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【短編小説】浄夜 9
携帯のアラームが耳に響いた。私は枕もとにあった携帯を開き、スイッチを押した。そしてベッドから出ると大きな欠伸をした。
後ろを振り向くと妻はまだ眠っていた。私は静かに洗面所に向かった。顔を冷たい水で洗い、髭を剃った。鏡に映った自分はひどい顔をしていた。
リビングへ行って食パンをトースターで焼き、お湯を沸かしてコーヒーを作った。食パンにマーガリンを塗り新聞を読みながら一人で食べた。コーヒーを飲み終
【短編小説】浄夜 8
携帯の画面は三時を示していた。妻はすでに眠りについたようだった。規則正しい寝息が微かに聞こえる。
私は先ほどからずっとあるイメージに悩まされていた。そのイメージはどこからかふつふつと湧きあがり、いつしか私の頭を侵していた。
夢ではない。私の意識は確かに覚醒していた。ものを考えることもできた。しかしそのイメージは私が目を閉じようと開こうとおかまいなくそこにあった。
私はそのイメージを振り払おう
【短編小説】浄夜 7
寝室にはシングルベッドが二つ並んで置いてある。私はなんとなく一方のベッドを動かして二つのベッドの間に隙間を作った。妻がそのことで傷つくかもしれないと考えたが、今日は隣で眠れる気がしなかった。
携帯のアラームを確認して枕もとに置いた。今日は友人の告別式で一日有休をとった。明日は通常通り会社に行かなければならない。私は明日の仕事のことを考えた。やるべきことを頭の中で整理をして、一日のスケジュール組み
【短編小説】浄夜 6
妻は話し終えると長い溜息を吐いた。時間が止まってしまいそうなほど長い長い溜息だった。
私は壁に掛かっている時計を見た。いつのまにか日付が変わっていた。夜は音もなく更けていく。私はすっかり薄くなってしまったウイスキーを飲みこんだ。喉が大袈裟な音を立てて鳴った。頭がうまく働かなかった。少し飲みすぎなのかもしれない。
私は空っぽのグラスにウイスキーを注いだ。そしてそのまま口にした。
「子供は産むつ
【短編小説】浄夜 5
私と彼がそういう関係になったのは去年の春頃からだと思う。私はあなたとの関係に少し不安を感じていた時期だったの。
あなたは優しいし真面目だし、これといって不満はなかったわ。ただなんとなく気づまりになってしまったの。
あなたと居るとつまらないってわけではなくて、たぶん私自身に問題があったんだと思う。それで彼に相談したの。最近セックスレスだって。
あなたもそうだと思うけど、私にしてもセックスがない
【短編小説】浄夜 4
食器のぶつかるカチャカチャという音がリビングに響いている。私は二本目のワインを開け、グラス一杯分だけ飲んだ。なにかもの足りなかった。もう少し強い酒が飲みたかった。
私は春に買ってそのままになっていたウイスキーのことを思い出し、あちこちを探してみた。妻は私がウイスキーを探してうろいついているのに何の関心も示さず食器を洗い続けていた。
食器棚の中にそれはあった。私はグラスに氷を入れ、そこにウイスキ
【短編小説】浄夜 3
いつの間にか眠ってしまったようだった。妻の声に起こされ、私は目を覚ました。
すでに夜ははじまっていた。電灯の光が部屋の中を暖かく包んでいる。
「顔を洗ってきたら」との妻の言葉に従い、私は洗面所へ行き、冷たい水で顔を洗った。リビングへ戻ると、テーブルの上には夕食の準備ができていた。
「あなたの好きなものを作ったの」
妻はそう言って微笑んだ。テーブルの上にはコロッケとマカロニサラダときゅうりと
【短編小説】浄夜 2
家に着くと妻はシャワーを浴びたいと言って風呂場に入っていった。私はエアコンを点け部屋着に着替えた。冷蔵庫から缶ビールを一本取り出し、半分ほど一気に喉に流し込んだ。ソファに座り、テレビを点け、あちこちチャンネルを変えてみた。ニュースの時間らしく、どのチャンネルも内閣不信任案の行方を報じていた。
私はテレビを見るともなくぼんやりと眺めながら、シャワーを浴びている妻のことを考えた。妻の裸を見たのはもう
【短編小説】浄夜 1
車内は平日の昼間だというのに、いささか混雑していた。
私は空いている席を見つけ、腰をおろしネクタイを緩めた。隣の席に妻が座り、小さなため息を一つ吐く。きっとこの暑さのせいだろう。今年の夏は例年比べて一層暑くなる、昨日の天気予報ではそう解説していた。
電車は御茶ノ水から水道橋へと向かっていた。ビルに掲げられた看板が窓の外をゆっくりと通り過ぎていく。妻はもう一つ、ため息を吐いた。
「疲れたか?」