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【書籍紹介】まちづくりにおける「対話型市民参加」政策の見た夢と到達点―京都市2010年代の「カフェ型事業」の経験から

今回、ご紹介するのはコミュニティ政策学会監修の『まちづくりにおける「対話型市民参加」政策の見た夢と到達点―京都市2010年代の「カフェ型事業」の経験から』(東信堂)です。

本書は、2022年3月に開催されたコミュニティ政策学会第21回シンポジウムの記録を書籍用に編集し、刊行されたブックレットです。

メインファシリテーターを京都花園大学の深川光耀さん、モデレーターを京都市まちづくりアドバイザー谷亮治さんが務められた本シンポジウムでは、2000年代の京都市未来まちづくり100人委員会以降、2010年代にかけて全区に広まり実施された「対話型市民参加」形式のまちづくり政策及び「カフェ型事業」の成果と課題について、様々な立場のパネラーからの報告とディスカッションが行われました。

当シンポジウムの記録が収録された本書は、2010年代を京都で過ごしていた私自身も携わっていた団体や事業についても言及しており、本書の出版はとても感慨深い出来事です。

一方で、私は京都市における「対話型市民参加」形式のまちづくり政策及び「カフェ型事業」事業の草創期から居合わせた訳ではなく、そのすべての活動の詳細は把握できてはいません。

今回は本書について、2010年代に場とつながりラボhome's viというNPOに所属し、活動していた1人の実践者の視点から、簡単に用語等を取り上げながらご紹介できればと思います。


「対話型市民参加」と「カフェ型事業」

まず、本書の冒頭にて「対話型市民参加」とは学術的に確立された概念ではなく、「市民誰もがフラットに参加できる交流と対話の場を自治体が用意する政策」と要約できる取り組みについて、便宜的に名付けられたものと紹介されています。

また、90年代の京都では、行政による課題提案や参加者の選定に基づき調査や議論をするケースが多かったものの、ゼロ年代以降は市民の誰もが参加でき、自らの課題意識に立脚したテーマ設定とそれに基づく活動を行い、行政は公的な対話の場を提供するという形式が広まりました。

2010年代以降の京都市において、このような新しい「対話型市民参加」の形として広まった一連の事業群がいわゆる「カフェ型事業」と呼ばれており、これらは2008年に初めて実施された京都市未来まちづくり100人委員会を皮切りに、2016年までに京都市全区で実施される取り組みとなりました。

なお、現在では中止を明らかにしている区も存在し、そこにはトレンドの変化や、「対話型市民参加」政策の成果と課題が存在することが伺えます。

このような問題提起から、本書の基となったシンポジウムはスタートしています。

京都市未来まちづくり100人委員会

京都市未来まちづくり100人委員会とは?

京都市未来まちづくり100人委員会は、2008年〜2016年まで京都市で実施されていた、市民の主体的なまちづくりの取組と協働を創出していくことを目的とする事業です。

委員会を運営するNPOからの推薦と一般公募で集められた約100人(実際には100人以上)の委員が市長から委嘱をされる、というある種の審議会や付属機関のような形態を取っており、第1期〜第3期と第4期〜第5期ではそれぞれ別のNPOに運営が委託されました。

第1期〜第3期の運営を担ったのが、特定非営利活動法人場とつながりラボ homeʼs viと住民参加型のまちづくり活動で多くの実績を持つ特定非営利活動法人アートテックまちなみ協議会

第4期〜第5期の運営を担ったのが、京都市の市民活動支援施設「市民活動総合センター」の指定管理業務を受託する等の実績を持つ特定非営利活動法人きょうと NPOセンターです。

100人委員会は委員各々の課題意識に沿って委員同士、または京都市の担当部署の職員など外部の協力者と共にチームを作り、テーマ毎に活動するというスタイルで運営されていました。

そして、このプロセスを促進するため、市民の意見やアイデアを市政に反映するため、海外の組織開発の領域で実施されていた対話の手法およびワークショップ、プロジェクト運営の方法がまちづくりの分野に全国に先駆けて応用され、実施されました。

100人委員会が生み出したものとは?

第1期〜第3期においては、ワールドカフェオープン・スペース・テクノロジー(OST)等の対話手法を用いて取り組むべき課題を浮かび上がらせ、それらを解決していくための市民主導のプロジェクトチームを、京都市、NPOによる事務局が支援するといった形で事業が進められていました。

第4期〜第5期においては、委員以外の市民の声を活動やプロジェクトに取り入れようという気運が高まり、活動テーマの当事者へのインタビューやアンケートの実施、構想を広く発表する発表会が実施されるなど、積極的な応答プロセスが設けられたと言います。

2014年12月にみやこめっせで開催された第5期「プロジェクト構想発表会」では、当日の参加者・委員・スタッフを含め約300名の方参加、全12プロジェクト構想が発表され、各個別ブースでのセッションを実施されたとのことです。

100人委員会発足以降の一連の動きによって、市営地下鉄の利便性を向上するためにどの降車位置がどの階段、出口に近いかを見える化したマップ「ドアちか」の設置や、景観条例に即した行政の看板デザインを市民・行政が共同で行うなどの成果も生まれました。

また、杉岡秀紀滋野浩毅久保友美らは『京都市におけるフューチャーセンターを活用した次世代市民協働政策についての研究』と題し、100人委員会を1990年代に欧州で発祥した「人が集まり、良い対話をするための専用空間」であるフューチャーセンターとして捉えた研究を行っています。

その後、100人委員会の後継事業として各区でのカフェ型事業への展開に繋がっていきました。

本書『まちづくりにおける「対話型市民参加」政策の見た夢と到達点』では、左京区における左京朝カフェ、中京区における中京マチビトcafè、伏見区における伏見をさかなにざっくばらんなどの事例が紹介されています。

まちづくりの変遷と「対話型市民参加」

まちづくりの領域におけるワークショップの歴史を振り返ると、20世紀はハード建設のプロセスの一部として、都市計画コンサルタントや行政の専門職員らによって担われてきました。

しかし、2000年代以降はそれ以前までの市民参加…公共事業の意思決定への参加及び合意形成のためのワークショップだけではなく、市民協働…まちづくりの事業の実施段階も含めたプロセス設計、組織づくりが可能となるファシリテーションが求められるようになっていきます。

その結果、ファシリテーターにも、その場限りの合意形成にとどまらず、チームメイキングのような要素も期待されるようになっていきます。

一方、アメリカでは、オープンスペーステクノロジーやワールドカフェ、フューチャーセンターなどの新しいファシリテーションの手法が開発され2000年代に日本に輸入されてきました。京都ではゼロ年代後半にNPO法人場とつながりラボホームズビーがこれを導入し、京都市未来まちづくり100人委員会で実装し、やがて2010年代に各区役所のデフォルトのサービスとして実装されていきます。この動きが京都の市民協働に大きなステップアップをもたらした事は記憶に新しいところです。

谷亮治世界で一番親切なまちとあなたの参考文献』p115-116

京都市未来まちづくり委員会にファシリテーションの手法を取り入れ、京都の地を中心にファシリテーションや対話の場づくりの普及・文化づくりに取り組んだ場とつながりラボhome's viは、ファシリテーションの第一線で活躍する人々からの学びの場を作ることも重要視してきました。

場とつながりラボhome's vi

場とつながりラボhome's viとは?

特定非営利活動法人場とつながりラボhome's viは『未来のあたりまえを今ここに』をパーパスとして掲げ、社会の一人ひとりが幸せになれる組織づくり・仕組みづくり・コミュニティづくりに挑戦する、場づくりの専門集団です。

2008年に設立されたhome's viはこれまで、国内外のさまざまなファシリテーション技法やコミュニケーション技法の調査研究と2014年以降の継続的な連続講座シリーズの実施、そして、これらの手法を用いたまちづくり活動大学での講義、企業研修、組織変革といった活動に取り組んできました。

home's viの代表理事を務める嘉村賢州は、集団から大規模組織に至るまで、まちづくりや教育などの非営利分野から営利組織における組織開発やイノベーション支援に至るまで、規模の大小や分野を問わず、年に100回以上のワークショップを実施するファシリテーターとしての活動を積み重ねてきた、国内のファシリテーション実践の先駆者でもあります。

また、home's viのメンバー一人ひとりも独自の専門性を探求する経験豊かなファシリテーターであり、多くのメンバーが以下のような書籍に事例やファシリテーション手法に関する寄稿を行い、一人ひとりが本当にその人らしい個性を発揮し、活かしあいながら化学反応を起こしていくためのアイデアを紹介しています。

home's viと「対話型市民参加」「カフェ型事業」

home's viと京都市における「対話型市民参加」、「カフェ型事業」との関わりは、京都市未来まちづくり100人委員会以前に遡ります。

2008年3月当時、任意団体であったhome's viは京都きずなサミットというイベントをちおん舎他にて開催しました。

この街で、もっと楽しく、過ごすには」をテーマとして、立場を越えた多様な参加者が集う空間での議論から、新しい京都の姿や社会的ニーズを発掘することを目的として開催されたこのイベントは、ハリソン・オーエン氏が開発したオープン・スペース・テクノロジー(OST)という手法を活用した9時間のワークショップです。

後ほど詳しく説明しますが、オープンスペーステクノロジー(以下、OST)という手法を駆使して、多様な人たちが対話を行う「京都きずなサミット」と言うイベントが2008年にありました。これに参加された当時京都市教育長だった門川大作氏が、「これはすごいじゃないか」とOSTという手法に感銘を受けられて、市長選出馬にあたりマニュフェストにその手法に則った場の創設を謳ったのが発端となりました。その後、門川市長が誕生し、これが事業化されていくことになりました。

『まちづくりにおける「対話型市民参加」政策の見た夢と到達点』p17

2008年8月に京都府より特定非営利活動法人の認可を受けたhome's viは、門川市政下で事業化された100人委員会において第1〜3期まで運営事務局を務めました。

さらに、京都市伏見区で実施されていたカフェ型事業である「伏見をさかなにざっくばらん」では同じくhome’s viの嘉村賢州荒川崇志篠原幸子丹羽妙山本彩代などが事務局、ファシリテーターとして参画していました。

また、本書の著者の1人として名を連ねている篠原は、参加者・運営者の両者を体験した視点からの報告や、「釜石〇〇会議をはじめとする100人委員会モデルの京都府外への展開についての紹介もされており、本書にもその内容が掲載されています。

10年弱に及ぶ市民参加型のまちづくりの行き着いた先は?

本書を読み進める中で特に興味深かったのは、京都市側としての「ローカル・イノベーション(社会課題解決)」と「市民参加」という2つの狙いから100人委員会が始まり、市民誰もが気軽に参加できる交流と対話の場にOST(オープン・スペース・テクノロジー)をはじめとする生成的な対話の手法群が持ち込まれ、事業が継続される中で現場の運営者・参加者の両者共にそこで生まれる「つながり」や「コミュニティ」に価値を見出していった、という大きな流れです。

10年弱に及ぶ京都市における「対話型市民参加」政策の中で、home's viが関わった活動や上に挙げた事例もあくまで私が把握できている範囲のものであり、全体のほんの一部です。

本書は、京都市未来まちづくり100人委員会及び後継事業である「カフェ型事業」の全体像を掴む上でとても貴重な資料だと感じました。

上記のような市民と行政、企業などのマルチステークホルダーが共につくる対話と交流の場づくり、これからのまちづくりやコミュニティのあり方といったテーマに関心のある方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。

『まちづくりにおける「対話型市民参加」政策の見た夢と到達点』(東信堂)

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