【長編小説】父を燃やす 6-4

はじめの一歩。

「株式会社GOLD INVOCATION」にとっての初仕事は新しい地中熱ヒートポンプ開発のための資金集めになった。

真治は自らの人脈のなかにある個人投資家に菅原社長の事業を説明した。プレゼンの仕方は完璧だった。頭に記憶された水上の動作を思い描き、それを完璧にトレースする。正確な言葉と堂々とした態度、計算しつくされた間と資料提示のタイミング。

個人投資家を前にして真治は堂々した態度で投資の利を説く。そして同席した菅原社長が技術に関する説明を行う。なぜこれが今、必要なのか。金銭的な利益だけでなく社会に対する貢献を意識させる。

「金銭的な利益はもちろん保証します。この投資はそれだけではありません。技術革新による社会の発展に寄与する投資です。金銭では買えない社会を変える活動に参加できるのがこの投資の真の意味です」

真治と菅原社長の地道な広報活動によって資金は少しずつ集まっていった。

真治は菅原社長の信頼のもと、会社の経営により深く関わっていった。技術者の発掘、工事業者との交渉、農家への啓蒙。そして菅原社長が持っていた地方自治体とのパイプから新たなビジネスを呼び込んだ。モンゴルに地中熱ヒートポンプを利用したハウス栽培技術を移転するプロジェクトの一部を委託されることになった。大手企業の下請けという役割だったが菅原社長が開発したヒートポンプ技術を社会に還元する機会が訪れたのだ。真治はそれを個人投資家に宣伝し、新たな資金を集めることに成功した。

モンゴルでのプロジェクトは業界内で話題となり、菅原社長のヒートポンプシステムは国でも認めるところとなった。安価に敷設できるその技術は他の海外への移転プロジェクトの候補にもなり、国内でも少しずつ普及していった。

国からの支援も受けるようになった菅原社長の会社は株式公開とともに株価が急上昇し、真治は個人投資家に利益を還元した。公共性の高い技術による金銭的な利益は個人投資家を大いに喜ばせた。

菅原社長の会社と同じく「株式会社GOLD INVOCATION」も個人投資家の間やファンド業界では小さな話題となった。

真治と「株式会社GOLD INVOCATION」のはじめの一歩は大きな成功をおさめた。

一つの成功は次の成功を呼び込む。菅原社長の仕事によって得た名声は「株式会社GOLD INVOCATION」に次々と仕事をもたらした。

真治は寄せられる仕事の相談のなかから必ず利益が出るであろう案件を綿密に選定した。

選定の基準は変わらない。確固たる技術をもち、その技術によって革新的な仕事を志している起業家。

そういった仕事の依頼はそう多くはなかった。ほとんどがただ起業をして一発あてたいというギャンブル的な感性の持ち主だった。うすっぺらいアイデアと肥大した承認欲求を抱えた彼らは未来へのビジョンもなく、社会に貢献したいという希望よりも社会を見返してやりたいというルサンチマンに溢れていた。

真治はそういった人間を容赦なく切り捨てていった。明確な技術とビジョン、そしてそれらをどう社会に関わらせていくか、起業の意味と社会性を深く考察した起業家を真治は探し続けた。なぜなら利益とともに投資家たちを動かすのは結局それを語ることのできる熱意をもった者だけだから。

石の中に混ざる玉を真治は辛抱強く探した。そしてそれを見つけると長い時間をかけて丁寧にその事業を支援した。

企業は成長し、投資家には利益が還元された。そうやっていくつかの仕事を成功させているうちに「株式会社GOLD INVOCATION」は業界の中である程度の地位を占めることになった。

仕事の依頼が多くなるにつれ会社の規模も大きくなっていった。真治は自ら起業家を支援する傍ら、「株式会社GOLD INVOCATION」を組織として編成していった。

事務職の人間を数人雇い煩雑な事務処理を任せた。有能なエンジニアを雇い、真治の頭の中にある個人投資家のリストをデータベース化した。

真治がリテール営業時代に分類した4つの富裕者をもとに個人投資家をその特徴ごとにランク付けした。その個人投資家が投資に対してなにを求めているのか、純粋な利益額の多さなのか、社会に貢献したという名誉なのか、特別性を求める承認欲求なのか、それらを見分け、おおよその資産額と照らし合わせる。どの案件だったらどの投資家のところへいくのが最も効率的か、どうすれば最大限の資金を集めることができるか、そういったことをそのデータベースを見ればだれでもわかるように整備していった。

データベースが整備されれば真治以外の人間でもコンサルティング業務ができるようになる。真治は人脈リストにある起業家を目指す若い人間のなかから優秀な何人かに声をかけ、自分のところでコンサルティングをしてみないかと誘った。

多くが証券会社の出身で彼らはすぐに真治のノウハウを覚え、実践するようになった。いくつかの失敗と多くの成功を経て、彼らは自ら考え行動し、会社に利益をもたらした。

真治の手となって動く存在ができたことで真治は経営に専念するようになっていった。強固なシステムを設計し、システムが自動で動くよう息を吹き込む。一度システムが動きはじめればあとは細かい微調整さえ怠らなければ間違いは起こらなかった。

運転資金のやりくりと成果に見合った報酬。金を回し、人に承認を与え続ける。巨大な金融というシステムの中の一つの歯車として自らのシステムを組み込むことに成功した真治は社会での立ち位置を定めることができたと思った。そしてその地位は真治に金をもたらした。「成功」という二文字が真治の心に甘く浮かんだ。

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