【一行小説】リカちゃん人形の分娩室
1.灯台から身を投げた女が、まっ赤な人魚となって発見された。
2.解体書にしたがうと、始めに蝶の唇をきりおとしたほうが良いとある。
3.メッキのはがれた回転木馬は、真夜中になると廃線をわたり、本物の馬のつがいを見にいった。
4.あの眼医者は視力検査で昆虫と鳥の種類ばかりを当てさせる。
5.ないはずの四〇四号室が煙のようにあらわれて、さみしいひとを閉じこめてしまうという噂だ。
6.薄いカーテンのなかで、誰かがあやとりをしていたので、めくってみたが、もうその姿はなくなっていた。
7.地下鉄の窓に映った、みんなの顔が、わたしを、みている。
8.きれいに揃えられたパンプスと、ぬけがらのようになったスカートいがい、その試着室にはなにも残されていなかった。
9.嫁入り前の姉さんが、ないはずの屋根裏をしきりにさがしている。
10.ネオン街にはいるとかならず迷子になるぼくの影が、いまさっき乱れた髪の情婦に殺されたと、警察のひとに教えられた。
11.有刺植物園で年老いた清掃員の小指だけが落ちていた。
12.レントゲン室でみた僕たちのレントゲン写真は、はだかになりあった温度までは写してくれなかった。
13.匙を磨けば磨くほど、映っている自分の顔がゆがんでゆく。
14.電車をまっているひとの背中をおして、春風が去った。
15.銀河の路地裏を彗星がとおりがかり、ふたつの抱き合った宇宙服を照らした。
16.百舌鳥の贄に、うすももの翅をたたんだ妖精たちが刺さっていて、お前にずっとなにかを語りかけてくる。
17.いくら折っても、あたらしくつけかえても、カッターの刃に血がついてしまう。
18.そのレースの手袋はハープの弦で編まれているので、月のひかりをあびると、もの悲しく鳴ります。
19.第三診察室はむかし、リカちゃん人形の分娩室だった。
20.真っ青な口紅を引いて、ドレスをひきずってあるくあの人は、ぼくのお葬式にも来てくれました。
21.金平糖のなかにほんものの星が混ざっていたらしく、がりっとかじったとたんに、ひかりをこぼしながら逃げていった。
22.奥歯から死んだ螢がでてきた。
23.角のたった油絵は、はたから見るとただの風景画だが、盲いた者がふれると世界の理を知ることができる。
24.初めて来たはずのガラス張りの教会に、僕の名前が彫られている。
25.死んでいる途中の日射しを閉じこめた壜、奴隷商人の恋物語や鱗粉の白粉、人魚のまぶた(貝殻のような材質)、彼は実にさまざまなものを見せてくるが、いっさい商品の説明をしてくれない。
26.たらいに張った水で素足をあらっていると、水面にうつった三日月にひっかかって、かかとを切ってしまった。
27.クローゼットの木目を数えて眠り、夢のなかでもいつの間にか、木目を数えて眠っていた。
28.使われていない電話ボックスが鳴り、受話器をとると、こぼごぼという泡の音とともに、鯨のハミングが聞こえる。
29.鮫の歯のような雪がふる夜にひとを刺した。
30.解体されてゆく旧校舎にはいったのは、忘れ物をしたような気がするからです、先生。
31.その都市はあまりにもたくさんの高層ビルディングが建てられているため、窓に映った空がほんものの空なのだと、信じきっているひとがいる。
32.八ミリフィルムのネガにいるわたしは両性具有のかおをしている。
33.うす緑色の骨が落ちていたので、死んだ祖母を思い出しながら拾いにいったら、それはただの壊れた雨傘だった。
34.衣装箪笥のなかに見覚えのない洋服があり、それを着てでかけると、しらないひとから「サリィちゃん?」と呼び止められる。
35.眼鏡をはずすと、高架下のすみに女が立っていた。
36.バレリーナ人形に恋をした男は、彼女が毎晩、誰かといっしょにおどっているのを知って怒り狂い、月を殺してしまった。
37.廃れたばら園にときどき迷いこんでは、うつくしい娘とハープを奏でて、その音色をむさぼっている。
38.美容室のラックに、ラベルのない帳面が立てかけられており、ひらいてみるとそれは、殺人事件ばかりを綴ったスクラップ帳だった。
39.追伸:蝶も夢視るそうです、では又。
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