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お菓子の箱の中

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しまっておく。 ほかのひとの。
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#エッセイ

好きなものは誰かに伝えたくなる

好きなものは誰かに伝えたくなる

昼間の電車が好きだ。

まばらな乗客に、あたたかな日差しが差し込む車内。ほんのりとあたたまったイスに、心なしか間延びした車掌のアナウンス。こんな平和な空間にいると、ここだけ別の時間軸で進んでいるのではと、疑いたくなる。

車内は、やさしい時間がゆったりと流れ、じんわりとこもる、あたたかさが乗客の眠気をエスコートしていた。

ぼくがうつらうつらしていると、電車は駅に止まり、小さな男の子が母親と手をつ

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壮大な遊び場だと思うようになっていた

壮大な遊び場だと思うようになっていた

『人生は壮大な遊び場』

そう考えるに至ったのが一年前ほどの前のこと
楽しくも、苦しくも、総括してみれば
壮大な遊び場で、人生劇場を演じ切ることができるのかどうか
ということなんだろうな、そんな気がした

考えてみれば、昔から父がそう言ってきたはず
それに気が付いたのが一年前だ、遅いな

割と最近のある夜
生きていれば
そりゃいろんなことが降りかかってくるから
苦しくて辛くて
どうにもならなくて布

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センター試験を受験している4年前の自分への手紙

センター試験を受験している4年前の自分への手紙

2014年の1月、19歳の菜々へ

4年後の私です。23歳になりました。センター試験1日目、お疲れ様です。私の記憶が正しければ、浪人の年のセンター前日に38度の熱が上がって、絶望感の中受験しましたね。薬で熱は下がってるものの、なぜか寒い恰好をして、なぜか教室は暖房もつかなくて、隣の席の人は貧乏ゆすりが激しくて、なんだか不調の中受験しましたね。

点数はギリギリだけれど、勇気を出して第一志望の千葉大

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あの本を読んだ場所

あの本を読んだ場所

人の記憶というのはおかしなもので、「絶対に忘れたくない」と思ったことをあっさりと忘れてしまったり、特別でも何でもないと思っていたことを、なぜか忘れることができなかったりする。

たとえば、とある本を読んだ場所。

それがもうどこにあったかも思い出せないのに、本を読み終えたその場所の様子が、もう10年以上がたつ今になっても、昨日のことのようによみがえる。

それは、どこかの駅構内にあるコーヒーショッ

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歪さを認める

歪さを認める

先日、なんだかどうしようもない気持ちになって、離れて暮らす母に電話をした。

母は私が仕事で悩んでいることを知っていて、よく話を聞いてくれている。今の私は、次にどうしたいのかは決まっているけれど金銭的に身動きが取れないという状況だ。お金が貯まるまでしばらく働いて、次への一歩を踏み出そうと思っている。

心の中でどうしたいのかが決まっていても、すぐに行動に移れない場合、時々本当にそれでいいのか不安に

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フォスターホーム

フォスターホーム

近所のスーパーに張ってあったポスターが目にとまった。

ふくふくとした可愛らしい赤ちゃんの写真。

可愛いなあと思ってよく見てみると、フォスターホームという知らない言葉。

ポスターには“0~2歳の赤ちゃんを短期間ご自宅で預かってくれる方を募集中”とありました。

調べてみると、里親となって小さなお子さんを預かるシステムの事らしい。

施設などでは一般家庭の雰囲気を知らずに育つことになってしまうか

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プールサイドの思い出

プールサイドの思い出

小学生のころの夏休みは、よく市営プールに行っていた。家族と一緒のときは車で連れていってもらったけれど、友達と行く場合は自転車で待ち合わせていった。自転車だとプールまではたしか30分以上かかったと思う。
くらくらするような強い日ざしの下で自転車を漕いでいると、着替えが面倒だからと服の中に着込んだ水着がじんわりと汗を吸って肌にはりついてしまう。それが暑苦しくてたまらない。一刻も早くプールに着いて服を脱

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「ねぇねぇ」って、いいな

「ねぇねぇ」って、いいな

きれいな風景に会ったとき、ひとり占めしていたくなくて、誰かと一緒にみたくなる。きれいなままを、大好きなひとに見せたいと思い、使い慣れないカメラであれこれしたり、したくなる。

中層階のオフィス、廊下のつきあたりにある大きな窓からは、比較的低めのビル群と、すこし向こうに東京タワーが見える。冬になり、あっというまに陽が落ちていく様も。
夕暮れ時、息抜きのお茶を淹れに立ったついでに、同じ部署の子を呼びに

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未読の本を君に勧める

未読の本を君に勧める

「カフカの変身を読み終わったんだけど、他におすすめない?」

と、Rさんから連絡が来た。

うん、あの、いや、お前すげぇよ。よく読めたなあれ。私はダメだったよ。途中で挫折したよ。と、思いつつも、変身の感想を聞いた。

Rさんは古典文学や純文学にハマっている。この前まで、やれ走り込みだ腕立て伏せだと体づくりをしているかと思ったら今度は本である。

Rさんは古典を読んだことを自慢するでもなく「なんとい

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恋人と別れ話

恋人と別れ話

恋人と6年も付き合っていると、別れ話が始まることもある。

だいたい切り出すのは私の方で、その時は大変真剣なのだが「相手に全くその気がなくても、別れ話をしたことがきっかけで別れることになっても致し方ないのでは」と思うことが多々ある。

先日、関西に引っ越すことが決まった。就職先が兵庫県で、大阪の近くなので神戸からはずいぶん離れているのだが、Iターンをすることになった。Iターンって全然ターンしていな

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ベランダのソファ

ベランダのソファ

はじめての1人暮らしは、当時でもレトロすぎた、古い木造住宅。前の住人の置き土産である黄色いソファが、2階の1Kにぽつりと残されていた。

暮らし始めた際、ソファはありがたくいただいたものの、置いたままでは布団すら敷けないので、ベランダに置くことにした。
多少広い作りのベランダではあったけれど、2人掛けソファを置いてしまえばかなりの狭さになるうえ、そこは景色もなにもあったものではなかった。向かいの一

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魔法がとけた夜のこと

魔法がとけた夜のこと

 

 22歳になるまで、わたしは自分のことを特別な子だって思いこんでいた。
 でも、絵が上手かったり、足が速かったり、これと言って才能があったわけじゃなくて、結局のところ自分が平凡な人間だと気づいたのは、思う存分若くてきれいな時間を使った後だった。
 だれのせいでそう思い込んだかと聞かれたら、間違いなく、8年前に死んじゃったママのせいだった。

 子供の頃はそれでも絵を描くことが好きで、アニメの

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うちの子は本が読めない

うちの子は本が読めない

私は小さい頃から読書が大好きで、いつも本を手にしていた。親友も本で、恋人も本、困ったときの相談相手も本。とにかく生活のすべてが本だった。そのおかげか、国語の成績はずば抜けてよかったし、いまは文章を書くことを生業にできている。

だから、「子どもに本を読ませよう」とか「読書が豊かな心を育てる」といった、ここ最近の教育スローガン的なものにも納得していたし、「その通り! 読書こそ正義!」みたいな読書原理

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きれいなのはきれいな言葉だけじゃない

きれいなのはきれいな言葉だけじゃない

小学4年生の時に、祖母について書いた作文が、市だか県だかの文集に載った。

祖母が入院し、そのお見舞いに行った時のことを書いた作文だ。「早く元気になってほしいです」。そう結ばれた文章を読んで「涙が出ちゃったよ」と、先生はほめてくれたけれど、私はちっとも嬉しくなかった。

実のところ、私は祖母のことがあまり、というか全然、好きではなかったし、早く元気になってほしいなんて、1ミリも思っていなかった。そ

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