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原稿用紙二枚分の感覚

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「原稿用紙二枚分の感覚」の応募作や関連する記事をまとめています。
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#ショートショート

海底に、月

海底に、月

毎日のように、深夜に目が覚める人魚がいた。辺りは暗く、さかな一匹も起きていない。落ち込んだ様子でため息をついている。

泡となり、しばらくフワフワと浮かんでは、すぐに割れた。それを目で追ったあと、海藻のあいだをスイスイとかきわけるように泳ぎだしている。

岩場に着くと、透明なブルーにまばゆい光が差し込んできた。

「みんなには怒られるけど、これを見ないと眠れないのよね」

視線の先には、溶けている

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[掌編小説]「K」の空間#原稿用紙二枚分の感覚

[掌編小説]「K」の空間#原稿用紙二枚分の感覚

建物の前には「K」の形のプロダクト。ギィ、と鳴るのは重い扉。漂うのは白ワインのコロンの香り。そんなお部屋にお邪魔します。扉、ガタン。

香りの先には笑みを浮かべた白髪老婆。受付カウンターの天板はテカテカで。そこに両手を添えて待っていた。

呪文が聞こえた。フランス語。

手を突っ込む。ひんやりとしたコロナコイン。ポケットの中ジャラジャラしてる。3枚掬って老婆の手元に。脇から垂れる酸っぱい汗。

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黎明 #原稿用紙二枚分の感覚

黎明 #原稿用紙二枚分の感覚

 見上げたところにちょうど、夏の大三角形が輝いていた。ミルクを撒いたような天の川が浮かぶのはそこだけで、あとは闇に溶けている。今夜は雲が多い。

 海に出てからの時間をメモしていたが、記録したのは昨日まで。フェルディナンの手帳は、胸ポケットに仕舞われたままだ。

 冷たい空気が吐息を視覚化させる。淡い星明かりのもとでは、それを見られるのも鼻先くらいまでだ。暗闇の勢力はそれほど大きい。籐で編まれたゴ

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アスファルトの上の陽炎(ショートショート)

アスファルトの上の陽炎(ショートショート)

歩いても歩いても景色は変わらなかった。
右手に広がる青々とした田んぼ。前方に佇む山は霞んで見えた。
目の前のアスファルトは山に吸い込まれるように一直線に伸びていた。
ジ、ジジジーィ!
油蝉の鳴き声が尻すぼみに止んだ。
アスファルトには木の影が黒々と刻印されていた。
汗が左頬を伝わる。
左の眼下に白い砂のグラウンドが現れた。大学野球の練習場だ。
僕はカバンを置くと、捕手の人形のキーホルダーが躍った。

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次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

くすんだ緑色のフェンスの前に、千代紙の花で飾り付けられた看板が立っている。「卒業おめでとう」と手書きされた文字は、少し歪んで右に逸れていた。

後輩が書いたんだよ、と遥香が話す。そうなんだ、と返事をして、僕は着古した学ランの横で左手をぶらぶらさせていた。

学校裏の細道に並ぶ桜の木は、まだ満開になりきらないのに、はらりはらりと花弁を手離していた。くすんだカルピス色の空に、渦を巻いた風が薄紅

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