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父を燃やす

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長編小説「父を燃やす」を連載しています。お暇のある方は是非読んでください。
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記事一覧

【長編小説】父を燃やす 参考文献

参考文献

『ジョジョの奇妙な冒険』 荒木飛呂彦 集英社

『プラグマティズムの思想』 魚津郁夫 ちくま学芸文庫

『プラグマティズム』 W・ジェイムズ 岩波文庫

『経済原論 基礎と演習』 小幡道昭 東京大学出版会

『ミクロ経済学の力』 神取道宏 日本評論社

『ミクロ経済学Ⅰ』 八田達夫 東洋経済新報社

『新・日本のお金持ち研究』 橘木俊詔 森剛志 日経ビジネス人文庫

『新世代富裕層の「

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【長編小説】父を燃やす 最終話

穏やかな日差しが柔らかい緑の間から漏れてくる。日差しを浴び毛をきらきらと光らせながらリスたちが忙しなく動く。人々は日常を身体にまとわせ、それぞれの人生を頭に浮かべながらゆっくりと歩いている。春の午後のセントラルパーク。光が支配する風景の中を真治はゆったりとしたペースで歩く。隣には同じ歩調で妻が従う。

「いいお天気ね」

妻は額に手をかざしながら天を見上げる。木漏れ日が妻の顔をまだらに染める。真治

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【長編小説】父を燃やす 7-6

真治は千葉のギャラリーで買った絵を燃やした。その燃やすという行為は真治に再び満足感を与えた。それは自分の中にある穴をすっぽりと埋めてくれる確かな満足感だった。

しかしその満足感は日が経つに連れて薄れていった。いつしか空虚感が心を支配した。その心に空いた穴には一対の目があった。その目から発せられる視線に真治はおびえた。そこに真治を非難する意図はなかった。ただ冷たく真治を観察する視線があった。

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【長編小説】父を燃やす 7-5

雨宮雪子の絵は急激に値上がりした。上海で行われたアジア人アーティストを集めた展覧会で雨宮雪子の絵は数百万円の値をつけ売れた。それから雨宮雪子は海外を中心に個展を開くようになり、その名前をアート市場に浸透させていった。

作品の値段も知名度に比例して高くなっていった。真治とときおり顔を合わせるようになった千葉は真治に自分の感性を誇った。そして真治の買った絵をほしがった。

「私の言ったとおりになった

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【長編小説】父を燃やす 7-4

「そういえば、あの絵、どうしたの?」

妻がトーストにバターを塗りながら真治に尋ねる。

「ああ、あれは他の人に売ることにした」

「あなた以外にもあれをほしがるもの好きがいるのね」

妻はバターを塗ったトーストを日向の皿に置く。日向はトーストを小さくちぎり、口の中にいれる。真人が自分にも早くよこせとばかりにフォークで皿をカンカン叩く。

「真人、行儀悪いわよ」

妻は真人に厳しい視線を送ると焼き

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【長編小説】父を燃やす 7-3

自宅の寝室にその絵を飾ると妻はあからさまに嫌な顔をした。

「なにその下品な絵は?」

「友人に頼まれてね、買ったんだよ」

妻は絵に近づき、赤く染まったナプキンをじっと見つめる。

「いくらだったの?」

「二十万」

「これが?」

妻はあきれたように溜息をつくと、ばかばかしいとばかりに肩をすくめて寝室をでていった。真治はベッドに腰をおろし、妻があきれるだけの下品な絵に視線を向けた。

真っ白

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【長編小説】父を燃やす 7-2

数日後、真治は雨宮雪子の個展にでかけた。

なぜそこにいくのか、例えば妻にそう聞かれたとしたら、真治は本当の自分の気持ちを伝えることができなかった。自分の中に生まれた、いつかはあったかもしれない感情の揺れを、正確に理解したい。

しかしその揺れは言葉にしたところで妻には理解されることはないと感じた。妻だけではない、他の誰にもそれを理解することはできない、そう感じた。

自分に消化しきれない感情があ

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【長編小説】父を燃やす 7-1

「株式会社GOLD INVOCATION」は着実に成長し、経営基盤も安定していった。真治は組織のトップとして適格な判断を下し、社員を適正に遇した。売上が伸び、人が増えていった。

家庭でも真治は「父」になった。妻は二人の子供を生み、姉を日向、弟を真人と名付けた。妻は二人を有名な私立幼稚園に通わせ、日向にはピアノを、真人には水泳を習わせた。そして自分は料理教室に通い、オーガニック食品に凝るようになっ

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【長編小説】父を燃やす 6-5

事業が軌道に乗ったことを確認すると真治は島本由香里と結婚した。

「やっとこれで一息」

式を無事に終え、ホテルのベッドに倒れこんだ妻がふーと息を吐く。真治はそんな妻の様子を不思議そうに眺めた。

自分の父親に向かって手紙を読む妻の姿が脳裏に浮かぶ。父に対する感謝に溢れたその手紙は会場の涙を誘ったが、真治には妻の口から発せられる言葉の意味をうまく理解できなかった。

父に対する感謝。三十年あまりの

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【長編小説】父を燃やす 6-4

はじめの一歩。

「株式会社GOLD INVOCATION」にとっての初仕事は新しい地中熱ヒートポンプ開発のための資金集めになった。

真治は自らの人脈のなかにある個人投資家に菅原社長の事業を説明した。プレゼンの仕方は完璧だった。頭に記憶された水上の動作を思い描き、それを完璧にトレースする。正確な言葉と堂々とした態度、計算しつくされた間と資料提示のタイミング。

個人投資家を前にして真治は堂々した

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【長編小説】父を燃やす 6-3

自分が見つけるべき新しいもの、それはアイデアではなかった。

交流する起業家たちの中には新奇なアイデアを持つものが多数いた。自らの頭の中でひねり上げたアイデアを事業としようとする若い起業家たちに真治は魅力を感じなかった。

真治が求めていたのは明確な技術だった。確固たる技術をもち、その技術によって革新的な仕事を志している起業家に興味があった。真治は全国各地を回り、まだ成熟していない技術の卵を探して

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【長編小説】父を燃やす 6-2

仕事を退職した真治は島本由香里と一緒に住みはじめた。島本由香里は今まで通りに貿易事務の仕事をこなし、真治は家事など家のことをしながら起業に向けて動き出した。

真治がまず手を付けたのは凍っていた人脈を解凍することだった。リテール営業時代に築いた人間関係を再び温めるべく、真治は名前と電話番号だけが書かれた名刺を持って昔の顧客に会いに出かけた。

また、新たな人脈を作るべく起業家が集まるセミナーなどに

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【長編小説】父を燃やす 6-1

会社を辞めることを伝えると島本由香里は「そう」と答えた。その声の調子には非難めいたものはなかった。中立的な了解を示す「そう」だった。

「真治がそうしたいならそうすればいいんじゃない」

島本由香里の言葉に真治は肩透かしをくったような感じを受けた。相談もなく勝手に退職を決めてしまったことを責められると思っていた。しかし島本由香里は真治の決断は自分の与りしらぬことだと、まるで他人事のような関心しか示

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【長編小説】父を燃やす 5-10

大型案件を成功に導いたことで水上の評価は一段と増した。上層部から昇進の話が持ち出され、部下からは羨望のまなざしが注がれた。

水上は、そんなことは大したことではないんだ、というようにいつもの柔和な仮面を崩さなかった。与えられた仕事をただ忠実にこなしただけなんだと。

今までの態度を崩さぬ水上だったが、唯一、真治に対する言動に変化をみせはじめた。

人がいる前では今まで通りの態度で真治に接していたが

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