【短編小説】浄夜 8

携帯の画面は三時を示していた。妻はすでに眠りについたようだった。規則正しい寝息が微かに聞こえる。

私は先ほどからずっとあるイメージに悩まされていた。そのイメージはどこからかふつふつと湧きあがり、いつしか私の頭を侵していた。

夢ではない。私の意識は確かに覚醒していた。ものを考えることもできた。しかしそのイメージは私が目を閉じようと開こうとおかまいなくそこにあった。

私はそのイメージを振り払おうと何度も他のことを考えてみたが、結局は無駄だった。イメージは映像となり、同じ情景が何度も私の前で流され続けた。

妙にリアリティのある映像だった。私が現実にその場面を目撃しているかのようだった。見たくないものを無理矢理目を開かされて見せられている気がした。

真っ白なシーツをかぶせられたベッドの上に裸の妻が横たわっている。妻の淡い色合いの肌とシーツのグラデーションが薄暗い部屋の中で輝いているように見える。

微かに盛り上がった乳房、すっきりとしたウエストのラインに平坦な腹部、柔らかそうな陰毛はその一本一本まで見分けることができた。

妻が動くと純白のシーツに皴ができる。私にはその皺が卑猥に見えた。妻は髪を手でかき乱すと退屈そうに毛先を眺めていた。それにも飽きると手を腹に乗せこちらを見た。

私と目があった。妻はにっこりと笑った。私ははっとした。しかし妻が笑いかけたのは私ではなかった。裸の友人が妻の元へとゆっくり歩みよる。友人は妻の手を握ると自分のペニスへと導いた。妻は笑顔を湛えたまま友人のペニスをしっかりと握っていた。友人に促され妻は手を上下に動かした。友人のペニスは徐々に大きくなり、やがて射精した。精液が妻の顔にかかり、妻はやはり笑顔のままその精液をなめていた。

友人は妻の横に寝そべった。そして妻の体を丁寧に指でなぞっていった。耳からはじまり、あごのラインをなぞっていった指は首を通り過ぎ、乳房へと向かう。なだらかな斜面を滑るように這っていく指は妻の腹部で一度止まるとそこでノックでもするように三回肌を叩いた。そしてまた動きだすと陰毛の中でしばらく遊ぶ、そして性器へと吸い込まれていった。

妻は静かに目を閉じた。友人は妻の唇にキスをし、指でなぞっていった順番に今度は舌を這わせていった。妻は目を閉じたまま微動だにしなかった。声一つ洩らさなかった。

友人は妻の性器まで舌を這わせるとやおら立ち上がり、妻の目の前に仁王立ちになった。妻は目を開き上半身を起こすと、友人のペニスを掴み、口に含んだ。妻はゆっくりと顔を前後させた。友人のペニスはまたしても硬くそそり立った。唾液が妻の口からしたたり、シーツを濡らした。

長い間、妻は友人のペニスを口に含んでいた。友人が妻の肩に手を置くと、妻はペニスから口を放しベッドに横になった。それから二人はしばらく見つめ合っていた。そして妻が小さなため息を吐くと友人は妻にキスをし、妻の中へと入っていた。

静かなセックスだった。妻も声を出さないし、友人も一言も口にしなかった。規則正しいリズムで二人は交わっていた。友人が果てると二人はそのままずっと抱き合っていた。妻が小さな声で私の名前を呼んだ。

私は自分が勃起していることに気が付いた。激しく妻を抱きたいと思った。体を反転させ、妻の方を向いた。

妻は静かに眠っていた。私は腕を伸ばし妻に触れようとした。しかしすぐにその手を布団の中に戻した。これから妻を起こしてセックスを強要する自分を想像するとうすら寒い思いがした。オナニーでもしようかと考え自分のペニスを握ってみたが、それもバカバカしくなってやめた。

私はまた妻に背を向けるとイメージの世界に戻っていった。何度も何度も同じイメージを見続けた。時間の感覚がなくなっていった。イメージの世界が私にとっての現実となった。白いシーツ、裸の妻、友人のペニス、卑猥な皴・・・。

私はベッドから起き上がり、自分の腕が正常に動くことを確かめた。肩を回し、指先を伸ばす。二の腕の硬さを確認し、肘の関節の動きに神経を尖らせる。そして二度拳を前に突き立てた。満足だった。私の体はいつも通り動いている。

薄暗い部屋の中を忍び足で歩き妻のベッドに向かう。ベッドに登り、妻の上に馬乗りになる格好で跨る。そこから妻の様子を窺った。

妻の眠った顔はまるで死人のようだった。体に感じる微かな呼吸のリズムが彼女がまだ生の世界にいることを知らせていた。私は妻の瞼にかかった前髪を指で優しく払った。妻は少し眉間に皴を寄せたが、すぐまた死人の顔に戻った。額に触れると彼女が少し汗を掻いているのがわかった。体温も平常より高そうだった。

私は妻の顔を覗きこんだ。両のまゆ毛の間に小さな黒子があった。私の知らない黒子だった。胸に怒りがこみあげてくるのを感じた。私はその怒りを抑え、冷静になるために大きく深呼吸をした。落ち着くまで何度もそれを繰り返さなければならなかった。そして自分を取り戻すと、再度妻の顔を見つめた。口が少し開いていた。そこから規則正しい感覚で細い息が漏れていた。

私は妻の首を両手でしっかりと握りしめた。妻の首はすぐに潰れてしまいそうなほど細く柔らかかった。私は徐々に力を加えていった。指が肌に食い込んでいくのがわかった。寝息のリズムが少しずつ狂っていった。それでも妻は眠りから覚めなかった。

私は出来うる限りの力で妻の首を絞めていった。妻は暴れることもなく、行儀のよい寝方で私の行為を受け入れていた。長いこと私は妻の首を絞めていた。私は疲れて首から手を放した。妻に変わった様子はなかった。少しするとまた小さな寝息が聞こえてきた。

私は困惑してしまった。両手を確かめるように握り締め、そして開く。手に力が入っていることは間違いなかった。私はもう一度妻の首を握った。そして強く締めていった。

私の股間に振動が伝わった。私は妻がいよいよ起きたのだと思った。首を握る手に力を加える。

するとまた振動。私は妻の顔を見た。妻の目は固く閉じられていた。そして振動。

振動は徐々に強く、速くなっていく。私は辺りを見回したがなにもみつからなかった。妻が起きる様子もない。私は腰を浮かせ、馬乗りになっていた妻の体を覗きこんだ。

振動はまぎれもなくそこからだった。妻の腹部がゆっくりと膨れ上がっていった。内部からなにものかが叩いているのがわかった。それ呼応して妻の腹部は膨張しているのであった。

私はベッドから飛び降りた。そして膨れ上がっていく腹部を見つめた。腹部は一定のリズムで振動し、そして少しずつ膨らむ。中にいるなにものかは間違いなく私が妻にしようとしたことを知っている。そしてそれを糾弾しようとしている。

私はキッチンへと走り、戸棚から包丁を取りだし、それを握り締め寝室へと戻った。妻の腹部の膨張は収まっていた。しかし振動は依然続いていた。

私は包丁を握り締め、妻へ近付いた。中になにがいるのか確かめなければならなかった。ベッドに登り、布団をはねのけ、パジャマをまくる。妻の腹部は風船のように膨らんでいた。私は腹部のちょうど真ん中に包丁を突き立て、そして縦に斬り裂いた。

妻は声一つあげなかった。目さえ開かなかった。振動はいつの間にか収まっていた。私は切り裂いた裂け目に目を凝らした。裂け目の奥は真っ暗だった。奥になにが隠れているか私は確かめたかった。裂け目に手を入れ、力任せに開いた。

微かな光が見えた。その光に導かれるように私は上半身を腹部の中に捻じ込んだ。腹部の中は暖かかった。私はさらに奥へと体を押し込んだ。そこに光の源があった。それは丸い小さな月だった。月は私を見るとにやりと笑った。

背筋に冷たい汗が流れた。私は持っていた包丁を強く握り締めた。

そして月に突き刺した。

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