バニラファッジ
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親子別姓だった夫の話・4(全4話)
ぼくは美術大学を志望した。
おふくろからは大反対されたが、教員免許を取得することと予備校に通わずにおふくろが決めた家庭教師を受け入れることで許された。
おふくろは独身時代に教育大の事務をしていた。その教育大の教授との交友関係から美大を卒業後広告代理店に勤務していた林先生を紹介された。
デッサンと色彩構成を中心にデザイン科の受験対策をマンツーマンで指導してもらった。残念ながら第1志望の
親子別姓だった夫の話・3(全4話)
親にも教師にも毎日減らず口をたたいていた。
しかし、友だちはたくさんいて高校生活は楽しかった。ただ、連絡を取り合う手段は固定電話しかなかった時代で、友人から電話がかかってくると
「はい、鈴木でございます」
と家族が出るので、だいたい
「すみません、間違えました」
となっていた。母親と苗字が違うことなんか面倒くさ過ぎて誰にも説明していなかった。
小学校から高校まで一緒だった幼なじみ
親子別姓だった夫の話・2(全4話)
おふくろは市役所に勤めていた。毎朝ぼくを見送ってくれるのは、おばあちゃんだった。学校から帰ってくると家はいつも留守で、どうしても寂しい時は、畑にいるおばあちゃんのところまで1人で行った。
その頃のぼくは、おふくろの言いつけを守り「神童」と呼ばれていた(笑)
おふくろと遊んだ記憶はないが、一緒に暮らしていたおばさん(母の妹・未婚)が幼稚園教諭をしていてよく遊んでくれた。当時、おばさんから
親子別姓だった夫の話・1(全4話)
私の夫(政夫)は実母と苗字が違う。産まれた時からずっと母親と一緒に暮らしているが親子別姓だった。
義母は政夫が2歳の時に離婚が成立している。当時、乳飲子の息子を抱えて逃げるように実家に帰ってきたそうだ。そして離婚が成立した時、義母は旧姓の「鈴木」に戻したが息子は父方の戸籍に残し「竹之内」のままで母親と一緒に暮らすことになった。実は竹之内家は代々続く名家で政夫は、その竹之内家の長男だった。
離
「創作大賞」エッセイ部門入選しました!
10月27日(金)四ツ谷にあるnote placeにて「創作大賞」の授賞式があり、参列してきました。
その様子は、後日note公式サイトから記事が更新されると思います。
なので、授賞式の後の様子を少し
初対面の人でも話しかけられれば、どんだけでも心を開く自信はあるのですが、自分から声をかけることができない。自意識過剰。
「一緒に食べませんか!」 と、ナンパした。無我夢中だった。
そ