寺間 風

ショートショートを投稿してます。

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マガジン

  • 妖怪じゃ

    世間の日常で起こる人間模様や自然現象を「妖怪」の生態に準えて表現した【短編】【ショートショート】【詩】【エッセイ】、又はその全般。 妖怪と人間の性質や特徴を捉え、その二つの通ずる物事を書き起こしたもの。

最近の記事

またあした

夕方5時になると、交響曲第九番、新世界より「家路」がこの海の町全体に流れる。 僕らは小さな公園で帰りの支度をしていた。 金木犀と潮の匂いが混ざった風が、夕焼けの町を吹き抜けてゆく。 ぼくは家路と金木犀と潮の匂いが町を包む度に、なんだか、もうこんな日常がいつの日かどんなに手を伸ばしても届かなくなってしまう様な気がして、胸の苦しさに襲われてしまう。 だから、そんな不安をかき消すように、ただ、ふと頭に浮かんだ言葉を、友達へ向けて声に出してみた。 「しょうへい君、今日、消し

    • 夕方頃から感じていた症状が、少しずつ悪化している。 鼻腔の奥がむず痒い。喉の付け根あたりがチリチリと痛む。 時計が0時を回った所で、男はそんな自らの体内の異変に目を覚ましてしまった。 鼻で呼吸しようにも鼻腔が痛むし、口で呼吸しようにも喉が痛む。どうしたものか、眠れない。 (ねむれない…) 風邪でも引いたのか。そんな独り言を、蚊帳の中で言った。 隣では、妻が眠りについている。 「コンヤ、ハ、ウドン、ヨ」 毎度毎度の寝言なので、男は気にも止めず妻から目を逸らした。 そして

      • 【孔】

        私の胸に蛆が溜まり大きな孔が空いていた。「もう、そんな頃か」と思った。 私は多量の薬をめいいっぱい腹に落とし込み、それで眠るように意識を失ったのだ。あれから何度の夢を見ただろうか。真夏の蒸し暑いこの居間で。 庭に生えた枇杷の木が、あんなに力強い日差しの中で立っている。私は、もう自分の力で腰を起こす事は無い。ただ薬にその身を侵され、何度も何度も無限の悪夢にうなされていた。 八百屋に売られた売春婦や、町を埋め尽くす光化学スモッグ。犬の死骸を引きずる女学生、のっぺらぼうのサラ

        • 【仙人の術】

          まだ静かな早朝の事だ。 比叡山(ひえいざん)の山並みを跳ねる燕が、風を裂く様に飛ぶ。 まるで万物の真意などには興味も無さそうな、気怠そうに首筋を掻く仙人がそこへ現れた。 仙人は杉の木の天辺の、ほんのわずかな針の様な足場に立っていた。 其処から京都の街を見ようとしたり、人の群れを探したり、動物を見つめたりなんかしていると 燕がそれに気付いてか、即座に地上に降り立ち翼を閉じた。燕だけではない。群れを成していたはずの烏や、上空で旋回していたはずの鳶、街の方では鹿や野良猫も微睡むか

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        • 妖怪じゃ
          25本

        記事

          列車にて

           木曜の午後、私は四両列車に揺られていた。目の前の優先席に腰掛ける老人が、私に声を掛けた。老人はおおよそ仙人か手練の忍である。 「ちょいとすみませんが…この電車はどこへ向かうのですか」  私は少々考えてから、老人から目を逸らして、老人のすぐ後ろで高速に過ぎ行く電柱やビルや空や生き物が映る車窓を見た。  折り鶴の群れが遠くに見え、スクールゾーンの交差点では般若面を被った猫背のサラリーマンが部下の OLと手を繋いでいた。大通りの商店街では巨大な絡繰人形から人工の花吹雪を巻き上

          列車にて

          【煙々羅】

          煙は、目に見えたとて触れること及ばず 風は、目に見えずともこの身を過ぎる 町屋敷の蚊遣火のふすぶる頃、 襤褸布が風にやぶれやすきが如く、空に怪しき形を成せり 人や獣の念が煙に乗じて、姿を自在に現すよしなれば これを煙々羅と号す

          【煙々羅】

          サンダーボルト【酒呑童子】

          昔、南蛮の男が、日本の小さな集落に漂着した。 集落の者達は、南蛮の男の肌が大変白く血の色が際立って見える事や、自分達の言葉が通じない事、色の抜けた金髪を見て、やれ奇怪なりと、やれ妖怪の類いなりと口を揃え、青天の霹靂となった。 一人の物書きは南蛮の男の鼻がそれはそれは太く高いもので、それを天狗と名付け書にしたためた。 ある者は、南蛮の男が酒が大の好物で、呑めば忽ちその身が赤く火照り鬼の様だと言った。 まるで人の言葉も通じぬ鬼の童が馬鹿の一つ覚えの様に酒を飲む。 酒呑み童子

          サンダーボルト【酒呑童子】

          タバコ【蜃気楼】

          彼は昼休憩になると、いつも屋上で煙草を吸っている。 手摺柵に肘をつき、虚ろな目でぼんやり遠くの方を見ながら煙を吐き出している。 くたびれたスーツが仕事の疲れを物語っている。 幸の薄いやつれた顔、解けてしまったネクタイ、セットの乱れた黒髪。 それでも、どこか満足げな瞳で空を見上げていた。 吐き捨てた煙の先に、どこか遠く未来のイメージを膨らませ、彼はこの場所でぼんやり風に吹かれているのだろう。 空の缶コーヒーに吸い終わった煙草を入れると、彼は溜息を一つ吐いてから屋上を後にす

          タバコ【蜃気楼】

          【垢舐め】

          人に生じて人が作りしものを食い、魚に生じて水が作りしものを食う様に、万象、生じた場所に通ずるもの食う事あれば、塵の化したる場所より出し者、けがれをねぶりてその身を暗がりにあらはす

          【垢舐め】

          枯れ尾花【幽霊】

          愛猫を残した四畳半で 今年も小説家が自殺した。 タバコの煙が夜に揺蕩えど 怪しく女の髪が夜に蠢けど 川のほとりで枯れ尾花が夜に戦ぐ 積まれた原稿用紙 こびりついたクレヨン 暗い天井 あなたがねえと呼べど お早うと呼べど 私は何もきこえない あなたが其処に居る そんな不確かを感じている

          枯れ尾花【幽霊】

          館の女【轆轤首】

          ーーーはっくしょん くしゃみと一緒に、西條寺あやめの頭が首からゴロンともげ落ち、絨毯の上を転がってゆく。 それは丁度、西條寺あやめが父の海外出張の土産物であるドイツコークを嗜んでいる最中だった。 ゴロゴロと転がって行く首は、やがてベット下に置かれたキャリーケースにぶつかり止まった。 赤いドレープの隙間からは白い月明かりが差し込んでいる。垂れ流しのレコードがかかった部屋の中で、首のない館の女が自らの部屋であたふたと立ち尽くしている。 西條寺あやめには生理が来ないかわりに

          館の女【轆轤首】

          のいあ、うん、ア【天狗】

          ウゼンの冬の暮れ、猟師の喜助が猪狩りの最中に、雑木林にて怪しき童を見た。 童は5、6歳ほどの小さな身丈で太い切り株にアグラをかいて鎮座しているが、その顔立ちはどこか人の形、色をしておらず、喜助は何やら怪しき者かと内に思った。 それにこんな雪の積もった山奥にワッパが一人というのも怪しい。喜助は茂みに隠れて童を見ていると、童は何やら独り言を呟いている。 「のいあ、うん、ア」 童は白目をむきながらその言葉を繰り返し唱えている。 喜助はだんだん気味が悪くなった。アレは童の姿に化

          のいあ、うん、ア【天狗】

          いただきます。【鬼一口】

          好きだった子の葬式に来た。 飛び降り自殺らしい。 棺の中の彼女は変わらずに綺麗だった。 これが最後で、もう会えなくなるのかと思ったらなんだか無性に彼女の顔を食べたくなった。 僕は自分の頭を棺に突っ込んだ。 彼女の鼻に歯を立ててから思いっきり、力の限り思いっきり顎に力を入れて噛みちぎった。 会場が騒然とした。彼女の親と兄弟が凄い形相で走って来てる。 僕は両手で彼女の髪の毛も引きちぎって口に入れて嗚咽しながら飲み込んだ。髪の毛は消化されないから、これで彼女は僕の中で有り

          いただきます。【鬼一口】

          The madman raugh【雲外鏡】

          私は、道端で笑う大人を見た。 大人は一人で、下半身を勃起させながら誰もいない道端でタバコを吸いながら笑っていた。 私は、あの人は狂ってるから あゝして笑うのだと思った。 母を殴り続けた父も、私を殴り続けた母も あの人たちは狂ってるのだと思った。 学校や会社で弱い者いじめをする人も きっとあれはキチガイなのだ。 キチガイだからそんな事が出来るんだ。 みんなが優しく手を取り合えば、いろんな事が上手く行く筈なのに。 どうしてそんな事も解れないんだ。 私はそんな狂人にはな

          The madman raugh【雲外鏡】

          卍【ぬらりひょん】

          オイラんとこの大将は凄いんだ なんでも、大将一人と百人の男達が喧嘩祭りをしたんだけど 大将は一度も膝をつく事なく、息も上がらずに勝っちまったんだ 聖徳太子って居るだろう?何人もの人の話を同時に聴いたっていう オイラんとこの大将は、心の中まで聴けちまうんだ。でも大体の奴は内で愚痴をたらたら吐いてるだけで、あまりこの力が役に立った試しはねぇと言うが、…それでも充分すげえよなあ? あとアレだ 大将はそりゃあもうすばしっこくて さっきまでソコに居たと思えば、次の瞬間にはも

          卍【ぬらりひょん】

          馴れ初め【のっぺらぼう】

          私は夜中に目を覚まし 蚊帳の中から満月を見た 妻は隣で眠っている 私と妻は元々、医師と患者の仲だった 出逢いは当時 女学院からの帰路の途中だった妻が 黒マントに身を包んだ私から、顔一面に硫酸をかけられ大火傷を負った時だ 妻はそれっきり失明し、私の顔をまだ知らない 顔は今 丁度あの満月のように滑らかで歪だ 妻とは今年で結婚十年を迎える

          馴れ初め【のっぺらぼう】