あたしの恋はもはや瀕死かウォーキングデッド🧟‍♀️

あたしはたまみ。

今日も橘さんに話しかけられなかった。

最近終業時刻にすっと帰ってしまう。

あたしの中で橘さんブームが来たのはいつだったっけ。

橘さんがうちに転職してきたのが半年前で

あたしはものの5秒で一目惚れした。

でも一目惚れって言うんだからきっと

ほとんどの人は10秒以内に惚れちゃうんだと思う。

それからずっと好き。大好き。好き過ぎる。

だからあたしにとって橘さんはブームなんかじゃない。

永遠不滅の歴代年間ランキング第1位

たまにカウントダウンTVでやる歴代ベストテンの

B,zとかMr.Childrenとかサザンオールスターズがとるやつ。

いわゆる殿堂入りってやつ。

イチローとか長嶋茂雄とか

タモリとかたけしとかさんまとか

なんかおじさんばっか。

そうだ、、安室ちゃんとか。

とにかくそんな感じ。

橘さんとすれ違うと

あたしの血中濃度がぐんと上がる。

毛穴という毛穴からじっと嫌な汗が出て

橘さんに気づかれたらどうしようと思う。

橘さんはとっても偉大過ぎて尊い存在だから

同じ部署なのに話しかけると緊張してしまう。

でも同時にとっても癒される。

いつも目が合うとニコッとしてくれる。

ほんとは写メしていつも見ていたい。

こんなに好きなのってキモイ方面なのかな。

だからあたしは休日が嫌い。

橘さんと会えないから。

家にいると橘さんのことばかり考えてなんか苦しい。

だから習い事をいっぱいしてる。

日曜日はホットヨガとお菓子教室。

なんか痩せたいんだか食べたいんだか。

たぶん痩せたくて食べたいんだと思う。

あたしは丸顔で少しぽっちゃりしている。

胸も大きい方だと思う。背は小さい。

胸はよく男の人にじろじろみられる。

昔付き合った彼氏はみんな飽きもせず

そういう時

長い時間、あたしの胸をあーだこーだする。

よく痴漢にもあう。

あたしは私の身体が嫌い。

もっとシュッとなりたかった。

橘さんみたいに。

橘さんは169センチで足が細くてすごく長くてモデルさんみたい。

あたしは154センチだから橘さんと見ている景色が違う。

すれ違う時、少し見上げて橘さんの綺麗な顎に見惚れる。

この15センチの距離感がすごく遠くて

一生縮まらない気分。

最近橘さんはいつもパンプス、あたしはヒールだから

距離感10センチまで縮まってる。

でもずっと見上げていたいからこれくらいでいい。

ホットヨガで汗ダラダラかいて

多分2リットルは汗かいた。

でも午後にモッツァレラチーズケーキ作るから

プラマイ0か多分プラス。

嘘。だいぶプラス。

明日、橘さんにもっていこう。

でも月曜日、橘さんは会社に来なかった。

火曜日もこなかった。

そして水曜日も木曜日も、、、

賞味期限が気になったから

チーズケーキは自分で食べた。

チーズ通のかよちゃんが

「チーズ🧀は腐りかけが1番美味しいよ」

って言ってたけどなんか今日お腹痛い。

でも橘さんどうしたんだろう。

金曜日に橘さんは会社に来た。

禿げた玉井課長に何かを言いにいって

頭を下げていた。

その日はものすごく忙しかった。

うちらの仕事はリゾート系のテレオペみたいなやつ。

今日はGO TOキャンペーンの予約やらキャンセルやら

不満やら文句やらクレームやらコンプレやら罵倒やら

なんか一日中見えない苛立ちと悪意をぶつけられて疲れてしまった。

気づくと終業でしばし放心してたら橘さんがすっと立った。

あたしは急いで片付けて後を追おうと思った。

会社のタイムカードを押して出て女子トイレで追いつこうと思ったら

もう橘さんはトイレを出てエレベーターに向かっていた。

トイレに行きたかったけど橘さんを見失いそうだから我慢した。

今、あたしのお腹の中のモッツァレラがキュウと鳴いた。

橘さんを乗せたエレベーターは先に出てしまってあたしは次に乗った。

人がいっぱい乗ってきてしかも1階ずつ止まった。もうやだ。

エレベーターを降りた時に

20メートル先の回転自動ドアから外に出た

橘さんの後姿が見えた。あたしは走った。

18時過ぎは歩道も混んでて追いつくのが難しい。

でも一言、橘さんに声をかけたかった。

「大丈夫ですか?」って

人をかき分けかき分け

5人くらい前に橘さんが見えた。

橘さんはブルーグレーの半袖のワンピースに

フェラガモのヒールを履いていた。

ピンクのイヤリングに細い銀のブレスレットが光った。

小さなロエベのバッグを持っていた。

金曜日はフリーフライデーといって服装は自由なんだけど

それでもいつもの橘さんと雰囲気が違う。

デートかな。。

そもそもここまで追いかけてきて

話かけるのってどうなんだろう。

橘さんのシュッとした後姿を見て

ダッシュで汗染みができた自分の脇元を見て

声をかけることを迷った。

あたしも今日は金曜日だし

帰り際に1人でバーにでも寄ろうかなって思ってたからいつもよりはオシャレ。

アンタイトルのシンプルな黒いジャケットに襟ぐりの大きな茶色のTシャツに花柄のフレアスカート。

手にはグッチのバッグ、で茶色のローヒール。

黒いジャケットは暑過ぎて耐えられないから脱いで脇に抱えてる。

そもそも着てこなきゃ良かった。

でも電車の冷房は凄く冷えすぎるから。

橘さんとはハイ&ローになっちゃったから20センチ世界が違う。

余計話しかけづらくなってしまった。

あたしはレズビアンではない。と思う。

女性を本気で好きになったのは初めて。

大学の時、仲の良い女友達とそういう風になったことはあるけど成り行きで何となくたった一度だけ。

でもすごく感じた。

何考えてんだろう。

橘さんとはそんなこと考えられない。

橘さんは尊い存在。手の届かない人。

気づいたら左手にタリーズが見えて、西新宿駅の降り口まで来てしまった。

あたしは普通ここで降りて丸ノ内線で四ツ谷まで出るのだけど

橘さんはそこでは降りずに青梅街道を真っ直ぐに進んでいった。

どこにいくんだろう。橘さんもここで降りるはず。

7月の半ばの夕方は18時過ぎても明るく

今日はまだすっごく蒸し暑かった。

あたしは朦朧としたまま

橘さんと5メートルの差を保ちつつ

彼女を追うことにした。

これじゃストーカーみたい。

途中で「あなたは神様を信じますか」的な男の人に声をかけられて

その人を無視しようと思ったけど、少し眼が合ってしまって

むこうはこっちが興味あると思ったのか「お時間いいですか」とぐいと近づいてきたので

小走りで逃げようとしたら

前からやってきた男の人と思い切り肩がぶつかった。

あたしはよろけてそのまま尻もちをつきそうになったけど何とか踏ん張って

しゃがみこむような形で支えた手のひらにはコンクリートのギザギザした跡がくっきりついて、皮もぺろんてめくれた。

体を起こしながらぶつかってきた男の顔を見上げようとしたらもういなかった。

橘さんとの距離は10メートルになった。

あたしは走った。汗が目に入った。沁みた。

ただただ橘さんの汗ひとつ滲まない

ブルーグレーのワンピースを追った。

それから小田急ハルク前の歩道橋を上がりまた降りて

新宿駅西口から東口に繋がる短いトンネルを抜けて

アルタ前を通り過ぎて、橘さんは紀伊国屋書店に入った。

もうあたしは汗だくだった。

はぁ気持ち悪い。。吐きそう。

思わず店前に本が山積みになって並んだワゴンに手をついて

ぜーはーぜーはーぜーはーぜーはー

息が全然おさまらない。

汗が💦額からぽつりと落ちた。

隣にいた女性が嫌な顔で見た。

ごめんなさい。いつもはこんなことない。

こんな汗だくは高校のバレーボール部の合宿以来だと思う。

もう絶対、話しかけれない。

店内の雑誌コーナーに橘さんがいるのが見えた。

5メートル先に橘さんはいる。

でも今のあたしには地球の裏側にいるように遠い。

あたしはゾンビのようにこの蒸し暑い夏の日に

大好きな人を追いかけている。

絶対追いつかないあなたを。

あたしはまるで汗だくゾンビ🧟‍♀️

あ、でもゾンビは汗をかかないか。

だって死んでるから。

だからあたしは生きている。

生きて生きて生きている。

だから大好きな人を追いかける。

絶対追いつかないあなたを。

あなたの名前は橘小豆。

たちばなあずき。

クールな橘さんのキュートな名前。

あたしのたったひとりの大好きな人。

でもきっとあたしの想いは届かない。


「橘さん、、あたしはここにいるよ」


お腹の中のモッツァレラが

キュウって哀しく返事した。


天豆エッセイ詩小説⑨

あたしの恋はもはや瀕死かウォーキングデッド🧟‍♀️







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