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#ファンタジー

卵顔の女

卵顔の女

卵顔の女を知っているか、いやいや、そうじゃないお前の生活圏三km以内の、鼠の縄張りよりも狭苦しい、ごく限られた世界にいる、のっぺりとした顔をなんとか化粧で立体的に誤魔化している、つまらない人間の女ではない。
おれが言っていることは、本当に卵の殻のかんばせをもった女のことだ。
なんでも、鶏卵と同じ成分の、炭酸カルシウムと諸々のもので作られた女の顔は、なうての占い師が、両手で念波を送り、運命の女神に少

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夜会主義者

夜会主義者

夏至の日、窓枠の額縁に嵌められた黄昏〈トワイライト〉が、蕩けた琥珀蜜の色から、熟れすぎていよいよ腐る一歩手前の果実の色を通り過ぎ、燻る煙の向こうの緋色に変る時、それが現と夢の境、明の幽のあわいに立つもの達の夜会の合図。
ある者は釣鐘草の、ある者はカンパニュラの、ある者は蛍袋の、ある者はイワシャジンの形の、中心から自ら光を放つ花を手に持つ。
筋脈が見えるほどの薄い花びらの中に、螢蟲をしまい込んだ行灯

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母胎(ぼだい)

母胎(ぼだい)

赤と白
「赤」

御伽噺の魔女の城、庭園の薔薇の中に一匹の蜥蜴が、すやすや眠っている。
少しだけ紫が混じった、赤色の花びらをまとって、天然の惑わすような香水の中で、すうすう寝息を立てている。
城の主の、薔薇と同じ色の長爪の指が、小さな古龍を絡め取る。
ふふふふふ、魔女は爪や薔薇より真っ赤な、唇の端を弧に曲げて笑いかける。
お前には、もっと大きくなってもらはないとねえ、月の満ち欠けが三十回過ぎたら、

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竜の歌

竜の歌

竜はどこまでも孤独な生き物です。
卵から孵ると一目散に己の住処を見つけます。
火山に住む者は、火の石を食べて焔を吐き、
水の神殿に住む者は、治水の長として働き、
地の洞窟に住む者は、番人として宝を貯めこみ、
住処を必要としない者は、大空を羽ばたいて、人々に語り継がれて、伝説の中で生きていきます。
好き好んで人を喰らうものは、竜としての誇りを失い、
ただの獣に成り下がったものです。
竜が死んだとして

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星を採る少年

星を採る少年

今夜も、少年のひと仕事がはじまります。
月長石の河原を、三日月を模した小船を少し頼りない腕で押しながら、天乃河(あまのかわ)へと進みます。
少年の仕事は、宙の星を採ることです。
少年はいつどこで生まれたのか、親は誰なのか、
一体何故この仕事をしているのか誰も知りませんでした。
少年自身も、それは知るところではありませんでした。
ただ気づいたら此処にいて、子羊が生まれてからすぐに自然に立ち上がるよう

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カッサンドラの竜

カッサンドラの竜

カッサンドラとは、古い言葉で不吉という意味でした。誰が名付けたのか、何も目的が無く、ただひたすら目に見えるもの全てに向かって火を吐いて、無闇矢鱈と破壊して進む竜を見て、そのような名付けをする事は、無理もないことでしょう。

カッサンドラの竜は、この世に生まれ落ちた時から怒りしか知りませんでした。
途方もない大きさの卵の殻を割った時に見えたのは、母親の顔ではなく果てしなく続く、この世界の果てでした。

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