシーな小説だ。
この物語には「女性」というものが万華鏡のように映し出されている。
母性と少女性。現実をさばくたくましさと妄想に浸る危うさ。頑なに理性的かと思えば本能的な心のブレにはしなやかに従う。
「わたし」は、そんな女性という性が持つ特質を体現しているかのようなヒロインだ。
そのさらけ出された女性性の暗い部分が怖く、そしてさらけ出されているというそのことに官能

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『階段を下りる女』 ベルンハルト・シュリンク

『階段を下りる女』 ベルンハルト・シュリンク

美しい女性の登場するラブストーリーと思いきや、消化不良になりそうな難易度の高い内容だった。ストーリー自体はシンプルなのだが。

語り手の「ぼく」は、フランクフルトで駆け出しの弁護士だった頃、忘れられない恋をした。
発端は奇妙な依頼だった。
依頼主はシュヴィントという画家。彼はグントラッハという金持ちの注文で、グントラッハの妻イレーネをモデルにした絵を描いたのだが、その後イレーネと恋仲になり駆け落ち

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『ビル・ビリリは歌う』 黒井千次

『ビル・ビリリは歌う』 黒井千次

「内向の世代」を代表する作家であり、サラリーマン小説界の重鎮(そんな界があるならば)、黒井千次の自選短編集『石の話』から、昭和36年発表、著者が20代で書いた『ビル・ビリリは歌う』を紹介したいと思う。

どこかおとぎ話のような語り出しで始まる物語。

13階までのフロアーがあり、何万という人々が日々働いているこのビルで、ある日異変が起こる。かすかに、どこからか赤ん坊の鳴き声が聞こえはじめるのだ。

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『ニッケル・ボーイズ』 コルソン・ホワイトヘッド

『ニッケル・ボーイズ』 コルソン・ホワイトヘッド

この小説はフィクションだが、実際の出来事がベースになっている。フロリダ州にかつてあったドジアー男子学校での凄惨な虐待と死の隠蔽である。

小説は、その少年院(作中では「ニッケル校」)での虐待を生き延びた一人の黒人男性の現在から始まり、過去の出来事が語られていく。

*****

アメリカ南部に暮らすエルウッドは、頭の良い生真面目な少年だった。
時代はまさに公民権運動が盛り上がりを見せていた60年代

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『人魚とビスケット』 J・M・スコット

『人魚とビスケット』 J・M・スコット

開いた本のページから冒険の世界が、熱気を巻き起こしながら立ち上がり、読み手を引きずりこむ。そんなファンタジー映画のような現象を起こす小説だった。
ただしその冒険は輝くファンタジーからは程遠い、限界極限サバイバルである。

*****

冒頭は探偵小説のようだ。
人魚とは、ビスケットとは何者か。
語り手である作家が、その謎めいた新聞広告に興味を抱いて書き手とコンタクトを取り、ある過去の出来事を知るに

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『すきまのおともだち』 江國香織

『すきまのおともだち』 江國香織

子供にとって世界はシンプルだ。
「がっこう」と言えば自分が通っている学校のことだし、「えき」と言えば、基本的に特定の一つの駅のこと。一般名詞に固有名詞的な扱いをして事足りる世界に、子供は生きている。

成長するにつれて、「学校」も「駅」も様々なものがあることを体得し、さらに「学校」、「仕事」、「家」には希望、選択、妥協、満足その他様々な要素が付随することも知る。生きる世界は複雑に煩雑になっていく。

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『八月の母』 早見和真

『八月の母』 早見和真

越智美智子は、愛を知らない子供だった。
愛媛県伊予市。瀬戸内海の静かな海に面した小さな町。
ひたすら厳しいだけの父親が支配する、団欒もぬくもりもない家庭で美智子は育つ。

その父の死後、母親は男に頼って生活するようになるが、母が縋る男は美智子に劣情を向け、母は娘を守るどころか、嫉妬心を剥き出しにした。
そんな母の姿、男の卑しさを見続けた美智子は、愛や感情にほだされず、誰にも頼らずに生きていくことを

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『誕生日』 カルロス・フエンテス

『誕生日』 カルロス・フエンテス

難解な書である。
講釈されるのを拒む本だ。
読み手が密やかに行う解釈すら、あちらに曲がりこちらに飛んで、一貫させることは不可能に思われる。

物語の始まりは以下のような情景だ。
窓という窓がレンガで塞がれた、床は石畳の陰鬱な部屋。椅子に座る修道服の老人。部屋の隅では、呆けた身重の女が歌を口づさむ。
暗澹として寒々しい光景。

と、場面は切り替わり、目覚まし時計で目を覚ます夫婦の朝のシーンに。
今日

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