ハニーマスタード
「天国みたい。」
そう呟いたのは車椅子に乗った白髪が綺麗なおばあさんで、介助者の男性は何も言わずに微笑んでいました。
それはなんてことのない小さな一角に作られた菜の花畑。
絵に描いたようなあたり一面の黄色い海に飛び込んだのなら、天国なんて言葉が出てくるのもうなずけます。
ですが、それは本当に数メートルしかない人が作った花畑でした。
実際、おばあさんはもう小さな天国を通り過ぎ、ぼんやりと空を眺めています。
ときどきシャッターを切りながらゆっくりと歩きます。
小さな丘の上にあるベンチに腰を下ろして撮った写真を眺めてみます。
ここにはよく夫婦で来て手作りのサンドイッチを食べました。
サラダチキンとハニーマスタードソースのサンドイッチがお気に入りでした。
Uターンして来た道を帰ります。
ふたたび菜の花畑のところまで戻ってきました。
しゃがみ込んでふと目をやると、たくさんのミツバチがせわしなくブンブンと飛び回っているのが見えます。
せかせかと花粉を集めて、それを持ち帰ってまたせかせかと。
そんな切実な行いを何度繰り返したら、あの甘くて立派なハチミツになるのでしょうか。
このミツバチたちにとって天国とはどんなところなのでしょう。
それがこの菜の花畑なのだとしたら、天国とは場所ではなく、苦労を積み重ねた日々すら懐古して幸福に感じることのできる、時間の終着点なのでしょうか。
天国みたい。
そうつぶやいたあのおばあさんは、きっと、自分の歴史を幸福な気持ちで振り返ることができるのでしょう。
あの小さな菜の花畑を眺めながら。
コンビニで買ったサラダチキンをスライスして、トマトも薄くスライス。
レタスをちぎったらパンからはみ出ないように、折りたたんで軽く体重を乗せる。
ソースがパンに染みないように、まずレタスを敷いてその上にトマト。
ハチミツをグニっと絞り出して、しょうゆと白ワインビネガーを加えてぐるぐる。
そしてマスタード。
ピリッと辛いマスタード。
全てを混ぜたらトマトの上へ。
チキンを敷いてパンで挟んだら出来上がり。
甘くてピリ辛い天国の味。
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