寺間 風
世間の日常で起こる人間模様や自然現象を「妖怪」の生態に準えて表現した【短編】【ショートショート】【詩】【エッセイ】、又はその全般。 妖怪と人間の性質や特徴を捉え、その二つの通ずる物事を書き起こしたもの。
夕方5時になると、交響曲第九番、新世界より「家路」がこの海の町全体に流れる。 僕らは小さな公園で帰りの支度をしていた。 金木犀と潮の匂いが混ざった風が、夕焼けの…
夕方頃から感じていた症状が、少しずつ悪化している。 鼻腔の奥がむず痒い。喉の付け根あたりがチリチリと痛む。 時計が0時を回った所で、男はそんな自らの体内の異変に目…
私の胸に蛆が溜まり大きな孔が空いていた。「もう、そんな頃か」と思った。 私は多量の薬をめいいっぱい腹に落とし込み、それで眠るように意識を失ったのだ。あれから何度…
まだ静かな早朝の事だ。 比叡山(ひえいざん)の山並みを跳ねる燕が、風を裂く様に飛ぶ。 まるで万物の真意などには興味も無さそうな、気怠そうに首筋を掻く仙人がそこへ現…
木曜の午後、私は四両列車に揺られていた。目の前の優先席に腰掛ける老人が、私に声を掛けた。老人はおおよそ仙人か手練の忍である。 「ちょいとすみませんが…この電車…
煙は、目に見えたとて触れること及ばず 風は、目に見えずともこの身を過ぎる 町屋敷の蚊遣火のふすぶる頃、 襤褸布が風にやぶれやすきが如く、空に怪しき形を成せり 人や…
昔、南蛮の男が、日本の小さな集落に漂着した。 集落の者達は、南蛮の男の肌が大変白く血の色が際立って見える事や、自分達の言葉が通じない事、色の抜けた金髪を見て、や…
彼は昼休憩になると、いつも屋上で煙草を吸っている。 手摺柵に肘をつき、虚ろな目でぼんやり遠くの方を見ながら煙を吐き出している。 くたびれたスーツが仕事の疲れを物…
人に生じて人が作りしものを食い、魚に生じて水が作りしものを食う様に、万象、生じた場所に通ずるもの食う事あれば、塵の化したる場所より出し者、けがれをねぶりてその身…
愛猫を残した四畳半で 今年も小説家が自殺した。 タバコの煙が夜に揺蕩えど 怪しく女の髪が夜に蠢けど 川のほとりで枯れ尾花が夜に戦ぐ 積まれた原稿用紙 こびりつい…
ーーーはっくしょん くしゃみと一緒に、西條寺あやめの頭が首からゴロンともげ落ち、絨毯の上を転がってゆく。 それは丁度、西條寺あやめが父の海外出張の土産物であるド…
ウゼンの冬の暮れ、猟師の喜助が猪狩りの最中に、雑木林にて怪しき童を見た。 童は5、6歳ほどの小さな身丈で太い切り株にアグラをかいて鎮座しているが、その顔立ちはどこ…
好きだった子の葬式に来た。 飛び降り自殺らしい。 棺の中の彼女は変わらずに綺麗だった。 これが最後で、もう会えなくなるのかと思ったらなんだか無性に彼女の顔を食べ…
私は、道端で笑う大人を見た。 大人は一人で、下半身を勃起させながら誰もいない道端でタバコを吸いながら笑っていた。 私は、あの人は狂ってるから あゝして笑うのだと思…
オイラんとこの大将は凄いんだ なんでも、大将一人と百人の男達が喧嘩祭りをしたんだけど 大将は一度も膝をつく事なく、息も上がらずに勝っちまったんだ 聖徳太子って居…
私は夜中に目を覚まし 蚊帳の中から満月を見た 妻は隣で眠っている 私と妻は元々、医師と患者の仲だった 出逢いは当時 女学院からの帰路の途中だった妻が 黒マントに…
2024年3月27日 01:08
夕方5時になると、交響曲第九番、新世界より「家路」がこの海の町全体に流れる。僕らは小さな公園で帰りの支度をしていた。金木犀と潮の匂いが混ざった風が、夕焼けの町を吹き抜けてゆく。ぼくは家路と金木犀と潮の匂いが町を包む度に、なんだか、もうこんな日常がいつの日かどんなに手を伸ばしても届かなくなってしまう様な気がして、胸の苦しさに襲われてしまう。だから、そんな不安をかき消すように、ただ、ふ
2023年7月30日 16:00
夕方頃から感じていた症状が、少しずつ悪化している。鼻腔の奥がむず痒い。喉の付け根あたりがチリチリと痛む。時計が0時を回った所で、男はそんな自らの体内の異変に目を覚ましてしまった。鼻で呼吸しようにも鼻腔が痛むし、口で呼吸しようにも喉が痛む。どうしたものか、眠れない。(ねむれない…)風邪でも引いたのか。そんな独り言を、蚊帳の中で言った。隣では、妻が眠りについている。「コンヤ、ハ、ウ
2023年7月14日 23:54
私の胸に蛆が溜まり大きな孔が空いていた。「もう、そんな頃か」と思った。私は多量の薬をめいいっぱい腹に落とし込み、それで眠るように意識を失ったのだ。あれから何度の夢を見ただろうか。真夏の蒸し暑いこの居間で。庭に生えた枇杷の木が、あんなに力強い日差しの中で立っている。私は、もう自分の力で腰を起こす事は無い。ただ薬にその身を侵され、何度も何度も無限の悪夢にうなされていた。八百屋に売られた売春
2022年2月2日 21:35
まだ静かな早朝の事だ。比叡山(ひえいざん)の山並みを跳ねる燕が、風を裂く様に飛ぶ。まるで万物の真意などには興味も無さそうな、気怠そうに首筋を掻く仙人がそこへ現れた。仙人は杉の木の天辺の、ほんのわずかな針の様な足場に立っていた。其処から京都の街を見ようとしたり、人の群れを探したり、動物を見つめたりなんかしていると燕がそれに気付いてか、即座に地上に降り立ち翼を閉じた。燕だけではない。群れを
2022年1月20日 16:12
木曜の午後、私は四両列車に揺られていた。目の前の優先席に腰掛ける老人が、私に声を掛けた。老人はおおよそ仙人か手練の忍である。「ちょいとすみませんが…この電車はどこへ向かうのですか」 私は少々考えてから、老人から目を逸らして、老人のすぐ後ろで高速に過ぎ行く電柱やビルや空や生き物が映る車窓を見た。 折り鶴の群れが遠くに見え、スクールゾーンの交差点では般若面を被った猫背のサラリーマンが部下の
2021年3月24日 22:53
煙は、目に見えたとて触れること及ばず風は、目に見えずともこの身を過ぎる町屋敷の蚊遣火のふすぶる頃、襤褸布が風にやぶれやすきが如く、空に怪しき形を成せり人や獣の念が煙に乗じて、姿を自在に現すよしなればこれを煙々羅と号す
2021年1月29日 16:54
昔、南蛮の男が、日本の小さな集落に漂着した。集落の者達は、南蛮の男の肌が大変白く血の色が際立って見える事や、自分達の言葉が通じない事、色の抜けた金髪を見て、やれ奇怪なりと、やれ妖怪の類いなりと口を揃え、青天の霹靂となった。一人の物書きは南蛮の男の鼻がそれはそれは太く高いもので、それを天狗と名付け書にしたためた。ある者は、南蛮の男が酒が大の好物で、呑めば忽ちその身が赤く火照り鬼の様だと言
2021年1月15日 22:17
彼は昼休憩になると、いつも屋上で煙草を吸っている。手摺柵に肘をつき、虚ろな目でぼんやり遠くの方を見ながら煙を吐き出している。くたびれたスーツが仕事の疲れを物語っている。幸の薄いやつれた顔、解けてしまったネクタイ、セットの乱れた黒髪。それでも、どこか満足げな瞳で空を見上げていた。吐き捨てた煙の先に、どこか遠く未来のイメージを膨らませ、彼はこの場所でぼんやり風に吹かれているのだろう。
2021年1月4日 13:33
人に生じて人が作りしものを食い、魚に生じて水が作りしものを食う様に、万象、生じた場所に通ずるもの食う事あれば、塵の化したる場所より出し者、けがれをねぶりてその身を暗がりにあらはす
2020年12月16日 02:56
愛猫を残した四畳半で今年も小説家が自殺した。タバコの煙が夜に揺蕩えど怪しく女の髪が夜に蠢けど川のほとりで枯れ尾花が夜に戦ぐ積まれた原稿用紙こびりついたクレヨン暗い天井あなたがねえと呼べどお早うと呼べど私は何もきこえないあなたが其処に居るそんな不確かを感じている
2020年12月3日 21:18
ーーーはっくしょんくしゃみと一緒に、西條寺あやめの頭が首からゴロンともげ落ち、絨毯の上を転がってゆく。それは丁度、西條寺あやめが父の海外出張の土産物であるドイツコークを嗜んでいる最中だった。ゴロゴロと転がって行く首は、やがてベット下に置かれたキャリーケースにぶつかり止まった。赤いドレープの隙間からは白い月明かりが差し込んでいる。垂れ流しのレコードがかかった部屋の中で、首のない館の女が
2020年11月15日 12:39
ウゼンの冬の暮れ、猟師の喜助が猪狩りの最中に、雑木林にて怪しき童を見た。童は5、6歳ほどの小さな身丈で太い切り株にアグラをかいて鎮座しているが、その顔立ちはどこか人の形、色をしておらず、喜助は何やら怪しき者かと内に思った。それにこんな雪の積もった山奥にワッパが一人というのも怪しい。喜助は茂みに隠れて童を見ていると、童は何やら独り言を呟いている。「のいあ、うん、ア」童は白目をむきながら
2020年8月19日 22:03
好きだった子の葬式に来た。飛び降り自殺らしい。棺の中の彼女は変わらずに綺麗だった。これが最後で、もう会えなくなるのかと思ったらなんだか無性に彼女の顔を食べたくなった。僕は自分の頭を棺に突っ込んだ。彼女の鼻に歯を立ててから思いっきり、力の限り思いっきり顎に力を入れて噛みちぎった。会場が騒然とした。彼女の親と兄弟が凄い形相で走って来てる。僕は両手で彼女の髪の毛も引きちぎって口に
2020年7月26日 12:30
私は、道端で笑う大人を見た。大人は一人で、下半身を勃起させながら誰もいない道端でタバコを吸いながら笑っていた。私は、あの人は狂ってるからあゝして笑うのだと思った。母を殴り続けた父も、私を殴り続けた母もあの人たちは狂ってるのだと思った。学校や会社で弱い者いじめをする人もきっとあれはキチガイなのだ。キチガイだからそんな事が出来るんだ。みんなが優しく手を取り合えば、いろんな事
2020年2月28日 17:12
オイラんとこの大将は凄いんだなんでも、大将一人と百人の男達が喧嘩祭りをしたんだけど大将は一度も膝をつく事なく、息も上がらずに勝っちまったんだ 聖徳太子って居るだろう?何人もの人の話を同時に聴いたっていうオイラんとこの大将は、心の中まで聴けちまうんだ。でも大体の奴は内で愚痴をたらたら吐いてるだけで、あまりこの力が役に立った試しはねぇと言うが、…それでも充分すげえよなあ? あとアレだ
2020年2月20日 01:42
私は夜中に目を覚まし蚊帳の中から満月を見た妻は隣で眠っている 私と妻は元々、医師と患者の仲だった 出逢いは当時女学院からの帰路の途中だった妻が黒マントに身を包んだ私から、顔一面に硫酸をかけられ大火傷を負った時だ 妻はそれっきり失明し、私の顔をまだ知らない 顔は今丁度あの満月のように滑らかで歪だ 妻とは今年で結婚十年を迎える