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【散文詩】無花果【掌編】

あれはヤツデ? ──いいや、あれは無花果。しばらくすると、美味しい実がなるよ。

その日からわたしは、来る日も来る日も無花果の葉の下で、もたらされる実りを待った。青空はくらくらする。陽炎のような誰かと遊んでさみしいよりも、空を切り取る緑の手と戯れる方が愉しい。
葉をすり抜ける陽射しが肌を焼いて、体育座りの腿の内にまで汗を浮かべさせる。登校日は忘れたことにした。青空はまだくらくらする。よく何年も、そんな弱々の皮だけで生きてこれたね。無花果はようやく小さな実をつけてわたしを笑う。
やがて秋になり、青空がくらくらするのにも慣れた頃、大きな涙の形をした実りは抱かれた。太陽の名残を閉じ込めた皮は、経血の濁り色。べたつく果実を、小さな孔から引き裂いて割って、顔を埋めて。来年の実を待てないわたしが、今度は甘く熟す番だ。緑の手の中で、花咲かぬまま大人になる。


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無花果が青い葉と実をつける季節になりましたので、ふと思い出し、以前書いた詩を少し直してあげてみました。(いつか投稿した『現代詩手帖』で選外佳作だったものです)
この詩は、昨年出版した以下の詩集に収録しています。詩集をお手にとっていただける機会があれば幸いです。

素敵な画像をお借りました。ありがとうございました。




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