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詩集『追伸、この先の地平より』から

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詩集『追伸、この先の地平より』(土曜美術社出版販売/第72回H氏賞候補)から、いくつかの作品をご紹介します。
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記事一覧

【掌編】詩と暮らす【散文詩】

【掌編】詩と暮らす【散文詩】

詩と暮らすことにしたのは、数年前の春からです。

その春、わたしは陽気に当てられぐったりとしていました。そんな時、窓からふと、ひとひらの詩が飛び込んできたのでした。ひらひら、ひら、り。窓の内側に吹き込んできた詩を、手のひらに収めました。薄桃色の詩は、見た目の美しさとは裏腹に、少し乾いていました。わたしは硝子の容器に水を張り、詩を浮かべてみたのでした。すると、詩は楽しそうにくるくると硝子の中で回りま

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【詩】蛍

【詩】蛍

都会の真ん中で放たれる蛍の群れを
誘われて、見たことがある
ビルの屋上に広がる庭園で

 (いつのことやら、夢のようだけれども)

人の都合で育てられ
人の都合で死んでいく蛍たちが
黄色い求愛を披露する
あえかな光の、たしかなアイデンティティ

闇に眩しく輝くネオンほど
美しいとは思えないけれど
交尾を全うするためだけに
尾を引く光はきれいだった

ほ、ほ、ほーたるこい

朝になればただの虫と間違

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【詩】雪の街角

【詩】雪の街角

前略
本日は名も知らぬあなたに
お手紙差し上げる次第です

あの日、雪の街角の
ブロック塀の先のところに
傘も持たずに佇んで
車に轢かれた猫の消えゆく温もりを
眺めていてくれた、あなたへ

死と同じくらいまで冷えながら
猫の最期の吐息と
くたり、とした尻尾の一振りが
薄く積もった雪にすぐ消える跡を残すのを
涙目で受け止めていた、あなたへ

わたしはその傍を、さくさく、さくさくと
ただただ転ばぬよう

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【詩】追伸、あなた様へ

【詩】追伸、あなた様へ

夜中に手紙を書くときは、
いつだって最後に
追伸、
と書きつけてしまう

言い残したことがあるのです
忘れていたことがあるのです
書きたくても書けなかった
真実を最後に、少しばかり

追伸、
あの仕事は片づけておきました
あの件はなかなか終わりません
あの子は相変わらず元気ですよ
あの日のことは忘れてください

追伸、
あいしていました
あいのようなものでした
あいしています
あいのようなものだと

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【詩】神無月の野

【詩】神無月の野

神様が留守にすると
秋は、素知らぬ顔で
その不在を誤魔化そうとする

金木犀を心地よく香らせ、
萩の小さな唇を色づかせ、
月に綺麗な化粧を施すので

秋風の手を取れば
目眩ばかり

神様がさぁ、留守なんだってさ  
 (ちゃんとお留守番できる?)

あの日、棚の中からくすねた
わたしという名の小さなドロップス

愛を与え 罰を与えるため
神様は作られたけれど
この世界に記録され続ける
わたしたちは

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【散文詩】無花果【掌編】

【散文詩】無花果【掌編】

あれはヤツデ? ──いいや、あれは無花果。しばらくすると、美味しい実がなるよ。

その日からわたしは、来る日も来る日も無花果の葉の下で、もたらされる実りを待った。青空はくらくらする。陽炎のような誰かと遊んでさみしいよりも、空を切り取る緑の手と戯れる方が愉しい。
葉をすり抜ける陽射しが肌を焼いて、体育座りの腿の内にまで汗を浮かべさせる。登校日は忘れたことにした。青空はまだくらくらする。よく何年も、そ

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