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月刊「読んでみましたアジア本」

日本で出版されたアジア関連書籍の感想。時には映画などの書籍以外の表現方法を取り上げます。わたし自身の中華圏での経験も折り込んでご紹介。2018年までメルマガ「ぶんぶくちゃいな」(…
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#読んでみましたアジア本

【読んでみましたアジア本】一般論ではわからない事実、残酷な現実を知ること/林奕含・著、泉京鹿・訳『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』(白水社)

あれからそろそろ1年が経つ。振り返ってみても、まさかAがあんなふうに人生を終えるとは思ってもいなかった。

AとはTwitter上で知り合った。当時の中国のネットは、時々海外のページにアクセスできないことはあったものの、今に比べるとまだまだずっと自由だった。モバイル前の時代だったから、中国でネットを使っている人たちといえば、PCを持っているか、学校の図書館やコンピュータールーム、あるいは職場などで

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【読んでみましたアジア本】かつては心身ともに潰されそうになったこの都市を愛するということ:カレン・チャン『わたしの香港 消滅の瀬戸際で』(亜紀書房)

毎日ニュースチェックをしていて、どんなに丁寧に読んでいるつもりでも、しばらく現地を離れていると現地の空気というかムードがいつのまにかぼんやりとしてくる。そんなこともあって毎年最低1回は香港に行っての「定点観測」は欠かせない。

その定点観測で最も参考にしているのが、友人たちの話やその表情だ。30年来の友人はもう幼馴染のようなもので、適当にぽーんと疑問や質問を投げてもわりときちんと受け止めてくれる。

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【読んでみましたアジア本】世界のあちこちに存在する「中国」を拾い上げる/安田峰俊『中国vs.世界 呑まれる国、抗う国』(PHP新書)

2023年度の四川省成都市主催のSF大賞「ヒューゴー賞」にまつわる騒ぎについて記事を書こうとさまざまな資料を読み漁っているとき、欧米SFファンや関係者が訴える「疑惑」の既視感に困惑した。

外国の権威ある大賞の名誉や栄誉に預かろうとする中国の狙いは今に始まったことではない。そしてその目的遂行のためにできる限りの組織票を動員して自国に有利な状況を作るための、ゲリラ的な活動はお得意である。さらにはそう

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【読んでみましたアジア本】2024年を前に読んでおきたい、お薦めアジア本

今年最後のアジア本は、恒例の年始年末お薦め本。今年、「読んでみましたアジア本」でご紹介した本の一覧を書き出したところ、なかなか収穫の多い1年であったように思われる。

特に、今後アジア情勢を観察する際に、基礎的知識を身につけるための「教科書」として何度か読み直すだろうと思われる本が数冊入っており、きっと将来、「読んでてよかった…」と思えるときがくると感じている。というか、すでに感じている。

ただ

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【読んでみましたアジア本】「絶縁」をキーワードにアジア作家9人が競作/村田沙耶香、アルフィアン・サアット、郝景芳ら『絶縁』(小学館)


いやー、のっけからだが、非常に面白いコンセプトの一冊だった。アジア各地の作家が1つのテーマに沿って書き下ろした作品がまとめられているのだ。

参加した9人のうち、筆者は中国の郝景芳(ハオ・ジンファン)、またこの連作コンセプトの発案者でもあるという韓国のチョン・セランの作品はこの「読んでみました」でもこれまで紹介してきた。その他はアルフィアン・サアット(シンガポール)の名前はどこかで耳にしたことが

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【読んでみましたアジア本】生々しい「今」のインドがぎっしり詰まってる/近藤正規『インド−グローバル・サウスの超大国』(中公新書)

この「読んでみました〜」も今までいろんな本を読んできましたが、とうとう、というか、新書も1冊1000円を超える時代になったのか……というのが本書をポチったときの最大の感慨だった。

長らく新書は「1000円以内の知識普及版」的な存在のはず。その新書の価格が一線を超えたことに、日本の物価高もここまできたか、という思いだ。もちろん、物価の変動は無視できない現実なのだが、なんというか、ある種の定番商品の

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【読んでみましたアジア本】台湾が混乱を経て積み上げた知見から学べること:栖来ひかり『日台万華鏡』(書肆侃侃房)

わたしがかつて住み慣れた中国から、次々と知人が抜けていく。これまで会ったことはないけれども、ツイッター(「X」ではなく、本当に「ツイッター」だった時代)では親しかった人からもダイレクトメッセージが届き、「東京に移住するメドがついたので、機会があったらぜひ会いたい」という連絡をもらった。

さらには今も足を向けずにはいられない香港からも、どんどん人がいなくなっていく。ひょっこりとフェイスブックに顔を

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【読んでみましたアジア本】劉慈欣・著/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ・訳『超新星紀元』(早川書房)

中国関連本の世界では超快進撃を続けていると言ってよいSF作家、劉慈欣氏の最新翻訳書を手に取った。紹介によると、大ヒット作『三体』シリーズを含め、劉慈欣の日本語翻訳作は9作目になるという(その他、短編が別の中国SFアンソロジーに収録されているが、それは数に入っていない)。翻訳、というだけで嫌がられる日本において、特に中国の小説本としては、過去にない大ヒット作家になってしまった。

この「読んでみまし

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【読んでみましたアジア本】香港と上海、南京条約で生まれた「双子都市」の「その後」/榎本泰子『上海 多国籍都市の百年』(中公新書)

いつも香港を訪れた際に必ず声をかけて会う友人たちがいる。香港時代からの友人、その後知り合った香港人、さらに香港に暮らす日本人、そして北京出身香港居住者のほかに、いつの間にか気付かないうちに、「上海出身の香港人」というグループが増えていることに気がついた。

自分でも不思議だった。香港人や日本人はともかく、なんで上海に暮らしたこともないわたしのそばに上海出身者たち?

わたしは、上海は独特の文化を持

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【読んでみましたアジア本】若い女性にかぶせて語られる、100年前の志士たちの姿/笠井亮平『インド独立の志士「朝子」』(白水社)

日本では、「アジア」という言葉を聞くとまず「戦争」を思い出す人たちが、多分まだ一定数いると思う。もちろん、そんな「戦争」や「戦後」(だけから)の視点から脱却しようとする動きは明らかにあるし、初めての「アジア」体験がそれ意外だという世代もかなりを占めようになっているので、必ずしも「戦争」絡みの話題がいまだに日本人のアジア視点の中心だといい切るつもりはない。

正直、筆者もアジアといえば戦争の記憶(あ

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【読んでみましたアジア本】政治家失脚の影に絡むカネ、そして権力の切っても切れない関係/デズモンド・シャム『わたしが陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット:中国の富・権力・腐敗・報復の内幕』(草思社)

むむ、むむむ…かなり濃厚で、強烈な一冊である。ここで描かれている世界について、筆者はもちろん詳しくは知らないけれども、同時代を中国で過ごした筆者にとってその内容に違和感はなかった。

中国の政界や政治にかかわる人物(敢えて「政治家」とは呼ばない)をおどろおどろしく、またさも自分が実際に目にしたかのように書く本は山ほどあるが、ここまでつぶさに自身が体験した上で中国政治とカネを巡る関係を描いた本はなか

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【読んでみましたアジア本】甘いデザートから始まる、温かいSF小説集:チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(集英社)

これまで、この「読んでみましたアジア本」で韓国の書籍を取り上げるたびに、「自分は韓国映画もドラマも見ないし、韓国にはあまり強い関心がない」と繰り返し書き続けてきた。それは「好き嫌い」という感情からではなく、その「好き嫌い」のどちらもをまったく感じていないので関心が向かない、という話もしてきた。

その一方で、「アジア本を読む」と言いながら、日本から一番近い「アジア」である韓国を取り上げないのもおか

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【読んでみましたアジア本】シビレるほどに美味いインドのお話:東京スパイス番長『インドよ!』

牛が我がもの顔で街中を歩き回り、人間は死ねば犬に食われ、焼かれて川に流される。そんな、日本とは全く価値観にどっぷり身を置けば、人生とは何か、自己とは何かを考えざるを得ない。インドとはそういう重たい国なのだ。[水野仁輔]

うむ…「犬に食われ、」という点はさすがになかったものの、わたしの持つインドのイメージも似たようなレベルだった。そして確かにわたしが以前読んで、この「読んでみました本」でご紹介した

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【読んでみましたアジア本】敬虔な仏教国と伝えられるミャンマーの表と裏:春日孝之『黒魔術が潜む国 ミャンマー政治の舞台裏』

今、世界の注目を刻々と浴びているミャンマー情勢。世界の主要国が国軍によるクーデターに非難を表明し、軍政府側がデモ隊に向けて発砲し、死者まで出ている状況において。すでに軍側には正当性を示すことのできる空間はほぼなくなってしまった。

だが、最初の死者が出るまで、軍の側が昨年の選挙に不正があったして、「正常な政治に戻すために憲法に従って政権を握った」と主張したという点が気になっていた。

というのも、

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