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小説とか詩歌とか

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幻視者になりたい。
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#短編小説

【短編】すいかたべたい

【短編】すいかたべたい

あなたがうたたねをしていると、ふいにでんわがなる。非通知としるされている。ほんとうはこういうのはとらないほうがよいといわれているけれどあなたは気になって気になってしかたがなくてつうわボタンをおしてしまう。ひとのいきづかいすらしない。ただの沈黙。いや、かすかになにかがきこえる。水のおとがする。ほそくいとのようにでている水がはつらつなおとをたてながらじゅんかんしてひとつながりにおちる。母だ。母がばらの

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【短編】エツコさん

【短編】エツコさん

中学時代、霊感のある友達がいた。彼女とはクラスも部活も一緒で、おまけに私と同じ塾に通っていた。一緒に帰ることも多くて、歩きながら彼女は、こういう幽霊がいたよって私に話してくれたり、この道はあれが出るようになったから嫌だって言って遠回りしたり、なんとなくその日、私に憑いているひとを教えてくれたり。いまでは嘘だあって思うけど、当時の私はけっこうのほほんとしてたので、全く疑うことなく彼女にしか見えない世

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【短編】告解室

【短編】告解室

 取り壊されると聞いたときから、どうにも気になってしまって、同級の子たちと行ってしまったのです。ええ、ここは、この教会は、私が物心ついたときからずっと、変わらずにあったと思います。だからびっくりしました。こんなにみすぼらしかったかなって。まじまじと見たことなんてなかったものですから。

 そう、あの日、あの日のこと、でしたよね。あの日は同級の子たちと、教会を探索していました。まあ、すぐに終わってし

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【短編】傷口に染みる

【短編】傷口に染みる

 くらりときてしまうほどの、血の匂いだった。向かいの患者がまた、自分で自分の身体を切って、ぎゃあぎゃあ喚いている。

「ほら、よく見てくれ、この血を! おれは人間なんだ!」

 毛布を蹴りあげて両足を突き出す。脛から指さきにかけて、無数の葉が生い茂り、そのなかに、ぽつぽつと椿の花が咲いていた。彼を押しつける看護婦の腕が、ひとつ、またひとつと増えてゆく。そのうちのひとりに、僕は尋ねた。

「あの、外

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【短編】溶けるパラソル

【短編】溶けるパラソル

 なんとなくその日は、庭で過ごそうと思ったのです。秋桜畑のそばにパラソルを開いて、私は授業でつかう論文を読んでいました。降り注ぐ日射しのせいか、辺りが霞んで見えます。文字を追うのに疲れて、資料から眼を逸らすと、足もとに真っ赤な花が咲いていました。あれはなんの花だろう。あんなに赤々と燃えて。考えにふけっていると、それは小さく跳ねて、砂埃をたてました。私ははっとして顔をあげます。いつの間にか姪の洋子が

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【短編】父のチェス盤

【短編】父のチェス盤

 父の作ったチェス盤は、知り合いの老紳士のもとに渡り、大酒飲みの彼の息子が質に入れてしまった。たいそうな金額で取引され、息子はがさがさの頬を緩ませながら帰っていった。大金になるのも当然だ。父は屈指のガラス職人なのだ。このチェス盤だって、駒も含めて、全てガラスで出来上がっている。盤の目は互い違いに磨りガラスになっていて、対になっている片方の駒も同じようにきめ細やかに曇っている。
 次の来客にも気がつ

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【短編】先生、お元気ですか。

【短編】先生、お元気ですか。

 先生のところで修行してから、もう五年が経つのですね。早いものです。わたしのほうは相変わらず、ですが、先生はいかがお過ごしでしょうか。そういえば、ここ最近、気がついたことがありまして。人形たちの脈って、それぞれ違った音をしているのですね。いえ、先生に教わったのですから、分かっていたことですけど。以前よりもいっそう、くっきりと聞こえるような気がします。わたしの耳が効いてきたという証なのでしょうか。

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【一行小説】リカちゃん人形の分娩室

【一行小説】リカちゃん人形の分娩室

1.灯台から身を投げた女が、まっ赤な人魚となって発見された。

2.解体書にしたがうと、始めに蝶の唇をきりおとしたほうが良いとある。

3.メッキのはがれた回転木馬は、真夜中になると廃線をわたり、本物の馬のつがいを見にいった。

4.あの眼医者は視力検査で昆虫と鳥の種類ばかりを当てさせる。

5.ないはずの四〇四号室が煙のようにあらわれて、さみしいひとを閉じこめてしまうという噂だ。

6.薄いカー

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【短編】鳥かごのなかの少年たち

【短編】鳥かごのなかの少年たち

 ……君が人間だったらよかったのにね。って、カケルが言ったから、ぼくはそのとおりになった。夜のあいだだけ、人間になった。どうして昼間は元のすがたのままなのか、考えるまでもなく、彼の言葉が不完全だったからなのだけど、せっかく鳥かごから抜けられたのだ。外へ出てみたい。ぼくはカーテンを引いて、いつもカケルがやっているように窓を開けた。ベランダに足を踏みいれてあたりを見まわす。見わたすかぎり、知らない形ば

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【短編】まよなかデパート

【短編】まよなかデパート

 狭いひとり用の寝台のなかで、ふたりの鼓動が響きあっている。おぼつかない指先どうし、私たちはそれぞれの輪郭に触れあっていた。まだ裸になっていないのに、彼の身体は冷たい。冷たくて、しっとりとしている。冬のはりつめた空気みたいだ。
「新しいのにしようかな」
 窓から射す月のひかりを見て、私はつぶやいた。
「なにを」
「カーテンを。一緒に暮らしていくならさ、もっと新しくて特別なものが欲しいでしょ。ふたり

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【短編】茨のドレス

【短編】茨のドレス

 なめらかなトルソーに着飾られた芳しいドレス。上半身には真っ白な幼いばらを、スカートの部分にはそれぞれ濃さのちがう赤いばらをあしらっている、僕の自信作だ。着るときにとげが刺さって痛いんじゃないかと、野暮な記者に訊かれたけど、そんなの当然、取っているにきまっているじゃないか……スカートの部分以外は。
革手袋をして、僕はすりつぶしたトリカブトの根をすくった。スカートの内側にあるばらのとげに、丁寧

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【短編】リリィ

【短編】リリィ

「あの古時計はねじを巻かなくても、ずっと動いているんだ。守り神がいるって話を、じいちゃんから聞いたことがあるよ」
お父さんはそう言っていたけれど、ほんとうは違う。私はちゃんと知っている。あの時計の、ふりこが仕舞われているところには妖精が棲んでいて、その子がいるかぎり、針がまわり続けているってこと。
「でもどうして、あの部屋へ行ったんだ。いろいろ散らかっているから、危ないだろう」
「授業で自分

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【短編】星盗人

【短編】星盗人

 硝子ケースに並べられた星のかけらたちは、夏の日射しのように鋭くひかったり、街灯に照らされた雪のように鈍くつやめいたりしている。ひとつとして同じものはなく、細工職人がノミをいれる場所や角度によって、価値が細かく変わるらしい。星たちは真っ白なベルベットの敷布に、いろとりどりの影を落とす。これも、もうひとつの星をおもわせる。違った明かりだと、また別の顔を見せるのだろう。これほど奥が深いとは……盲点だっ

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