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雪柳 あうこ
2024年5月12日 12:11
風薫る季節になると、ふと思い出す人がいる。薫さんという。色の白い、大きな両目が少し離れた造作で、愛くるしい笑顔の朗らかな人だった。五月の生まれだと言っていた。真面目で、高校ではいつも教室の前方の席を希望して座っていた。歯並びがよく、いつもはきはきと喋った。爽やかで好感の持てる人だと、誰もが言う。けれど毎年五月だけ、彼女の印象は豹変する。連休明けに、大人っぽくも初々しい教育実習生たちが高校へと授
2024年2月25日 18:30
閏年、四年に一度だけの二月二十九日。その日にだけ訪れることのできる小さな島で待っています。爪月の端、時のあわいから届いた小さな手紙には、流れる水のような文字でそう書かれていました。岬まで迎えを寄越しますと書かれた文章を、わたしは何度も何度も指で辿って、その日その時を心待ちにしていたのです。ずいぶん前からあなたとその日に会おうとを決めていて、わたしはそれだけを覚えていました。けれど、織姫と牽牛
2023年11月26日 11:27
詩と暮らすことにしたのは、数年前の春からです。その春、わたしは陽気に当てられぐったりとしていました。そんな時、窓からふと、ひとひらの詩が飛び込んできたのでした。ひらひら、ひら、り。窓の内側に吹き込んできた詩を、手のひらに収めました。薄桃色の詩は、見た目の美しさとは裏腹に、少し乾いていました。わたしは硝子の容器に水を張り、詩を浮かべてみたのでした。すると、詩は楽しそうにくるくると硝子の中で回りま
2023年5月27日 18:54
月の耳を見た。月が、普段はしない動作で額の筋雲をかき上げて、それから僕の方へとほんの少し振り返った時だった。あ、と思わず声を上げた僕の視線に気づいて、月は顔をわずかに赤らめた。顔の割に小さな耳は、先がほんの少し尖って見えた。……小さいし、形も悪いから、コンプレックスなの。月は呟いて、すぐに手近な雲で耳を隠してしまった。なんとなく気まずくなって、またね、とその夜の月は早々に帰ってしまった。ずっと
2023年4月2日 16:21
赤青鉛筆で日記を書く。赤で下書きし、青でなぞれば、少し黒っぽい紫色の一日が仕上がる。「今日は楽しかった」、そういうことにしておきたい、あかいことば。「今日は楽しかった」、辿りながら少しはみ出してしまう、あおいことば。赤いわたしは青い私に塗り込められて、陽炎になる。不器用さのせいで重なり合えないはらいの先は、二つの色に分たれたまま、互いの影を見つめて震えている。赤青鉛筆を擱けば、少し黒っ
2019年9月29日 18:31
暑さの名残の中、久しぶりに訪れた川は、きらきらと日を弾いていた。清い流れは緩く甘く、さらさらとした優しさに満ちているように見えた。足を差し入れれば、拒絶のような凛とした冷たさ。慌てて踏み込んだ先の小石の尖り。思わぬ深みと速さに弄され、脱ぎ捨てたサンダルは遥か下方へ。川は夏の終わりの全てをそそぎ、押し流されてわたしは秋になる。 #創作 #物語 #小説 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #詩
2019年9月7日 13:08
陽射しが辛くて、空を睨むように見上げたら。百日紅の花と葉の隙間から、青空が太陽を支えているのが見えた。もう少し、おたがいがんばりましょうか。声を掛け合う花と、樹と、空と、雲と、私。嵐のような夏の太陽の癇癪が終わるまで、きっとあと少し。 #小説 #詩 #写真 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #百日紅 #夏
2019年9月2日 12:06
そろそろお別れだ、と貴方は言った。なるべく気づかないようにいなくなるからさ。朝と夕とが冷えていく。風が通り抜けるたび、貴方が薄まる。夏、夏、熱に抱かれた私に生きている実感を与え、くっきりと強い光を焼き付け、気がつけばどこかへ。ざわめきのような恋しさだけを残して。 #小説 #詩 #写真 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #夏 #夏の終わり