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【掌編】かみかくし【散文詩】


閏年、四年に一度だけの二月二十九日。その日にだけ訪れることのできる小さな島で待っています。
爪月の端、時のあわいから届いた小さな手紙には、流れる水のような文字でそう書かれていました。岬まで迎えを寄越しますと書かれた文章を、わたしは何度も何度も指で辿って、その日その時を心待ちにしていたのです。

ずいぶん前からあなたとその日に会おうとを決めていて、わたしはそれだけを覚えていました。けれど、織姫と牽牛の四倍も待っていたせいか、あなたの顔も声もすっかり忘れてしまいました。それでもいいのだ、とあなたは言うのです。人の生き様などいつだって幻のようなものだから、と。

夕刻に入り江を出た、わたしだけを乗せた舟が島に接岸すると、あなたが待っていました。ランタン一つを手に浜まで迎えにきてくれたあなたと、手をつなぎました。会いたかったです、あるいははじめまして、会えてうれしい。帰りの舟のことは考えませんでした。誰彼時、笑うあなたの顔には影が差していました。

四年後の閏日に帰宅した時、わたしは何も覚えていませんでした。かみかくしに遭ったのだよと皆には言われるばかりです。
あなたからの手紙は残っていません。ぼんやりと形をなさない記憶は、生まれる前のあたたかさのような曖昧さだけをわたしの胸に残しています。かみさま、だったのだとしても、そうでなくても。会いたい、あるいははじめましてをもう一度。次の閏年が近づいたら、また。爪月の端、時のあわいから小さな手紙を下さい。

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もともと二月が好きですが、二月二十九日って、さらに何だかうれしいですよね。四年に一度の特別感。
小牧幸助さんの #シロクマ文芸部  にお邪魔しています。いつも素敵なお題をありがとうございます。

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