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のいあ、うん、ア【天狗】

ウゼンの冬の暮れ、猟師の喜助が猪狩りの最中に、雑木林にて怪しき童を見た。

童は5、6歳ほどの小さな身丈で太い切り株にアグラをかいて鎮座しているが、その顔立ちはどこか人の形、色をしておらず、喜助は何やら怪しき者かと内に思った。
それにこんな雪の積もった山奥にワッパが一人というのも怪しい。喜助は茂みに隠れて童を見ていると、童は何やら独り言を呟いている。

「のいあ、うん、ア」

童は白目をむきながらその言葉を繰り返し唱えている。
喜助はだんだん気味が悪くなった。アレは童の姿に化けた闇の者だと微かに悟り、拵えた火縄銃を童に向けた。

「のいあ、うん、ア」

喜助が妖怪変化に出逢うのはこれが初めてだ。初めてが故の武者振るい、しかし初めてが故に胸が高鳴る。
「妖め、儂が捕らえてやる」
喜助が青ざめた顔で銃を構えていると、童が一言、「うってみよ」と童とは思えぬ程の低い声で唸るように言ったものだから、喜助は絶叫しながら慌てて火縄銃に火を配べた。

ドン!!!

発泡と共に山のカラスが一斉に羽ばたいて行く。
しかし放たれたのは、ただの空砲だった。

童は黒眼をぐるんと定位置にもどしてから、その眼で喜助を捉え「弾はここだぞ」と先程まで喜助の手元にあった火縄銃の弾を見せびらかせた。

喜助は口から泡を吹いてその場に崩れ落ちた。ーーー

後に、気絶していた喜助を介抱した寺の僧侶より「天狗はアラヒトガミなり。仏様は無礼もその者の精進と共に流してくださるが、神の類いは我々人の人智を超えた理を持つとされる。故に手を出してはならない」と説教を喰らった。

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