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私的偏愛録 其の二十 田中泯
田中泯を知ったのは、映画『メゾン・ド・ヒミコ』がきっかけだった。
オダギリジョー、西島秀俊目的で観た映画だったが、強く印象に残ったのは、田中泯の所作、立ち振る舞いの美しさだった。
あれから十数年。わたしは新潟の十日町にいて、雪上で踊り舞う田中泯を観ていた。
なめからに、そして力強く雪上を駆けめぐる泯さんに皆が釘付けであった。(わたしには雪玉を抱えた泯さんが光ってみえる瞬間があった。眼科行か
私的偏愛録 其の十九 植田正治
毎年、年が明けると「今年は何処へ行こうかなぁ」なんてぼんやり考えたりする。近年、遠出する目的はお笑いライブに行くか、美術館にいくかくらいなので、「えいえい!」と重い腰を上げなければ新幹線に飛び乗らなくなってしまった。
そんな、毛布にくるまりながらぬくぬくとお笑いの配信を観ている今のわたしには、暖かくなったら行きたい場所がある。
鳥取県の伯耆町にある植田正治写真美術館である。
鳥取砂丘で撮ら
私的偏愛録 其の十八 近藤聡乃『ニューヨークで考え中』
三十数年生きてきて、積極的にやり直したいなぁと思うことはないけれど。ただ、ぼんやりとやってみればよかったと思うことは今のところ二つある。
一つ目は、下宿目的で京都か奈良の大学に通うこと。森見登美彦作品にあの頃どっぷりはまっていたことや、今もお笑いや美術館、本屋目的で行くこともあるので、一度(何回生呼びに憧れがあるので、やはり学生のうちに)住んでみたかったなぁ、と思ったりする。
もう一つは、海
私的偏愛録 其の十七 内澤旬子『カヨと私』
お笑いを観るのがわたしの数少ない趣味で、時々ライブに行ってふふふとしたり、ラジオを聴いてへへへとしたりしながら暮らしています。
ネタや話は面白いし、芸人さんたちがわちゃわちゃしている空間を観るのも聴くのも楽しいのですが、たまーに「うらやましいなぁ」と思ってしまうのです。
そのうらやましい、という気持ちは何からくるのか。すてきな装丁で思わずジャケ買いした『カヨと私』を読んで何となく答えが見つか
私的偏愛録 其の十 スピッツ「春の歌」
日々、感情が動いています。昨日はこう考えていたけれど、一晩たったらやっぱり違うな、なんてしょっちゅうで。
十代、二十代の頃よりも、見方も考え方も感じ方も色々知ってしまった三十代。そりゃあ感情も忙しいはずだよね。気づいちゃうし、分かっちゃうし、察しちゃうし。でも、周りには声を大にしては言えないし。
何も知らなかったあの頃。まだ自分が何者かになれるだなんて信じていたあの頃。聴きはじめたのはスピッツ
私的偏愛録 其の九 茨木のり子『歳月』
年齢的に、数年前まではよく言われていた。「結婚しないの?」と。
相手がいれば速攻したいし、なんなら貴女がわたしの結婚相手見繕って下さいよ!…なんて言い返せるわけもなく、へらへらしながら「いやぁ、まだですねぇ。えへへ」なんて答えたりしていた。
そういうことを無遠慮に言ってくる人に限って、結婚生活における素晴らしさをプレゼンするわけでもなく、夫や姑、子どもへの愚痴を一通り述べて、「…でも、はやくし
私的偏愛録 其の八 ラーメンズ コント「器用で不器用な男と不器用で器用な男の話」
好きなんです、ラーメンズが。
芸人で誰が好きかと聞かれて、必ず「東京03とか、ラーメンズとか(小声)」って言ってしまうけれど、好きなんですよ。
ふふ、って息がもれるような笑いが好きなのだと自覚したのも、日常的な会話から生まれる可笑しみが好きなのだと自覚したのも、言葉や日本語に重きを置いたやり取りが好きなのだと自覚したのも、ラーメンズのコントを知ったから。
好きになった時にはもう、二人のコント
私的偏愛録 其の七 銀杏BOYZ『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』
「ジャケ買い」「タイトル買い」というものをするのは、きっとこのCDが最初で最後だろうと思う。
十代後半によく聴いていた銀杏BOYZは、社会人になってからはあまり聴かなくなってしまった。
「僕は君が本気で好きなだけ ソフトクリームを一緒に食べたいだけ」
なんて歌詞に魅力を感じたのは、青春の余韻に浸っていた学生だったからかもしれない。そんなことを考えながら、二十代のわたしは日々の仕事や人間関係に
私的偏愛録 其の六 草間彌生
ある日、わたしは草間彌生の特集番組を観ていた。それまでは、あいちトリエンナーレ2010で観た作品の人、くらいの認識だった。何となく録画した番組に映った彼女の姿に、わたしはぐっと惹きつけられてしまった。
生きるのが辛い、というような言葉を吐き出しながら、力強く作品制作に取り組む彼女の姿は、わたしの目に眩しく映った。生きなければならない理由に真正面から向かっていくその姿に、なんだかくらくらしたのだっ