私的偏愛録 其の二十一 シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』

 先日、ヨーロッパ企画の舞台『鴨川ホルモー、ワンスモア』を観に行った。青春時代をとうに過ぎ、疲れ切った社会人になってしまったわたしは近年、青春ものの小説やドラマ、映画から遠ざかっていた。京都の大学生達の青春群像劇というきらきらしたものを摂取したらどうなるのか、一抹の不安を抱えながらの観劇であった。
 だが、そんな不安はすぐに消えた。気がつけば目の前で繰り広げられる青春の数々に引き込まれていった。登場人物一人ひとりが魅力的で、くすくす、けらけら、はらはら、どきどき、あっという間の二時間であった。
 そんな舞台の観劇前、わたしはヨーロッパ企画を勧めてくれた友人と会う約束をしていた。街をぶらぶらしながら近況報告をしていると、ふと思い出の絵本の話になった。彼女には二冊の印象的な絵本があって、一冊は大人になって買い直したけれど、もう一冊は絵本のタイトルも内容も表紙の絵もうろ覚えで思い出せないという。だから時々、何か思い出すきっかけになれば、と会う人に思い出の絵本を聞いているそうだ。
 この話を聞いて、何だかいいなぁ、と思った。その一冊を考える、思い出す時間が、きらきらとしたものに感じられた。
 ちなみにわたしのいっとう好きな絵本は、通っていた小児科にあった『おおきな木』。訳は村上春樹ではなく、ほんだきんいちろうの版である。わたしにもきっと、おおきな木が寄り添っていて、節目節目で姿かたちを変えて支えてくれているのだと空想している。

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