【長編小説】父を燃やす 6-3

自分が見つけるべき新しいもの、それはアイデアではなかった。

交流する起業家たちの中には新奇なアイデアを持つものが多数いた。自らの頭の中でひねり上げたアイデアを事業としようとする若い起業家たちに真治は魅力を感じなかった。

真治が求めていたのは明確な技術だった。確固たる技術をもち、その技術によって革新的な仕事を志している起業家に興味があった。真治は全国各地を回り、まだ成熟していない技術の卵を探して回った。そしてそこである技術に出会った。

環境省水・大気環境局が公表している「地中熱利用にあたってのガイドライン」にはこう記されている。

地中熱は、再生可能エネルギー源の中でも「太陽光や風力と異なり天候や地域に左右されない安定性」、「空気熱利用と異なり大気中に排熱を出さない」、「省エネルギーでCO2の排出量を削減できる」などのメリットを有し、ヒートアイランド現象の緩和や地球温暖化対策への効果が期待されています。この地中熱を利用したヒートポンプシステムは、高い省エネルギー性や環境負荷低減効果を有した技術であり、認知向上や普及促進を一層図っていく必要があります。

     環境省水・大気環境局「地中熱利用にあたってのガイドライン」

全国を飛び回るなかで出会ったこの技術に真治は自分が踏み出すべき「はじめの一歩」を感じとった。

主に商業施設や公共施設の冷暖房システムとして利用されているこの技術は寒冷地での農業、特にハウス栽培のためのエネルギー源としても注目されている。

真治が出会った起業家は北海道で農業技術の革新を志す菅原という四〇代の男性だった。

菅原は大学卒業後、官公庁の農業分野の業務に従事していた。特に生産性をあげるための新しい農業技術の促進に力を入れ、効率的かつ安全性の高い農産物生産を地域に普及させることを生きがいとしていた。

しかしその生きがいも、年齢を重ねるとともに国の農業政策の深いところを知るようになってくると徐々に失望に変わり、自分の手で農業を復活させるという志を抱くようになっていった。

生産者の高齢化や経済的効率化によって徐々に減っていく農地、外国からの輸入によって低下する農作物の値段、今や危機に瀕している日本農業をどうにかして復活させ、永続させる方法を菅原は模索しはじめた。そして彼は起業を決意し、菅原社長となった。

菅原社長は真治と同じく技術を自らの会社の柱とすべきだと考えた。技術によって農業を革新し、金と人を呼び込むことが必要だ、そう考えた菅原社長は地中熱ヒートポンプを利用した寒冷地でのハウス栽培に目を付けた。

地中熱ヒートポンプの普及を目指す地方自治体の援助を受け、若い大学の研究者を技術者として自社に招き、官公庁時代の人脈から工事を行う土木業者の協力を得た。そして少しずつその技術を市場の中に広めていった。

真治が菅原社長に出会ったとき、菅原社長は一つの問題を抱えていた。それは地中熱ヒートポンプを敷設する際にかかる莫大な工事費用のことだった。

地中熱ヒートポンプが普及しない原因の一つにその問題があった。そのシステムを導入したい農家はいても金額を聞くとだいたいが二の足を踏んだ。

菅原社長は安価なヒートポンプシステムを作るべく技術開発をする必要があった。そのための技術者の雇い入れ、開発のための費用捻出が菅原社長の課題だった。

真治は菅原社長に名刺を渡し、自分がその資金を得るための手伝いをする旨を申し入れた。

「株式会社GOLD INOCATION」と書かれた名刺を菅原社長は疑わし気に眺めた。真治は今までの経歴を丁寧に説明したが、菅原社長の疑念の視線は変わらなかった。自分の夢を食い物にする寄生虫のようなやつ、菅原社長の表情にはありありとその疑念が浮かんでいた。実績の有無、それが真治に重くのしかかっていた。

真治は菅原社長の信頼を得るべく、自分の持っている時間を菅原社長に捧げようと決意した。何度も菅原社長のもとを訪れ、自分の考えを話した。自分の経歴や能力を誇示するのをやめ、起業家としての志を語った。志を持つ起業家の仲間という意識を菅原社長と共有しようと心掛けた。菅原社長とともに土をいじり、農家の人に頭を下げた。

真治の熱意に押されてか、時間とともに菅原社長も少しずつ真治に心を開いていった。酒を酌み交わしながらお互いの志を語るうちに真治に同志としての親しみを感じていった。

菅原社長は農業というもので社会に貢献したい、いまだにある世界の食糧不足を自らの技術によって解消したい、そんな夢を語った。真治も資本を適切な産業に流し、技術開発が活発になる手助けがしたいと語った。

「旧いものから奪い、新しいものに移さなければいけない。巨大な資本が収奪するシステムに風穴を開けたい」

酒でぼんやりとする頭に浮かんだ言葉を熱を込めて菅原社長に浴びせると菅原社長は嬉しそうに笑った。

同志としての絆が少しずつ深まってきたことを感じた真治は菅原社長の補佐のように動きはじめた。資金繰りに関して助言を行い、財務に関するいくつかの問題を指摘した。菅原社長の夢が前に進むために必要な要素を現実的な視点に立って分析した。

真治の資金に対するアドバイスのおかげで菅原社長の会社の財務状況は好転した。その実績によって菅原社長は真治に資金集めの仕事を依頼した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?