またあした
夕方5時になると、交響曲第九番、新世界より「家路」がこの海の町全体に流れる。
僕らは小さな公園で帰りの支度をしていた。
金木犀と潮の匂いが混ざった風が、夕焼けの町を吹き抜けてゆく。
ぼくは家路と金木犀と潮の匂いが町を包む度に、なんだか、もうこんな日常がいつの日かどんなに手を伸ばしても届かなくなってしまう様な気がして、胸の苦しさに襲われてしまう。
だから、そんな不安をかき消すように、ただ、ふと頭に浮かんだ言葉を、友達へ向けて声に出してみた。
「しょうへい君、今日、消しゴム貸してくれてありがとうね」
「やすし君、鬼ごっこ、ズルしてごめんね」
「ゆうき君、いつも遊びに誘ってくれてありがとうね」
「じゅんき君、じゅんき君ちのお肉、また買いに行くね」
僕は、みんなが、急にどうしたのと、はてなマークを頭に浮かべていたのが分かった。
そしたら、なんだか急に恥ずかしくなって逃げ出すようにさよならをした。すると、駆け足で去る僕の背後から、みんなの声がした。
「だいちゃん、またあした!」
ーー結局、その日は転校が決まった事をみんなには言い出せなかった。
でもね、みんなとはさよならしてもさ、いつか大人になったらまた今日みたいに話そうよ…
たとえこの日々が遠い思い出になってしまっても、僕らはきっと、いつも通りに笑い合えるよね。
またね、またあした
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