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飛沫の彼方で会いましょう

飛沫の彼方で会いましょう

息が出来ない

清らかに見えた水の流れは
一粒一粒が重さを持った鉛玉のようで
膝が震えて倒れそうになった

凄まじい飛沫の音の壁
その向こうから般若心経が聞こえてくる

呼吸をするのが難しい
大きく息を吸おうとしても
水圧で胸が膨らまない

なるべくして呼吸は小さくなり
心臓の鼓動も落ち着いてくる

ただ手を合わせる
いつの間にかお経は止んでいた

 朝5時、アラームが響きます。すでに起きていた私

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『いつかあなたが読む話』

『いつかあなたが読む話』

 「こんにちは……」

 ギシギシ鳴るドアを恐る恐る引くと、私は薄暗い店内へ足を踏み入れます。

 その建物は蔦に半分覆われていて、ところどころヒビの入った漆喰の塗壁は青白く、どこか不健康そうに見えました。おとぎ話ならこういう所には魔女が住んでいるでしょう。

 営業しているのか不安でしたが、店先に「今日のランチ」が書かれた黒板が置かれていて、ドアには「OPEN」の札が吊ってありました。『ここまで

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背中を見て

背中を見て

 夫婦そろって早起きをしたものの、窓の外から照りつける夏の日差しに怯んでしまい、ダラダラと冷房の下、気づけば11時過ぎ。

 2人揃っての休みは久しぶりでこのまま家にいるのも勿体無いし、映画でも観に行こうという話になりました。

 ささっと近くの映画館のチケットを取ると、重い腰を上げて外へ出ます。梅雨はあっという間に過ぎ去って太陽は手加減を知りません。「夏ってこんなに暑かったっけ」と毎年のように言

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夜闇に光るもの 「DREAMING DAWN」 - KITCHEN. LABEL 15 in Tokyo FINAL -

夜闇に光るもの 「DREAMING DAWN」 - KITCHEN. LABEL 15 in Tokyo FINAL -

 そこは古い図書館のような匂いがしました。

 ギシギシと音を立てる木の床を踏みしめて、ちょうど斜めにステージが見える席を見つけて腰掛けます。日は既に傾きかけていて、古い木枠の窓から差し込む薄い黄金色の光が手すりに落ちていました。

 公演前に撮影が出来る時間があったので、ステージのピアノを撮りました。ピアノの上には楽譜の横に小さな本のようなものが置かれていました。なんだろう。気になったのですが、

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ドクダミと魔女のハープ

ドクダミと魔女のハープ

 汗ばむよう初夏の陽気。いつもの公園を水路沿いに歩きます。風はなくせせらぐ小川の音がパワフルなドクダミの香りをなだめてくれているようです。

 水路沿いにはドクダミに紛れてツユクサの白い花も咲き乱れています。白いワンピースのようなその小さな花は、艶のある緑の葉の上で淡い光を放っていました。

 右手に持ったアイスコーヒーを唇に当てると、コロコロと中の小さくなった氷がくぐもった音を立てて酸味と苦味が

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夏囃子のタクト

夏囃子のタクト

仕事が終わると勢いよく職場を飛び出しました。まだ17時前。外はまだ明るくて暑いくらいです。出勤時に来ていた上着をクルクル丸めてリュックにギュッと押し込みます。少し重たくなったリュックをグルンッと背中に放って腕を通すと、小走りで坂道を降りて行きます。今日は近所の神社で夏祭りがあるのです。

夕飯はパスタにします。晩ご飯にパスタは本当は好きではありません。おかわりが出来なくてお腹が空いちゃうから。でも

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月の光

月の光

 「スヌーズレンをやりたいと思います」

 新しく赴任して来た作業療法士さんはそう言いました。スヌーズレン?なんだかおしゃれでおいしそうな響き。一体どんなものなんでしょう。

 機能訓練室という部屋にはマットが敷かれていて、その上には知的障がいを持った人たちが寝転んでいます。作業療法士さんは部屋の電気を落とすと何かのスイッチを押しました。すると、天井に星空のような光が広がって、床に敷いてあった透明

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マリオンの帆船

マリオンの帆船

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小さな小さなアリたちが
ただひたすらに土を運んでいます。
なぜそうしているのか
彼らには理解できません。
ですが、ずっとそうして来たのです。

……。

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雨の道

雨の道

 いつも雨が降っている道がある。正確には私が通る時はいつも、だ。帰りには止んでいることもあるけれど、行きは必ず、雨。

 前に勤めていた会社は、家から自転車で30分くらいの距離にあった。そこそこ遠い距離なのだけれど、会社の立地が悪く、電車15分に加えて駅から20分ほど歩かなければならなかったから、毎日自転車で通っていた。 

 会社は東京の臨海部にある。まず家を出て多摩川沿いの堤防を海に向かって自

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夏ではなくて?

夏ではなくて?

もわもわとした感じに毛布を蹴飛ばして布団から這い出ると、毛玉だらけのジェラピケのパジャマが少し汗ばんでいます。

窓を開けても冷たい風が吹き込んでくることはなくヒヨドリやピヨピヨという可愛らしい鳥の声にゴミ収集車のエンジン音や作業員の声が飛び込んで来ます。
オーライ、オーライ。

まだイビキをかいている妻のためにブランチを作ります。

切った水菜に細切りのベーコンを加えて粉チーズ、黒胡椒、醤油、オ

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バジル

バジル

あれ、なんだろう。

近所のファミリーマートでコーヒーを淹れて自動ドアが開いた時、すぐに違和感。

まあ、なんでもないかぁ。
と、目の前の薬屋さんを通り過ぎて、
「あ……。」
思わず止まる足。

ガラスの向こう側が綺麗さっぱり空っぽになっていました。

家から一番近いのに一度も入ったことのない薬屋さん。民家の一階部分がお店になっていて、電子マネーなんかは絶対に使えないでしょう。
そんなお店。

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生活の音色、こもるピアニストたち

生活の音色、こもるピアニストたち

最近良く聞いている2枚のアルバムがあります。

キース・ジャレットの"The Melody At Night, With You"とharuka nakamuraの"スティルライフ"です。

ジャンルは異なりますがどちらもソロのピアノ演奏です。

仕事に行く前の早朝の公園や、一日の終わりにお気に入りの入浴剤を入れて照明を落として入るお風呂で聴きます。

すると心が洗われるような気持ちになったり、胸

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ハニーマスタード

ハニーマスタード

「天国みたい。」

そう呟いたのは車椅子に乗った白髪が綺麗なおばあさんで、介助者の男性は何も言わずに微笑んでいました。

それはなんてことのない小さな一角に作られた菜の花畑。

絵に描いたようなあたり一面の黄色い海に飛び込んだのなら、天国なんて言葉が出てくるのもうなずけます。

ですが、それは本当に数メートルしかない人が作った花畑でした。

実際、おばあさんはもう小さな天国を通り過ぎ、ぼんやりと空

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2月あざむくまるいもの

2月あざむくまるいもの

春の風うそぶく2月のあたたかい日。
すこし浮き足だって近所の公園に散歩に出かけました。あいにく天気はくもりでどんよりとした気だるいかんじ。

にも関わらず公園は多くの人で賑わっていました。

波打ち際にくらげ。
落っこちていた、とかそんな具合で。
たどり着いたとか、そんな切実さはなくて
ただ、ぽつんとありました。

くらげって春とか秋じゃない?
きっと春が待ち遠しくてうずうずしてた。
今日ちょっと

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