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【短編】星盗人

 硝子ケースに並べられた星のかけらたちは、夏の日射しのように鋭くひかったり、街灯に照らされた雪のように鈍くつやめいたりしている。ひとつとして同じものはなく、細工職人がノミをいれる場所や角度によって、価値が細かく変わるらしい。星たちは真っ白なベルベットの敷布に、いろとりどりの影を落とす。これも、もうひとつの星をおもわせる。違った明かりだと、また別の顔を見せるのだろう。これほど奥が深いとは……盲点だった。
 入り慣れていない宝石店の厳かな雰囲気と相まって、僕は焦っていた。恋人に好みを訊いてくればよかった。どの星もきれいで目移りしてしまう。見れば見るほどどれをプレゼントしたらいいのか、分からなくなっていた。
 ふと顔を上げると、内緒話をしている店員らと目があった。
「出たんですって、隣町に」
「うちもそろそろか。星売り場には何人か見回りが必要だな」
「夜空に電球を埋めこんでいるのに、わざわざ本物の星を返してしまうなんて、もったいないことをするのね」
 こちらをちらちらと伺っている。失礼だな。僕は泥棒なんかじゃないぞ。でも、彼らが警戒するのも無理はない。ここ一週間ほど、星盗人がでているのだ。宝石店になる星のかけらをすべて盗っては、夜空に、あるべきところに返している。商売人にとってはたまったものではない。ただ一方で、星売りを反対するひとたちからは賞賛されているようだった。僕は正直、どうでもいい。恋人と一緒に暮らせるなら、星のかけらが証にならなくたってかまわない。でも、どうせならきれいなものを贈りたい。永遠にともしびが消えない、決して色褪せないものを。
そっと硝子ケースに触れた。シャギーにカットされた薄みどり色の星をみつめる。恋人がいつもつけている香水を思わせる、形をしていた。草原をゆらす風のような穏やかな匂い、そう、ちょうどいま、漂っているような……僕は妙に感じて、自分のシャツを匂った。出かけるときにハグをしてきたから、あのひとの残り香が、ふいに立ちのぼってきたのだと思った。僕の後ろを、誰かが通る。その誰かから香っているのだと、ようやく気がついて振り返ったとき、ふっと店の明かりが消えた。夜空がなだれこんできたかのようだった。店員の震える声と、客の怒声と、せわしない足音が、店内を満たした。目が慣れてきたころに、ぱっと明かりがもどる。「やられた!」と誰かが言った。空っぽの硝子ケースが、ひとつの大きな水晶のように、そこにあるだけだった。僕は急いで外へ出た。黒づくめのひとが、麻袋の紐をゆるめている。ふたたびあの匂いが鼻先をかすめる。僕はふいに叫んでいた。
「やれ、やってしまえ!」
そのひとは身体を震わせて、こちらをみた。袋からあふれた星たちが燐光をこぼしながら逃げてゆく。僕たちは間違いなく目が合っていたけれど、犯人はフードを深くかぶっていて、どんな顔をしているのか分からない。流星群が夜空に注がれてゆく。電球の星と本物の星がまざりあい、月が無数のひかりに隠されてゆく。
こんなにも空が明るいのに、僕いがい、誰ひとり犯人の姿を見つけることができなかった。


※この物語はTwitter企画 #硝子匣の小鳥たちよ に寄稿したものです。

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