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背中を見て

 夫婦そろって早起きをしたものの、窓の外から照りつける夏の日差しに怯んでしまい、ダラダラと冷房の下、気づけば11時過ぎ。

 2人揃っての休みは久しぶりでこのまま家にいるのも勿体無いし、映画でも観に行こうという話になりました。

 ささっと近くの映画館のチケットを取ると、重い腰を上げて外へ出ます。梅雨はあっという間に過ぎ去って太陽は手加減を知りません。「夏ってこんなに暑かったっけ」と毎年のように言っている気がします。

 ルックバックを観ました。もうほんとに最初から最後までずっと泣いていました。うちの家系は涙腺がガバガバ(母は昔、観に行った映画の上映前のファインディングニモの予告で号泣していました)なのですが、妻の前では我慢出来ていました。

 ですが今回は無理でした。もう本当に美しく切ない映画でした。最初は「ひたむきさ」に打たれて涙して、「出会いと希望」に涙して、「回復と前進」に涙して、そして最後はもう「悲しくて」悲しくて涙して。

 私は言葉で語らずとにかく筆を取った2人の背中を見ながら、ずっと胸の奥から込み上げる何かに熱くなっていました。

 そしてharuka nakamuraさんの劇伴。優しくて切なく悲しい、それでもあたたかい。2人の主人公が口にしなかった気持ちの破片を集めたような音楽でした。音のないシーンも、その静寂すら音楽という性質を持っているかのように感じました。

 ルックバック。意味は、過去を振り返る。でもそれだけじゃない……。

 漫画家さんが漫画をテーマに漫画を書くって、やっぱり相当な覚悟のようなものがあって、強いメッセージ性があるのだと思います。主人公2人の名前が「藤」野と京「本」なのも偶然ではなさそうです。

 ルックバックはものすごい熱量と緻密さが同居している美しい作品でした。

 家に帰って夕飯を作りました。妻のリクエストに答えてチャーハン。妻のために料理をするのは久しぶりのことです。

 夕食後、夜風に当たりたくなって一人外へ出ました。そして近所の海辺の公園に着いたところで、私は不思議なものを見たのです。

 それは、木々の間から除いた眩しい橙色の光でした。首を傾げながら木々の間を抜けるまで、それがただの満月だと私は気づきませんでした。

 ただの満月と言いましたが、そう呼ぶにはそれは大きくて眩し過ぎました。波打ち際まで来てみると小さく揺れる海面に橙色の光の道が出来ています。

 妻に見せたいと思って急いで電話をかけました。なかなか繋がらずもどかしくてLINEにスタンプ爆撃をして、リビングのアレクサに呼びかけたところでようやく妻が気付きました。

 妻は鬱陶しそうにすることもなく「どしたのよ」と柔らかい声で言いました。

 妻と並んで大きな大きな橙色の月を観ました。妻の後ろにまわって月を見ているところを撮りました。サンダルを脱ぎ捨てて波に素足を預けました。夜の帳が下りたことに気づいていない蝉が一匹、遠くで鳴いていました。

 7月の満月はバックムーンというそうです。バックとは牡鹿のことだそう。ルックバックムーン、なんて。意味は違うけれど。

 ふと、頭の中にとある情景が浮かびました。それは、時間が経つのも忘れて一心にペンを走らせる女の子の後ろ姿でした。

 妻にベンチに腰掛けてもらって後ろからカメラを構えます。相変わらずどこか遠くで一匹の蝉が大きな声で鳴いています。その蝉は鳴くのをやめた時、静けさの中孤独に気づいて寂しく思うのでしょうか。

 レンズの向こうには背中を向けた妻と、さっき見た映画のラストシーンがダブって見えました。

 私はちゃんと、2人の背中を見たよ。

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