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『人魚の石』 田辺青蛙

人魚でないのに、人魚の匂いを纏っている。そういう人は身近に必ず人魚がいるんです。

昔から人魚と関わると、碌なことにならんと言われておる。

「あんたの祖父は人魚と呼んでいた」
「うお太郎じゃ嫌か?」
「安直だなあ。もっと美しい僕に似合った名前を思いつけないの?」
「悪いが他に思いつけない。じゃ、買い物に行くぞ、うお太郎」
「あんたの名前は?」
「由木尾だ。日奥由木尾」
「由木尾か。なんだか冴えない名前だから、あんたのままでいいや」

人魚と奇石と封印された過去の織りなす奇妙なホラー?イヤミス?
蒸し蒸しとしたこの季節に体感湿度が倍増しそうな、ぬるりと怖い小説だ。

主人公「私」こと日奥由木尾は若い僧侶。亡き祖父の後を継ぐために、寂れた田舎町にある山寺に引っ越して来た。
少年時代を過ごしたことのあるこの山の中の寺。友達と虫をつかまえたり、川で遊んだりした記憶もある。祖母は気が強い人だったなあ。。。そんな思い出を呼び覚ましながらも、なんだか妙に庭の池が気になる。
倉庫から古いポンプを持ち出して池の澱んだ水を抜いてみると、、、そこに現れたのは横たわる人魚であった。
人魚といっても、姿形は普通の人間。しかも男性。細い目と高い鼻筋を持つ美形の、やたらと色の白い若い男である。

「私」に「うお太郎」という間抜けな名前を与えられた人魚によると、この山には様々な奇石が埋まってるという。
うお太郎から、石の音を聞いて石を見つける術を教えられる「私」。どうやら祖父も石を見つける力を持っていたらしい。

「幽霊の石」やら「記憶の石」やら、妙な力を持つ石が続々登場し、さらには天狗なぞまで登場して、ひなびた田舎の山が摩訶不思議な世界になっていく。
だが物語は荒唐無稽なだけではない。何か気持ちの悪い禍々しい、血生臭い気配も瘴気のように漂ってくるのだ。土地の人々が、祖父のことを話す時になぜか奥歯にものの挟まったような調子になるのも引っかかる。
「私」は記憶の石を使うことで、少しずつ過去の断片を掘り起こしていくのだが。。。


おちゃらけと不気味と邪悪の共生が独特。
笑える話なのか怖い話なのかおとぼけなのか猟奇なのか何なのか。よく分からないが、妙な面白さだ。
怪奇ファンタジー風味のミステリーでありつつ、ほのぼの歳時記のような趣きもある(麩の味噌汁や西瓜の皮のキンピラといった田舎料理が良い味を出している)。さらには、相手に強く出ることのできない優男の主人公と飄々とした人魚の絡みなど、気が抜けたギャグ漫画のような場面も。
一言で「こういう雰囲気」と評し難い、ライトな怪小説である。


・・・と紹介しつつ、実はこの小説の最後の部分が私にはいまいち理解できていない。
この人はひょっとしてあの人物なのか?というくらいの当たりはうっすらとつくのだが、話の繋がりや伏線があったのかどうかということが皆目分からなかった。
お読みになった方がおられたら、ぜひご教示お願いします。