【読んでみましたアジア本】甘いデザートから始まる、温かいSF小説集:チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(集英社)

これまで、この「読んでみましたアジア本」で韓国の書籍を取り上げるたびに、「自分は韓国映画もドラマも見ないし、韓国にはあまり強い関心がない」と繰り返し書き続けてきた。それは「好き嫌い」という感情からではなく、その「好き嫌い」のどちらもをまったく感じていないので関心が向かない、という話もしてきた。

その一方で、「アジア本を読む」と言いながら、日本から一番近い「アジア」である韓国を取り上げないのもおかしいし、だいたい今やここ20年来の韓国ブームを経て、日本での広義の「韓国本」の出版が広がっているのだから、「敢えてそれを取り上げない」というのもおかしい。綜合書店の売り場に立っても、アマゾンなどで検索してみても、韓国人作家たちの翻訳本はアジア系の国別ではダントツに多い。

さらにいわゆる「ヘイト本」を含めれば韓国本はもっと多いけれど、さまざまな文芸作品の輸入や旅行ブームの結果高まった好感度と相殺すれば、その全体に漂う「嫌い度」はかなり緩和される。そこが中国とは大きく違う点だ。中国作品は韓国よりもずっと前から現地作家の作品が翻訳出版されているけれども、そんな作品はいわゆる「中国好き」と言われる人たち以外には広まっていない。

さらに中国の場合、昨今の国際事情もあって、感情をたぎらせたヘイト本は一時ほど多くないものの、国際関係や戦略的な面に主眼をおいたらしいタイトルの本が増えた。一方で、ネット上では今や根強い「中国派」が多いIT関係者によるリアル本が少ないのも特徴だ。IT関係者ってネット上や仲間内のグループですでに情報を回しているから、リアルな書籍を出すという感じにならないんでしょうか? ネット上、特にSNSなどで流れる情報を必ずしもリアルタイムに読めないわたしとしては、その知見や経験を本にまとめてほしいな、と思うのだけど、なぜそうならないのだろう? ちょっと残念。

中国本というジャンルではここ数年、劉慈欣氏による『三体』が空前のブームになり、前述した「中国好き」を超える人たちを虜にした。ただ、それは「中国が面白い」につながったわけではなく、あくまでも『三体』という作品、そしてその関心の範囲が中国SF小説にも広がったという程度にとどまっている。わたしも確かに中国の伝統的な小説よりも、そんなSF作家の作品のほうが読んでいて楽しいし、その意識への気付きがあると感じる。

中国といっても、都会で暮らす人たちは多少のお国柄はあっても、我われの日常とほぼ大きな違いのない生活を送っている。そしてそこに浮かび上がるお国柄こそが外国小説を読んでいて楽しくなれる一因のはずだが、中国ではまだそれをきちんと言葉にして「読ませる」作家が出ていない。

このところも、髪の毛をピンクに染めた大学院生がそれを理由にしたネットの暴力でうつになり、この春節に自殺した事件がネットを中心に大きく論じられている。中国社会には「髪をピンクに染めて何が悪い?」という考えと、それでもそれを攻撃したいという姿勢の軋轢がまだあり、もちろん、それだけではない題材も含めてうまく小説の題材にできないのは、やはり「臭いものにフタをする」、いや「共産党が臭いと思ったら密閉してしまう」社会だからなのだろうか。

●「12年間で15篇」の作家の正体は…

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